この記事は2026年7月31日に「きんざいOnline:週刊金融財政事情」で公開された「用語が独り歩きする「ビハインド・ザ・カーブ」」を一部編集し、転載したものです。
長期金利が上昇するなか、報道等ではその理由として、しばしば「ビハインド・ザ・カーブ」への懸念が挙げられている。この言葉は、日本銀行の利上げが遅れることにより、将来のインフレが加速し、最終的に大幅な利上げに迫られる状態を指す。これは、足元の金利上昇の説明として妥当なのだろうか。
図表は、2026年度の国債イールドカーブの変化を示したものだ。これによると、5年以下程度の中期金利の上昇幅が小さく、10年以上の長期・超長期金利の上昇幅が大きいことが分かる。一見すると、目先の利上げが不十分(=中期金利の上昇幅が限定的)な結果、「将来」のインフレが加速(=長期以上の金利が上昇)することを織り込んでおり、ビハインド・ザ・カーブ・シナリオと整合的であるようにも見える。
一方で、このシナリオが実現する時の「時間軸」で考えると、話は変わってくる。目先の利上げが不十分な結果、将来インフレが加速するとしても、そのタイミングはせいぜい数年先だろう。それならば、2年以下のごく短い金利はまだしも、3~5年程度の金利はむしろ大きく上昇するはずである。もちろん、それが基調的なインフレに波及するのであれば、長期金利「も」上昇することは理に適う。しかし、その場合でも中期主導の金利上昇に長期以上が追随するかたちになるはずであり、足元の動きとは整合しない。
また別の論点として、そもそも利上げの遅れのせいで、長期の平均インフレ(≒基調的インフレ)が上振れるという事態は容易には発生しない。足元で生じているエネルギー高のように、供給ショックインフレが基調的なインフレに波及した例として、1970年代の第1次オイルショックがよく引き合いに出される。当時、日銀は第4次中東戦争勃発直後に政策金利を9%に引き上げており、金融環境は相応に引き締め的だったにもかかわらず、基調的なインフレは加速した。
この時、供給ショックインフレに対して労働者側が生活防衛のための賃上げ要求を強め、企業がそれに応じたことが基調インフレ加速の主因だった。それ故、利上げによる景気抑制が有効打にはならなかった。このように、基調インフレの加速に対して利上げが必ずしも有効でなければ、逆に「利上げが不十分なせいで」基調インフレが加速する事態も、容易には発生しないはずである。
以上を考慮すると、足元の長期金利上昇とビハインド・ザ・カーブへの懸念は整合せず、用語が独り歩きしている印象が強い。足元の金利上昇は、高市早苗政権下での財政拡張懸念や潜在成長率上昇観測がくすぶるなか、金利格差の縮小を想定して組んでいた投資ポジションを解消する動き(フラットナーのアンワインド)や、保有国債のデュレーション短期化などのポジション調整により生じたものだろう。
みずほ証券 チーフ債券ストラテジスト/丹治 倫敦
週刊金融財政事情 2026年8月4日号