
食品宅配のオイシックス。2026年7月、「オイシックス・ラ・大地」から創業時の社名に回帰した同社は、Oisix・らでぃっしゅぼーや・大地を守る会といったB2Cの食品宅配に、給食大手シダックスの子会社化でB2Bまで加え、いまや約30社を擁するグループへと非連続の成長を遂げてきた。
その原動力はM&Aだが、同社にとってそれは特別な一手ではなく「日常」だという。
「M&Aは手段でしかない。成否を分けるのは、その後の泥くさいPMIだ」と語るのは、証券会社でM&Aアドバイザーを務めた後に同社へ加わり、財務の責任者として数々の案件を率いてきた執行役員CFOの中川徹哉氏だ。
社会課題を起点に「新しい当たり前」をつくるというオイシックス流のM&Aと、その舞台裏を聞いた。
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■食の社会課題をM&Aで解く
── 食品業界のM&Aの潮流をどう見ていますか。
中川 食に限らず、M&Aの世界はこの10年で大きく変わりました。私が証券会社でM&Aアドバイザーをしていた頃は、日本企業がようやく海外企業を買収し始めた位の時期です。直近数年で進んだ調剤薬局や物流のような業界再編も、お客さんに持っていけば「そんなの今は起こらないよ」と言われた時代です。
それがすっかり様変わりして、いまや再編は当たり前になりました。食の業界においても、M&Aは事業を成長させる前提条件の一つになっています。
── これまでの御社のM&Aは、どんな狙いで進めてきたのでしょうか。
中川 大きく二つに分かれます。「既存領域の拡大」と、「新規領域への進出」です。オイシックスに大地を守る会、らでぃっしゅぼーやが加わったのは前者で、B2Cの食品宅配をどんどん広げてきました。
一方で、徳島発の移動スーパー「とくし丸」や、給食のシダックスは後者で、自分たちにはなかった新しい分野に踏み出す一手でした。シダックスがグループに入ったことで、B2Cに加えてB2Bの世界にも足を踏み入れたわけです。
ただ、どちらの目的であっても、必ず立ち返るのは「食に関する社会課題を、ビジネスの手法で解決します」という前提です。これは我々のミッションでもあり、M&Aのときに絶対にブレない軸です。
── 「社会課題の解決」という言葉を、もう少し具体的に伺えますか。
中川 私は以前、高齢者施設の経営に携わっていたことがあるのですが、そこでは「食が美味しくないのが当たり前」でした。病院や高齢者施設の食事が美味しくないことに、誰も疑問を抱かない。経営者だった私自身も、当然のことだと思ってしまっていた。
でも、その当たり前を新しい当たり前に変えていくのが、いまオイシックスがやろうとしていることです。
たとえば最近開発している「元気ごはん with Oisix」という高齢者施設向けのプロダクトは、見た目は普通なのに、食べるとやわらかい。少ない量でしっかり栄養が取れて、噛む力も落ちないようにする。ちょっとしたことですが、入居されている方にとってはすごく重要なんです。
祖業の食品宅配事業も同じです。消費者の安全な食へのニーズと、こだわりの詰まった野菜を作る生産者の思いという構図を、かつては前例のなかったオンラインでの販売によって繋ぎ、両者が抱える歪みを解消しました。
その結果として、最終的に手間をかけて育てる農家さんがきちんと報われる。過疎地に住む方が、補助金に頼らず買い物できるモデルが出来上がる。そうした「当たり前になっていないこと」を、一つずつ新しい当たり前に変えていく。それは自分たちだけではできないので、いろいろな会社がグループに加わることで、これからも新しい当たり前が増えていけばいいと思っています。
■「新しい当たり前」をつくる会社を選ぶ
── どんな会社をグループに迎えるか、判断基準はどんなものですか。
中川 定量と定性の両面があります。定量は、EBITDAの倍率や1年目から利益が出るかといった、どの会社も見るシンプルな基準で、正直ネットで調べればすぐ出てくるようなものです。
大事なのは定性のほうで、これは会社によっても、時代によっても変わります。10年前にB2Bの給食をやりたいと言っていたわけではないですから、判断基準はその時々でいい。ただ、絶対にぶれてはいけないのは、やはり「社会課題を解決するか」「自分たちじゃなきゃいけない理由があるか」です。
我々はロールアップ戦略をとっていて、業績も外部に開示しているので、数字にとらわれそうになる時もあります。でも、そこで根っこに立ち返る。
