Peatix Japan株式会社

Amazon日本法人の立ち上げに参画後、自らの手で事業をつくるべく起業の道を選んだ原田卓氏。紆余曲折を経て2011年に誕生したイベント・コミュニティプラットフォーム「ピーティックス ( Peatix )」を展開するPeatix Inc.(日本法人はPeatix Japan株式会社)は、現在22ヵ国に広がり、草の根の活動を支えるインフラとして成長した。

同社が目指すのは、単なるチケット販売ではなく、多様な人が集う「コミュニティ」の支援だ。創業わずか7ヵ月での海外展開やAI活用の推進など、常にグローバルな視点と情熱を持ち続ける原田氏に、起業の背景やサービスへの思い、今後の展望について聞いた。

原田卓 (はらだ たく)──Peatix Inc. CEO
1973年、東京都生まれ。1997年に大学を卒業後、外資系企業を経てAmazon Japanの立ち上げに参画。2007年にOrinoco(現Peatix Inc.)を共同創業。2011年にイベント・コミュニティプラットフォーム「ピーティックス ( Peatix ) 」をリリース。
Peatix Inc. / Peatix Japan株式会社
2011年創業。「出会いと体験を広げる」サービスとして、日本最大級のイベント・コミュニティプラットフォームを提供。年間参加者数560万人、常時2万5000以上のイベントを掲載し、22ヵ国で展開。月間1000以上の新規主催者が加わる、草の根コミュニティを支えるインフラとして成長。
サービスサイト:https://peatix.com

目次

  1. 失敗を重ねた末に生まれたピーティックス
  2. 草の根の活動と人が集まる場づくりという使命
  3. 「日本で大きくなってから海外展開」のデメリット
  4. チケットサービスは手段、本丸は「コミュニティ」
  5. 自社もコミュニティも「つなぐ」ことを目指し続ける

失敗を重ねた末に生まれたピーティックス

── 創業時の社名「Orinoco」(オリノコ)に込めた思いや起業を決意した背景について教えてください。

原田氏(以下、敬称略) Orinocoという名前の由来は、アマゾン川の支流であるオリノコ川です。Amazonという巨大な川を下っていた私たちが、自分たちの意志で別の川を下る決意を込めて名付けました。

起業の原点は、事業内容よりも「今後の人生をどう送るか」という生き方そのものにあります。Amazonでの仕事は非常にエキサイティングで、若かった私に大きな責任を任せてもらえる素晴らしい体験でした。しかし、大きな看板の下でキャリアを積むことに、次第に疑問を感じるようになりました。

私はアメリカ育ちのバイリンガルということもあり、外資系企業では重宝される人材です。そのまま組織を渡り歩けば、快適な生活を送ることは可能でした。

しかし、自分の能力でリスクを取り、何かを確立する生き方をしたいという衝動が抑えられませんでした。

私の父はバイオリニストとして、自らの腕一本で道を切り拓いてきた人間です。そんな父に対し、自分も胸を張れる生き方をしたいという思いが、心のどこかにあったのだと思います。

仲間とともにゼロから何かをつくり上げたいという野望が、起業という選択につながりました。当時は何をやるかさえ決まっておらず、まずは「どう生きるか」からスタートしたのです。

── 2011年にピーティックスを立ち上げるまで、どのような紆余曲折があったのでしょうか?

原田 最初は、シリコンバレーなどで伸びている優れたベンチャーサービスを探し、日本での代理店運営を行いました。ネットワークを駆使して、SendGridやBitly、Twilioといった、後に上場するような企業の初期代理店を務めました。

この事業は少人数で運営するには十分な利益が出ており、審美眼も悪くなかったと思います。しかし、ふと「自分たちはこれをやるためにAmazonを辞めたのか」という疑問が湧きました。

自分たちの手で、独自のプロダクトをつくらなければならないという強い思いが生まれました。

── そして、現在のピーティックスを生み出したということですか?

