
世界35ヵ国・地域を放浪した旅人から一転、倒産寸前の家業を継承した株式会社イベント21の中野愛一郎氏。同氏は「you happy, we happy!」という理念のもと、傾きかけていた事業を「ハッピークリエイト業」へと再定義し、売上25.4億円、社員数213人の優良企業へと成長させた。
日本一の働きがいを誇る組織づくりの秘訣や、独自の「空海陸」戦略、そして世界一を目指す壮大なビジョンについて詳しく聞いた。
目次
債務超過16年の家業を継承し「世界一働きがいのある会社」を目指す原点
── 中野社長のこれまでのパワフルな軌跡の中でも、まずは会社を継承するまでの経緯を教えてください。
中野 私は自分の前職を「旅人」と呼んでいます。大学を中退し、18歳から19歳にかけてヒッチハイクで日本を二周しました。その後、世界放浪の旅に出て30ほどの国・地域を回りました。
ニューヨークに住むための資金を貯めていたとき、父が末期がんの宣告を受けました。当時の会社は奈良にある社員4人の小さな組織です。後で知ったことですが、16年連続で債務超過の状態でした。
父からは何度も「継いでくれ」と言われましたが、当時の私は「なぜ奈良の小さな会社で人生を終えなければならないのか」と反発していました。しかし、旅の経験が私の考えを変えました。
発展途上国を巡る中で、多くのアンフェアな現実に直面しました。悲しい顔をした子供たちを前に、個人の旅人では何も変えられない無力さを痛感したのです。世の中を変えるには力が必要だと感じました。
父の病状を知ったとき、この会社こそが父の人生そのものだと気づきました。父の人生を否定したくない。自分の夢も、父の会社も、どちらも叶えたい。そう決意し、26歳で継承を決めました。
父の病室で「この会社を大きくして、ニューヨーク支店を作る」と宣言してスタートしました。旅で感じた社会課題を解決するために、社会的な影響力を持つ組織を目指すことにしたのです。
── 旅での経験が、現在の経営理念のベースになっているのですね。
中野 そのとおりです。日本にも手を差し伸べるべき課題はたくさんあります。たとえば、私は2ヵ月に一度、児童養護施設を訪問して子供たちと交流しています。
施設で暮らす子供たちは、卒業後に就職しても3年以内の離職率が九割に達します。身近に多様な大人がおらず、仕事のイメージが持てないまま就職し、挫折してしまうケースが多いのです。
寮付きの企業を辞めると生活基盤を失い、グレーな世界へ足を踏み外すリスクもあります。この現状を変えるため、弊社では職場実習を受け入れ、社員との交流を通じて世界を広げる支援をします。
ビジネスの本質は、社会課題を解決した対価として「ありがとう」とお金をもらうことです。21歳で世界のリアルを見た経験は、経営者としての揺るぎない原点になっています。
もしあの経験がなければ、単にお金を稼ぐことだけが目的になっていたかもしれません。社会を良くしたいという強い動機があるからこそ、今の私があります。
「やりがい×働きやすさ」で日本一を達成。本質的な心理的安全性が生む組織の強さ
── 「働きがいのある会社」ランキングで日本一を受賞されています。主体的に働く環境をどのように構築したのでしょうか。
中野 私たちの「働きがい」の定義は、「やりがい」と「働きやすさ」の掛け算です。世の中の多くの施策は、福利厚生や残業削減といった「働きやすさ」に偏る傾向があります。
もちろん働きやすさも大切ですが、それだけでは優秀な「人財」は定着しません。自分が成長できている実感や、他者に貢献している実感、つまり「やりがい」が不可欠なのです。
やりがいのみで働かせれば「やりがい搾取」になり、働きやすさだけを追求すれば「ぬるま湯」になります。この両立を高い次元で実現することが重要です。
働きやすさの本質は、制度の充実以上に「心理的安全性」にあります。これは単に「優しい」ということではありません。本音で何でも言い合える仲間がいる状態を指します。
イベント21における心理的安全性の定義は「ちぎれさせること」です。一見厳しい言葉であっても、相手の成長を本気で願って伝える。信頼関係を壊さない環境こそが、真の心理的安全性です。
耳あたりの良い言葉だけを並べる人は、記憶に残りません。自分のために腹を割って話してくれた人の言葉こそが、人生の糧になります。私たちは、そうした本質的な関わりを大切にします。
── 「ちぎれさせる」という表現は非常に特徴的ですね。
中野 私たちは本気で世の中を良くしようとする集団です。だからこそ、馴れ合いではなく、互いに高め合う姿勢を求めます。面接でも「楽な会社ではない」とはっきりと伝えます。
それでも「この仲間と挑戦したい」と共感するメンバーが集まるからこそ、組織は強くなります。マズローの欲求段階説で言えば、自己実現の欲求にダイレクトにアプローチする形です。