たとえば世界で日本酒が売れたから急に日本酒を、ウイスキーが流行ったからウイスキーを、というのは我々にもできますが、「それをやるのは我々じゃないよね」というのは経営陣で一致している価値観です。M&Aは非連続で非日常的なものと思われがちですが、当社はもう30社ほどがグループインしていて、これからも同じくらい増えていく。事業を大きくする日常的な打ち手として、M&Aを捉えています。
── 逆に「これはやめよう」となった例はありますか。
中川 いくつかあります。たとえば今、オイシックスはB2Cの中でも比較的高い価格帯のプロダクトを扱っています。
これだけインフレが進む中で、コスト高騰をそのまま値段に全て乗せるわけにもいかない。ならばいっそ値段を大きく下げてマス層を取る、という選択肢もあると考えたこともあります。
でも、我々が提供したいのは、普通の人参100本ではなく、農家さんの想いがこもった人参1本を売りたい。外食産業も、食を広く届ける規模の魅力はありますが、経営陣で話し合った時は、「いま我々がやるべき理由はそこにはない」となりました。但し、これも5年後、10年後に、同じ結論になるかはわかりません。「社会課題を解決するか」「自分たちじゃなきゃいけない理由があるか」でYESとなれば、やるかもしれません。
CFOとして利益は非常に大事ですが、社会課題を解決すると言っている以上、多くの人に届ける規模を示す食数も非常に大事な要素です。ただそれは、「売り上げがすべて」という売上至上主義はまったく違う考え方です。
■PMIは結局、人と文化に行き着く
── 印象的な案件を挙げるとすればどのケースですか。
中川 やはりシダックスです。2024年に子会社化し、2025年9月には給食事業を完全子会社化しました。この1年は劇的に変わった1年で、私自身、毎週シダックスのオフィスに通ってコミュニケーションを取ってきました。M&Aで大変なことは何かとAIに聞くと、たくさん出てきて、しかもほぼ当たっているんですよね。良いことはあまり当たっていないのに(笑)。
想定外のことが起きすぎて、なかなかうまくいかない。結局PMIは、人と文化のところに行き着きます。言うのは簡単ですが、やるのは本当に難しい。
シダックスでは「Kizukiの箱」という目安箱のような制度を入れました。経営体制が変わったタイミングで、現場で働く方が今まで言えなかった不満や気づきを声に出せる仕組みです。それをデイリーで吸い上げて、可能な限り早く解決していく。1年間で、約800件。毎週の経営会議にて、経営陣で全件に目を通し、回答や対応をその場で意思決定してきました。N=1の声から、全体へ波及するものは次々に実施してきたことで、「声をあげることで改善される」「風通しがよくなった」という声が少しずつ聞こえ始めています。
ただし、これが一方通行では意味がない。グループに入った会社を過剰に尊重しすぎるのも違うし、オイシックスのやり方を全面的に押し付けるのも違う。双方向の関係構築が不可欠です。
たとえば「この商品を100個売って」とトップダウンで命じるだけでは、「業績や利益のためか」と受け止められてしまう。そうではなく、「なぜこの商品を使ってほしいか」──単に「営業してほしい」と伝えるのではなく、「咀嚼力を維持しつつ、少量で高栄養な食事を届ける」といった本来の目的まで共有する。そうすることで、現場一人ひとりの意識や、施策のクオリティが変わってくるのです。
学ぶのは、常にこちらからでもあります。直近では売上10億円ほどの高齢者施設向けの会社を迎えましたが、一部の制度は当社よりはるかに優れていた。その会社は30施設ほどですが、当社は2,500施設ある。30施設の良いところを2,500施設に横展開するだけで、グループとしては大きなインパクトになります。
── うまくいかなかったことも、あったのでは。
中川 ありすぎます(笑)。公の場でお話しできるのは、どうしても成功した側面が中心になってしまいます。実際、意思決定のスピード感や、一つひとつの価値観をどう積み上げていくかという点において、ギャップが存在していました。
我々は「最終的にどうなりたいか」から逆算して考える。予算も積み上げでは作らず逆算で作るので、CFOとしては困る面もあるのですが(笑)。
一方でグループインした当初は、そこまで先を見据えて逆算する考え方ではなかった。これはどちらが良い悪いではなく、あくまで考え方の違いです。グループに入った時点では売上規模もほぼ同じでしたから、どちらが正解ということでもない。だから、すり合わせには少し時間をかけました。