原田 いえ、最初はいくつかの自社事業を立ち上げましたが、失敗の連続でした。

一つ目は、現在の「note」に近いコンセプトのサービスでしたが、ウェブアプリのつくり方を理解しておらず大失敗しました。

二つ目は、私のバックグラウンドを生かしたインディーズアーティスト向けの音楽配信サイトです。一定の結果は出ましたが、事業として継続するには不十分な状態でした。

共同創業者の岩井直文が「これに将来をかけるのか」と撤退を提案してくれたことで、目が覚めました。

その後、音楽ライブや演劇の現場で、主催者がチケット管理に苦労している姿を目の当たりにします。同時期にアメリカで、Eventbriteのようなセルフサービス型のクラウドサービスが台頭していることを知りました。

「これを日本で立ち上げよう」と考えたのが、ピーティックス誕生の直接的なきっかけです。失敗を重ねたからこそ、自分たちが本当に情熱を注げる領域を見つけることができました。

草の根の活動と人が集まる場づくりという使命

── 多くのサービスを検討した上で、イベントやコミュニティという市場を選んだ決め手は何ですか?

原田 私は論理的な分析よりも、インスピレーションや情熱を重視するタイプです。自分が飽きっぽい性格だと自覚しているため、心から関心を持てるテーマでないと続けられません。

そして、イベントやチケッティングそのものというより、「人が集まる場」に強い関心がありました。最初はインディーズのアーティストや小さな劇団を想定顧客として、ピーティックスの開発を進めました。

市場規模やTAM(実現可能な最大市場規模)といった論理は、後からついてきたものです。振り返ると、私たちの価値観は「個人や小さな団体のエンパワーメント」にあります。

── サービスを進める中で、重きを置いたことは何でしょうか?

原田 大きな企業をさらに大きくすることや富裕層をさらに豊かにすることには、あまり興味が持てませんでした。草の根の活動で、共通のテーマやアイデアのもとに人が集まる。そこに私たちのミッションがあります。

このミッションがあるからこそ、創業から15年が経過した今でも情熱を持って継続できています。もし情熱を持てないテーマであれば、すでに事業を辞めていたはずです。

コミュニティという領域に舵を切ってからは、毎日が非常にやりがいに満ちています。難しい領域ではありますが、好きだからこそ困難も乗り越えられるのだと実感しています。

「日本で大きくなってから海外展開」のデメリット

── 創業からわずか7ヵ月で海外展開を決断した理由について教えてください。

原田 創業メンバーが国際的なバックグラウンドを持っていたことが大きな理由の一つです。自分たちの可能性を考えると、日本市場だけに限定するのはもったいないという感覚がありました。

また、私自身のライフスタイルとして、日本だけに留まることに窮屈さを感じてしまう側面もあります。投資家の論理では「まず日本を制してから」といわれますが、私たちは早い段階での挑戦を選びました。

── そこに不安などはなかったのでしょうか?

原田 むしろ早い段階で海外に出なければ、国際的なチームやカルチャーをつくることは難しいと考えました。

現在、社員の約半数は日本以外の国籍であり、多種多様なメンバーに恵まれています。日本で大きくなってから海外へ行こうとすると、既存のカルチャーが障壁となり、うまくいかないケースが多いのです。私たちは、最初からグローバルな視点を組織の根幹に組み込むことを重視しました。

現在は22ヵ国でサービスを提供できるプラットフォームへと成長しています。特にコロナ禍以降は日本での伸びが著しいですが、グローバルな視点は常に持ち続けています。

── 反対に、日本市場についてはどう見ていますか?

原田 日本のユニークな文化やコンテンツは、世界中で高いリスペクトを受けています。アニメやゲームだけでなく、ニッチな食文化やコミュニティのあり方も注目されています。

こうした日本発の新しい流れに、私たちのプラットフォームがどう貢献できるかが考えなければならないことです。世界中のファンがコミュニティを形成する際、ピーティックスがその基盤となることを目指しています。

チケットサービスは手段、本丸は「コミュニティ」

── ニューヨークを拠点に活動する中で、現在のテクノロジーの進化をどうとらえていますか?