もちろん、生理的欲求や安全の欲求を満たすための環境整備も怠りません。しかし、最終的なゴールは、社員一人ひとりが仕事を通じて自己実現を果たすことにあります。
最近の採用市場では福利厚生を過度に強調する企業が目立ちますが、それは本質的ではありません。理念実現のパートナーを集めるためには、やりがいを正面から語る必要があります。
事業ドメインを「ハッピークリエイト業」に再定義。ウェブを起点とした「空海陸」の拠点展開
── 事業面についてですが、先代から引き継いだ事業を、どのように多角化させていったのでしょうか。
中野 父が営んでいたのは、主にトンネルの貫通式を設営する仕事でした。
しかし、公共事業の減少とともに、その領域だけでは限界が見えていました。そこで私は事業ドメインを再定義しました。
「私たちはトンネル貫通式設営会社ではない。人と人がつながり、絆を深める場を創出する会社だ」と定義したのです。この瞬間、顧客はゼネコンから世界中のすべての人へと広がりました。
イベントの主催者は、企業の担当者だけではありません。内定式を任された新入社員も、富士山の麓で結婚式を挙げたい個人も、すべてが私たちのハッピーを届ける対象になります。
この再定義と同時に、ウェブ戦略を徹底しました。私は独学でウェブ制作を学び、イベント業界で日本一のアクセスを誇るウェブサイトを構築しました。これが最初の大きな転換点です。
多くのイベント会社はウェブの素人です。制作会社に外注しても、イベントの本質が伝わらないサイトになりがちです。プロのイベント屋がプロのウェブサイトを作れば、圧倒的な強みになります。
20インチのモニターの中では、会社の規模や立地は関係ありません。情報の質が良ければ、世界中から問い合わせが来ます。現在では、毎日150件以上の問い合わせがウェブから届きます。
── 全国、そして海外へと拠点を広げた背景には、どのような戦略があったのですか。
中野 私は「空海陸」の戦略を立てました。まずウェブという「空」を制圧しました。次に「陸」である東京を目指すのではなく、あえて「海」を越えてベトナム支店を設立しました。
奈良の会社がいきなり東京へ進出しても「地方の会社が来た」と思われるだけです。しかし、海外で実績を作ってから東京へ進出すると「世界で活躍する企業が東京に来た」というブランディングになります。
私たちの理念「you happy, we happy!」の「you」は世界中の全員を指します。世界をハッピーにするという目的がある以上、海外進出は必然の選択でした。
現在では、円安などの情勢に関わらず、世界中のお客様と取引ができる体制が整っています。この多角的な柱を持っていることが、未来における大きな強みとなります。
「アウトプットは最大のインプット」理念共有を加速させる仕組みと世界一への挑戦
── 組織が拡大する中で、理念を浸透させるためのマネジメントの工夫を教えてください。
中野 私たちは「浸透」ではなく「共有」という言葉を使います。上から下に落とすのではなく、公園のベンチで同じ方向を向いて座るようなイメージです。
理念共有で最も大切なのは、トップの姿勢です。私はコロナ禍で全社員が自宅待機になった際、552日連続で「社長ニュース」というメッセージを全社員に送り続けました。
土日も年末年始も欠かさず、自分の想いや現状を伝え続けました。リーダーが汗をかき、向き合い続ける姿勢を見せることで、初めてメンバーのスタンスが変わります。
また、仕組みとしては「アウトプットは最大のインプット」という考えを重視します。インプットが3割なら、アウトプットは7割の比重で設計します。
たとえば、入社直後の新卒社員に会社説明会で理念を語る役割を任せます。人に話すためには、自分の中で10の理解がないと1も出せません。役割を渡すことで、主体的な学びが促進されます。
社内にはプロジェクトリーダーや発表の場など、アウトプットの機会が溢れています。壁に理念を飾るだけの会社とは、社員の理解レベルが圧倒的に異なります。
── あらためて今後の展望について聞かせてください。
中野 私たちの10年ビジョンは「圧倒的に面白くて強くていい会社を作り、夢と希望でこの世界を鼓舞する」ことです。夢は掲げるもの、希望は「自分もなれる」と信じる気持ちです。
日本は希望の指標が低い国だと言われます。働くことをネガティブに捉える若者も多いです。しかし、私たちが楽しそうに働き、結果を出し続ける姿を見せれば、世界は変わります。
現在、アジアで30位の働きがいランキングを、まずはアジア1位に、そして10年後には世界1位にします。日本人の「おもてなし」と「勤勉さ」があれば、必ず世界一になれると確信しています。
私は3年10ヵ月後(※)に事業承継を行い、社員に経営を託す予定です。誰でも経営ができるティール組織をさらに進め、千年続く企業を目指します。
※ 編集部注:取材は2026年5月に行われました