IT業界に蔓延する「エンジニアの使い捨て」や、成果と報酬が連動しない不透明な評価制度。こうした業界の常識に異を唱え、2016年にSaze株式会社(サージ)を創業したのが代表取締役の伊藤康浩氏だ。
同社は「社員が定年まで安心して働ける会社」を目指し、社内での人事評価を思い切って廃止した。売上と年収が直結する極めて透明性の高い還元モデルを導入し、年間離職率5%以下という驚異的な数字を叩き出している。
社員のニーズを先回りする手厚い福利厚生や、創業以来の志とされている「キャリアファースト」の真意を伊藤氏に聞いた。
企業サイト:https://saze.co.jp/
IT業界での絶望が離職率5%以下の会社創業のきっかけに
── Saze株式会社を創業された経緯について教えてください。
伊藤氏(以下、敬称略) 私がサラリーマン時代に感じていた、いわゆる“イライラ”や苦労といったものをすべて解消できる会社が世の中に存在しなかったため、自分でつくるしかないと思い、創業しました。
私自身、IT業界でエンジニアとして3年ほど経験を積んだのですが、会社は自分のキャリアを守ってくれるわけではなく、働かせるだけ働かせて、キャリア形成に寄り添ってくれないという現実を知ったことが背景にあります。
その後、転職活動をしたところ、「あなたのキャリアは無駄だ」と各IT企業からいわれ、衝撃を受けました。
一度、IT業界を離れて不動産業界も経験しました。しかし、やはりIT業界で勝負したいという思いがあり、今度はITの営業職に就いたのです。
私は営業の立場から改めてエンジニアの方々が貴重な存在であることは理解できましたが、企業側はそこまで思っていなかったようです。エンジニアが悩んでいることを会社や営業は知りながら、放置するというのがIT業界の実情でした。
「どうせみんな辞めるから、また新しい人を採用してリセットしよう」という、高速回転を前提とした考え方が、当時のIT業界には見受けられました。
── エンジニアとしてのキャリア形成に課題を感じられたのですね。エンジニアではなく営業職では、どのような課題を感じたのでしょうか?
伊藤 営業として、目標達成のために一生懸命努力し、工夫もしました。しかし、このまま続けても定年退職は難しいと悟ったのです。毎年ノルマが1.5倍ずつ増えるからです。結果、目標達成の為に毎日終電時間を気にしながら働いていました。
そこそこ仕事ができるはずなのに、年収はほとんど上がっていません。結局、営業をしていた時代は7年間ですが、達成したノルマの倍率には程遠い年収UP率でした。いわゆる「ブラック」という状況かもしれませんが、IT業界ではこれが普通だったのです。
業界というより、日本の年功序列の仕組みの問題でもあります。だからこそ、誰もが納得できる会社をつくろうと思ったのです。
── その結果、現在のSazeの離職率は非常に低いと聞いています。
伊藤 はい。ただし、弊社に入社した人が定年退職するのは、30年後、40年後の話になりますので、定年までいられる会社かという意味での結果はまだ出ていません。
定年退職までいてもらうに至る手順として、世の中にない仕組みばかりで、さまざまな苦労があります。それでも、今のところはうまくいっていると感じています。
弊社の離職率は年間平均で2〜3%程度です。この2〜3%の中には、IT業界を辞めたい人や、地元に帰りたいという人も含まれています。
コロナ禍の3年間は、世の中全体で退職者が少なかったと思いますが、それが明けてから一斉に退職者が増えた印象があります。弊社では1年間だけ離職率が10%近くになりました。
それは、出社ができず、家で3年間コードを書き続けていると、寂しくて心の病気になる方が過去最高レベルでいたからです。また当時、世の中に求人が多く出ていたため、そちらに流れる人もいました。
感じるのは、社内に自然と友達をつくれる環境がなければいけないということです。みんなお金だけをもらっても、心が満足できないのです。弊社の創業からのコンセプトは、「満足できる定年退職を目指せる」であり、低離職率はそれが継続的にできている結果だと考えています。
その証として、2025年12月には、第三者機関からホワイト企業認定(プラチナ)をいただき、福利厚生部門で1位を獲得しました。これらの取り組みを続けてきた結果だと感じています。
楽しく定年退職する為には「キャリアファースト」
── 特に、福利厚生でさまざまな工夫をされていると聞いています。具体的に、どのような取り組みをしていますか?
伊藤 福利厚生で、社員からの「あれをやりたい」「これもやりたい」という声は、ほとんどありません。
なぜかというと、弊社の福利厚生に対する考えが、全社員の2歩も3歩も先を行っているからです。社員が不満に思う前に、会社として先に動いています。
たとえば、コロナ禍でリモート手当というものが世の中に浸透する前に、「うちもやろう」となりました。家賃手当についても、第3の賃上げという言葉がない時にその概念で導入しています。
また、世の中に新しい退職金制度が認識される前に定年退職を保証したい会社として、はぐくみ企業年金という退職金制度を導入しました。これは、退職金制度の中でも特に利便性が高いものです。
最近では、リゾート施設のオーナーの権利を購入しましたので、社員に格安で宿泊できるものを提供しています。健康保険組合でも割引がありますが、予約が取れないことも多いのです。確実に予約できるものが必要だと考えました。
他にも、有料AIツールを利用したい社員全員がほぼ無料で使えるような制度もあります。
── 特に気になったのは、社内のキャリアアドバイザーが全従業員をサポートするという取り組みです。他の会社ではあまり見られないように思いますが、どのような目的でしょうか?
