
「記憶を日常に。」というミッションを掲げ、記憶定着のための学習プラットフォーム「Monoxer(モノグサ)」を展開するモノグサ株式会社。同社は「解いて憶える」という独自のアプローチで、誰が・どの情報を・どれくらい憶えているかをAIで可視化し、これまで見えにくかった記憶の状態を明らかにしてきた。
創業初期は学習塾や私立学校が中心だったが、いまや公教育や自治体、さらには企業の人材育成へと活用の場は大きく広がっている。
生成AIの台頭によって「そもそも人は憶える必要があるのか」という問いが投げかけられる時代に、あえて記憶の価値を問い直す姿勢は示唆に富む。
共同創業者の竹内孝太朗氏に、高校の同級生である畔柳(くろやなぎ)氏との創業秘話や、AI時代における記憶することの意義、そして教育機関から法人領域へと拡大する事業の展望について聞いた。
記憶を可視化することで個人の可能性を最大化し、企業の人的資本経営を支援する同社の挑戦とは──。
目次
「解いて憶える」ことで記憶を定着させるプラットフォーム
── まず事業概要について教えてください。
竹内氏(以下、敬称略) モノグサは「記憶のプラットフォーム」として、何かを憶えるためのサービスの開発と提供をしています。
記憶の方法は世の中にたくさんありますが、私たちは「解いて憶える」ことにこだわりを持っています。
目の前の情報を読んで憶える、あるいは写して憶えることもできますが、モノグサでは問いの形で情報が出てきます。
それを答えながら、思い出しながら憶えていくのがコンセプトです。
── 憶えていない情報は、そもそも解くことが難しいのではないでしょうか。
竹内 記憶の状態に合わせて問題の難易度やヒントの量が変わるようにしています。
ギリギリ解けるレベル、たとえば二択なら答えられる、回答の最初の一文字があれば答えられる、といった段階を踏み、最終的にはノーヒントで解ける状態までサポートします。
解きながら憶えるため、学習者がどの情報をどれくらい憶えているかをAIが可視化し、また忘却速度の測定もするので、過去に憶えた内容も、忘れかけた頃にまた問題が出題されます。
2016年の創業以降、まずは学習塾向けにサービスをスタートしました。現在は塾だけでなく、学校や自治体、企業へと事業領域を拡張しています。忘却速度も加味して毎日の学習計画を出す機能や、サードパーティーがコンテンツを販売できる「モノグサマーケット」も展開中です。
高校の同級生と挑む「教育格差是正」への情熱
── 創業の原点について教えてください。リクルートを辞めて起業を選んだ背景には、どのような思いがあったのでしょうか。
竹内 私の関心は、もともと教育格差の是正にあります。中学生のころから、将来は教育格差の是正につながるサービスを立ち上げると周囲に話していたほどです。
しかし、何をすればそれにつながるのかは、長年分からない状態でした。
リクルートを選んだのは、将来起業するために営業力と事業開発力を身につけたかったからです。
30歳で起業することを目指して入社したのですが、CTOの畔柳(畔柳圭佑・代表取締役CTO)とは高校1年生のときの同級生で、大学時代も定期的に接点があったんです。
リクルートでは「カーセンサー」の営業に配属されたのですが、2年目で全社トップの成績を収め、3年目には新規事業の立ち上げを希望しました。
プライベートでも教育領域のサービスを考え始めたころ、作り方が分からず畔柳に連絡したのがきっかけです。
── それが事業の出発点になったのですね。
竹内 当時は世界中の単語帳を集めて学習できるサービスを考えていました。
畔柳のアドバイスは「コンテンツそのものよりも、憶えること自体に課題があるのではないか」というものでした。決定版の英単語帳が出ないのは、憶えきれていないことに原因があるという指摘です。
そこから「記憶」の会社へと一歩近づいたと言えるでしょう。
畔柳が、記憶に関する論文を1000本近く読み、研究成果が社会に実装されていないことを発見しました。彼が「我々が提供したいのは記憶だ」と言ったとき、すべてがつながったわけです。
2013年からは「スタディサプリ」の立ち上げに参画しました。スタディサプリは、授業動画を見てインプットした後、小テストを受けて理解度を測るスタイルでした。動画視聴直後の小テストの成績は高い傾向になったのですが、(動画を見てから)時間が経つと忘れてしまい、成績が上がりにくい課題に直面しましたね。
そこで、やはり「記憶」が重要だと確信し、畔柳を口説き落として、予定どおり30歳になる直前に登記し、リクルートを退職し起業しました。
AI時代における「記憶」の価値と人間の役割
── 教育格差の是正に対してどのような考えを持っていますか。
竹内 親の影響で、幼少期から世界平和や支援活動に関心があったんです。
中学時代にインド西部地震への寄付を通じて、教育が貧困からの脱却に不可欠だと学びましたね。そこから教育格差をなくすことが私の夢になりました。