原田 ニューヨークはAIをはじめとするテクノロジーの最前線であり、そこでの体験は衝撃を受けることばかりです。現地の起業家仲間がどのようにプロダクトを開発しているかを目の当たりにし、日本の遅れを痛感しています。

その刺激をすぐ社内に持ち帰り、現在はあらゆる業務でAIを有効活用することを強力に推進しています。「また社長がAIといっている」と思われるほど、強引にでも進めなければなりません。

日本だけにいると、情報の解像度がどうしても低くなってしまいます。最前線の現場で何が起きているかを肌で感じることで得られるインスピレーションは、極めて重要です。

AIの分野において、日本はアメリカに大きな遅れを取っているのが現実です。しかし、その差を認識し、新しい技術をどん欲に取り入れることで、さらなる進化が可能になります。

ピーティックスのミッションである「人と人をつなぐ」ことにおいても、AIは強力な武器になります。より最適なマッチングや、コミュニティ運営の効率化など、活用の幅は無限にあるからです。

テクノロジーを駆使して、主催者がより楽に、より活発に活動できる環境を整える。それが、私たちがプラットフォームとして果たすべき役割の一つだと考えています。

── ピーティックスが目指す、今後のサービスのあり方について教えてください。

原田 私たちの究極の目標は、「コミュニティといえばピーティックス」といわれる存在になることです。単なるチケット販売サービスで終わりたくないという思いが強くあります。

チケットビジネス自体は、それほど面白いものではありません。しかし、共通の悩みや趣味、アイデアを通じて人と人とがつながる場を支援することには、大きな価値があるという考えです。

主催者が経済的にもオペレーション的にも楽に運営を続けられるよう、付加価値を提供し続けます。スポンサーとのマッチングや参加者同士のコミュニケーション活性化など、やるべきことはたくさんあります。

多くのチケット会社は、高い手数料などの理由から必ずしもユーザーに愛される存在ではありません。私たちは、コミュニティに寄り添い役立つ存在として、ブランドを確立したいと考えています。

現在のビジネスモデルは、有料チケットが売れたときのみ手数料が発生する成功報酬型です。これにより、主催者はリスクなくイベントを立ち上げることができ、多様なコミュニティが生まれます。

この「草の根のロングテール」を支えることが、私たちのデータベースの価値です。経済的な論理とミッションを両立させながら、プラットフォームを拡大させます。

自社もコミュニティも「つなぐ」ことを目指し続ける

── 昨年、日本法人の代表を交代し「第二創業期」を掲げた意図は何でしょうか?

原田 日本市場は私たちにとって最も重要であり、さらなる成長のために体制を刷新しました。新代表の藤田祐司はコミュニケーション能力に長けており、対外的なアピールや人望も厚い人物です。

私はミッションの策定や仕組みづくりに集中し、藤田が日本市場の顔としてコミュニティとの対話を担います。チケットのピーティックスから「コミュニティのピーティックス」へ進化するための、戦略的な決断です。

── 組織運営・組織づくりについても教えてください。

原田 組織運営においては、心理的安全性を重視しつつ甘えのないプロフェッショナルな集団を目指しています。お互いをリスペクトし、相手の立場に立って考える「エンパシー」を大切にする文化を醸成しています。

同じような人間が集まるのではなく、多様な個性が集まるカオスな状態こそが、新しい価値の源泉です。不完全な人間同士がどのようにお互いを補い合い、素晴らしいチームをつくるかを常に考えています。

これからの10年も、私たちの役割は「人と人をつなぐ」ことに尽きます。分断が進む現代社会において、共通の体験を通じてつながりをつくることは、ますます重要になるでしょう。

社会にとってポジティブな存在であり続け、ビジネスとしても成立させる。この難しいチャレンジに、これからも情熱を持って取り組みます。