伊藤 社内では「キャリアファースト」というキャッチコピーをつくり、商標登録を進めています。エンジニアは根本的に、定年退職が難しいという現実があります。定年退職するためには、エンジニアとして目の前の仕事だけでは不十分だからです。
そこで、一人に対して一人、キャリアアドバイザーをつけて、定年退職するためのプランを定期的にサポートしています。
キャリアが劣化すると復帰することが難しく、心が壊れるような仕事(徹夜など)も多くなりがちです。一般的なIT企業では社員が辞めると困るため、そういった案件でも続けさせなければならない現実があります。
弊社は、キャリアを最優先するため、エンジニアがやりたいことをやれる環境を重視しています。
一方で、エンジニアの理想を最優先にしてしまうと「楽」が優先される事が多く、結果的にキャリアが伸びないことも多いです。楽な案件や定時で帰れる案件ばかりを選んでしまうと、キャリアアップを無視してしまうことになるため、その点は気をつけています。
弊社の営業の場合、1年未満で退職する人はいますが、1年を超えた営業で退職者はゼロです。これは、弊社が定年保証をする会社であるため、営業ノルマがないからです。やったらやった分だけの年収が得られる、インセンティブ設計(100%インセンティブ)を採用しています。
他社と比べて、弊社の営業はノルマを追うための仕事ではなく、自社のエンジニアをいかに定年までサポートするのかという点に力を注いでいます。
「評価制度は無駄」という考え方
── 評価制度を廃止したとも聞いています。なぜ廃止したのでしょうか?
伊藤 繰り返しになりますが、サラリーマン時代に感じた自分の成果と年収が連動しないという課題が、創業の大きなきっかけです。
会社をつくる際に日本の有名な人事評価のプロの方々に話を聞きましたが、「評価のブレをなくすことは不可能」といわれました。プロの仕事は、評価の「大ブレ」をなくし「小ブレ」で留めることだ、というのです。
ブレを減らすためにパッケージを導入しましょう、という話でしたが、私は「ブレをゼロにしたい」と伝えました。しかし、理解してもらえませんでした。
ブレのない人事評価とは何かを考えた結果が、売上の決まったパーセンテージを社員に還元するという成果主義の考えです。その結果、全社員が売上と利益を意識するようになり、組織運営が楽になったと感じています。
「この金額は見合うね」という契約が成立した場合、成果に対して社員へ還元すれば、ブレない評価になります。契約中に何か問題があれば、その社員の年収が下がるだけです。これほどブレない仕組みはないと考えています。
企業内で最も生産性がない行為が人事評価だと私は思っています。企業の中で最も時給が高い役員が、年二回の人事評価で何時間も時間を費やしているのは本当にもったいないと感じました。その時間を次のビジネスモデルや営業活動に充てれば、もっと良い会社になるはずです。
── その考えに基づき、売上と年収が連動する独自の還元モデルを導入しているのですね。
伊藤 はい。お客様の評価が、対象者に対する評価としてブレない。そして、成果を社員に適切に還元する。これが、弊社の報酬制度の根幹です。
現代企業に求められる「心も満足できる待遇」
── 今後、Sazeではどのような成長戦略を描いていきますか?
伊藤 「社員の希望を叶える会社」という方向性で進んでいます。売上や利益はあまり気にしませんが、何か新しいことができるだけのお金は貯めています。あとは、社員が「やりたい」と手を上げるのを待っている状態です。
新規事業が成功するかどうかはその責任者の情熱にかかっています。情熱のない人間を責任者に置いてもパフォーマンスは出ません。社員のモチベーションがさまざまなところに派生しても、すべて対応できるようにあえて受け身という形で進んでいます。
現在、弊社内で新規事業がないのは、社員にとってキャリアに傷がつくリスクや、今の状況よりも大変になることが嫌だと感じるからです。今、理想的な働き方をしており、残業も少なく、やりたい仕事ができており、世の中の平均年収を大きく上回っていると感じる社員が多数だと受け止めています。
新規事業を立ち上げて失敗した場合の赤字負担のリスクを取らずに、安定的に長く稼げるという点が魅力的なようです。そのため、新規事業へのチャレンジ精神が少ない社員が多いのかもしれません。弊社はそれを傍観しているわけです。
── 企業が成長する中で、上場(IPO)などを目指すお考えはありますか?
伊藤 上場すべきではないと考えています。事業承継やM&A、上場といったキーワードについていろいろと調べ、話を聞いて回った結果、社長が一番上場で得をする瞬間は「上場したその日だけ」だということがわかりました。
それ以降の株価については、社長にとって価値を持たないという意見も証券会社から聞きました。毎年会計事務所に多額の費用を払い、株主に配当を払い続けることになりますが、それが「楽しいか」と聞かれれば、何も楽しくないのです。
会社の規模が大きくなり上場して株主ができると、かえって社員の年収が上がりづらくなる傾向すらあります。売上や利益を一生懸命追い求めて、その結果本当に幸せになるのは役員と株主だけではないか、という疑問もあります。
── Sazeのような企業が増えていくには、何が必要でしょう?
伊藤 現代の企業は、もっと人を確保し、待遇を良くすることに力を割くべきだと考えています。弊社の今の一番の目標は、「昭和のバブルのころに戻るような感覚」で、社員の待遇を最高にすることです。
世の中には仕事がたくさんありますが、企業が「人を確保し、心も満足できる待遇を提供する」という点にもう少し力を注げば、世の中からブラック企業と呼ばれるものが消え、もっと良い世の中になっていくのではないかと思っています。
- 氏名
- 伊藤康浩(いとう やすひろ)
- 社名
- Saze株式会社
- 役職
- 代表取締役