ただ、スタディサプリでの経験を経て、考えが少し変わっていたと思います。格差の中でもポジティブな格差、例えば、天才が平均を超えていく格差はあってもいい。
一方で、ネガティブな格差、つまり、必要最低限の水準に達していない状況をなくしたいと考えるようになっていました。
モノグサを通じて「当たり前の水準を上げたい」というのが、今の強い思いです。
── 生成AIの台頭により、学びの前提が揺らいでいます。AI時代における「記憶」の意義をどうとらえていますか。
竹内 記憶は、人間が生きていくうえで必須の基盤です。日本語を記憶していなければ私の話は理解できませんし、概念を記憶していなければ目の前のものを認識すらできません。
記憶がなければ、世の中を味わうことも楽しむこともできないのです。
AIの進歩によって、機械に任せたほうがいい生産活動は確実に増えます。
一方で、不確実性の高い現場や、リスクを伴う意思決定を促す営業などは人間が担い続けるのだと思います。
何かを決定する際のリスクを取るとき、責任の所在が明確な人間と意思決定したいというニーズはなくならないと考えています。
教育の目的は、単に社会の生産を担う人材を育てることだけではありません。文化や芸術を味わい、人との対話を楽しみ、自分なりの価値を見いだしながら、よりよく生きるためにも教育は存在します。
AIが生産活動の多くを担うようになっても、何を面白いと感じ、何を大切にし、世界をどう味わうかは、一人ひとりに委ねられています。そして、その豊かな体験や思考を支える土台となるのが、記憶なのです。
公教育から法人領域へ。個別最適化が加速する事業拡大
── 学習における「理解・定着・活用」の三段階において、AIと人間の役割はどう切り分けられますか。
竹内 「理解」の段階では、まだ人間に分があります。相手がどんな人で、何を記憶しているかを察する能力は人間の方が高いからです。
「定着」については、完全にMonoxerのようなAIの領域です。丸付けや反復タイミングの提示は、機械のほうが圧倒的に得意です。「活用」については、AIが英会話の相手をするような環境整備が進んでいます。
ただ、Monoxerが記憶の状態をAIに見せることができれば、理解のフェーズでもAIが人間を上回る可能性があります。
── 法人事業が急成長していますが、ANAをはじめとする大手企業でMonoxerの導入が進んでいる背景を教えてください。
竹内 記憶を支援するサービスは、導入した瞬間に効果が見えるものではありません。そのため私たちは、実証実験を通じて、試験結果や営業活動の生産性など、導入による変化を一つひとつ可視化してきました。こうした地道な積み重ねが、導入の広がりにつながっていると考えています。
もう一つの背景には、企業研修における個別最適化へのニーズの高まりがあります。従来のように全員が同じ内容を一斉に学ぶだけでなく、一人ひとりの理解度に応じて、必要な知識を身につけられる環境が求められるようになっています。
現在、特に大きな手応えを感じているのが、販売員や営業担当者など、お客さまと直接向き合う人材を支援する「フロントラインイネーブルメント」の領域です。
商品知識や業務知識を、必要な場面ですぐに引き出せる状態をつくることは、接客や提案の質を高めるうえで欠かせません。Monoxerは、現場で働く一人ひとりが、必要な知識を確実に身につけ、実践で活用できる状態を支援しています。
そのほか、建設現場などにおける安全教育や、資格取得に向けた学習など、確実な知識の定着が求められる領域でも活用が広がっています。
人的資本経営のカギを握る「記憶の可視化」と未来の展望
── 企業の人的資本経営において、Monoxerはどのような役割を果たしますか。
竹内 経営者にとって、人を採用し育成することはリスクを伴う投資です。
しかし、Monoxerで記憶状態を可視化できれば、育成の見通しが立ちます。「この状態の人をこう育てれば、これくらい活躍できる」という確実性を提供したいのです。
経営者が、人の育成に一切の躊躇がない状態を作ることが目標です。一人ひとりの記憶状態を可視化し、イネーブルメントの成功率を高めます。
それにより、人の仕事が奪われず、やりたい仕事ができる状態を維持できると考えています。
── 10年後、20年後のモノグサの姿をどう描いていますか。
竹内 私たちは一貫して「記憶のプラットフォーム」になることを目指しています。モノグサで憶えることで、自分の記憶を他人に証明できたり、AIから適切な支援を受けられたりする。
情報自体の価値に、プラットフォームとしての付加価値を乗せていきたいのです。
10年後には、他人の記憶が見れることは当たり前になっているはずです。「できない」のではなく「今は憶えていないだけ」という認識が広まってほしい。やりたいと思ったときに、記憶の壁を感じずに挑戦できる社会を作ります。
知的活動において、やってやれないことはない。多くの人類がそう思い、自分の可能性を信じられる未来を、モノグサを通じて実現します。