解決策は、実はすごくシンプルでした。オフィスを一緒にしたことも大きな要素でした。渋谷にあった拠点を大崎に集約した。教科書通りのPMI論や人間関係の構築法を議論するよりも、同じ空間で過ごし、社員総会や、社員同士が集まって飲む「社員バー」などで膝を突き合わせる。再現性があるかはわかりませんが、最終的には「人と人との泥くさい関わり」に帰結するのだと実感しました。
B2Bの給食とB2Cの食品宅配ではカルチャーもまったく違いますが、「安全・安心なものを届けたい」という根っこは同じ。そこが分かってからは、商品開発も製造も物流も、ぐっとスムーズに進むようになりました。
■支配しすぎず、買収先を主役にする
── 買収してもあまり支配しすぎない、という共通点を感じます。
中川 まさにご指摘の通りです。分かりやすい例で言うと、いま私の直下で働くメンバーに、元オイシックスは一人もいません。らでぃっしゅぼーや、大地を守る会、シダックスの出身者です。現場で活躍されていた方々には基本的にそのまま残っていただき、経営陣やメンバーをごっそり入れ替えるようなことはしません。そのうえで、「根っこにある理念の一致」だけは徹底し、私たちが目指す世界観も丁寧に伝えます。
もう一つ大事にしているのは、若手の抜擢です。これまで部長の下で働いていた優秀な人材を引き上げる。能力と意欲さえあれば誰でも活躍できることを、口先だけでなく組織の姿勢として示していく。それが、グループに参画する最大の魅力の一つになればと思っています。
■海外へ。そして、M&Aは「手段」である
── 今後の展望を聞かせてください。
中川 シダックスのグループインを経て、B2CとB2Bという二本柱がようやく立ち上がろうとしています。2030年に向けては、まずこの二本柱を伸ばすことに変わりはありません。
そのうえで、イノベーティブな新しいプロダクトを生み出すこと、海外といった3本目の柱を考えたいと思っています。食の領域で、海外に出ずにうまくいく会社は、5年後10年後を考えるとほぼないと思っています。2019年に買収した米国のミールキット会社Purple Carrot(パープルキャロット)も、その一歩でした。
ただ、「和食」は世界的な知名度や評価が高まっている一方で、米国市場で真の成功を収めた日本企業はまだ存在しません。輸送の途中で形が崩れてしまったり、抹茶やおにぎりが本来の日本の姿とは異なるものに変わってしまったりする課題があります。この春、和食関連の企業をグループに迎え、米国事業をどのタイミングでどのように本格展開していくか模索を深めているところです。
── クロスボーダーで一番難しいのは何ですか。
中川 市場規模・資金力の圧倒的な違い、そしてスピード感です。米国の大手の会社と同じ土俵で競おうとすると、投じられる広告費もベンチャーキャピタルからの調達資金も桁が違います。経営人材の確保においても、現地では数ヶ月でトップレベルが集まるのに対し、日本のスタートアップでは相当な時間を要します。
コロナ禍以降、世界的に食品宅配業界は苦戦を強いられており、私たちも「何が不振の原因なのか」を一つひとつ潰してきました。現在は、そうした試行錯誤から得た「失敗のノウハウ」が十分に蓄積された段階です。
意思決定に関しては、熟考する期間は長いものの、「行く」と決めた後のスピードは非常に早い会社だと自負しています。ある案件では、情報が入った翌日の夕方には先方の社長との面談がセットされていたこともありました。
── これからM&Aに踏み出す会社も多いと思いますが、実際にやってこられて、いま率直に感じていることはありますか。
中川 メディアで報じられる華やかな成功事例だけを見ると、M&Aは一発逆転で世界を変えられる魔法のように見えるかもしれません。
しかし実際は、地道で泥くさいプロセスの積み重ねであり、数年かけてようやく成果を結ぶのが現実です。それはどの企業にとってもごく当たり前のことです。
最も大切なのは、「M&A自体を目的にしないこと」です。自分たちが最終的に成し遂げたい世界(目的)を実現するための「インフラや手段」として捉える。
当たり前の施策を愚直にやり続ければ、PMIの知見も、失敗から学ぶノウハウも自然と蓄積されていきます。M&Aは目的ではなく手段であるという本質を見失わずに、ぜひ最初の一歩を踏み出してほしいと思います。そうすると、いつの間にか、M&Aが日常になっていくかと思います。
- 氏名
- 中川徹哉(なかがわ・てつや)
- 社名
- オイシックス株式会社
- 役職
- 執行役員CFO