この記事は2026年9月2日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.314『「働きたい街」の就業者はどこから通うのか』」を一部編集し、転載したものです。
目次
この記事の概要
• 首都圏におけるオフィス街への通勤実態、通勤者が住む街の賃貸マンションの賃料変化率等を明らかに
• 通勤者が住む街から東京駅・大手町駅・日本橋駅エリアへの通勤定期券面上の時間距離は36分、新宿駅エリアは34分
• 近年の賃貸マンションの賃料高騰は、特に職住近接を求める若年層の通勤環境への影響が大きい
「働きたい街」の通勤事情は
近年、リクルーティングや従業員のエンゲージメント向上を目的に、企業が立地やビルスペックの改善を目指して移転を図るケースが増えている。弊社ではオフィスに対する働き手の意向を明らかにするべく、「働きたいオフィス・働きたい街ランキング2026」<1>を実施している。本調査で注目されやすいのは“働きたい街”としてどのオフィス街が選ばれているかであるが(図表1)、筆者は、働き手が認識するオフィスの理想と現実のギャップにも注目している。図表2では働き手のオフィスの立地や建物特性に対する理想と現実を分析している。働き手からのオフィスの交通利便性(駅直結や駅から近い立地)を求める声は強いものの、実際には叶わないことも多いことが浮き彫りになっている。
オフィスの交通利便性は働き手の理想を充足する鍵の一つであることが示唆されるが、働き手が通勤全体を重視しているとすれば、“オフィスの立地という点”だけではなく、“オフィスの立地と住宅の立地という線”で捉えることが必要と考えられる。そこで本稿では、「働きたいオフィス・働きたい街ランキング2026」で選出された“働きたい街”について、国土交通省「大都市交通センサス」の通勤定期券発行情報を用い、首都圏における駅別、市町村別での働きたいオフィス街への通勤状況(通勤定期券面上の通勤時間、居住地の空間分布等)を明らかにする。分析対象とするオフィス街は、東京駅・大手町駅・日本橋駅エリア、新宿駅エリアの2エリアとする。さらに、本稿では統計上、住宅の所有割合が低い若年層(20歳代)<2>を中心とした住宅事情にも着目し、通勤者が住む街の近年の賃貸住宅市況(シングルタイプの賃貸マンションの賃料変化率等)について検討する。
1:詳細は以下を参照。三菱UFJ信託銀行テナントリーシング営業部「働きたいオフィス・働きたい街ランキング2026」
https://www.tr.mufg.jp/new_assets/houjin/fudousan/pdf/antenna-office_city_ranking-2026.pdf
2:総務省「令和5年住宅・土地統計調査」によれば、20歳代における家計主が現住居を所有している割合は、東京都で1.2%、全国で3.7%であり、同世代ではほとんどの家計が住宅を所有しておらず、民営借家に住むケースが多い。
東京駅・大手町駅・日本橋駅では30-39分、新宿駅では20-29分がボリュームゾーン
まずは、国土交通省「大都市交通センサス」を用いて、首都圏における駅別、市町村別でのそれぞれのオフィス街への通勤状況を明らかにする。「大都市交通センサス」は国土交通省が三大都市圏(首都圏・中京圏・近畿圏)において、鉄道・バス等の大量公共交通機関の利用実態を明らかにする調査であり、本稿においてはそのうち、通勤定期券の発行情報を利用する。当該調査では、鉄道会社を跨いだ乗車駅(区間開始駅)、降車駅(区間終了駅)が駅別に集計されている。これらに通勤時間帯の実際の乗車時間情報(以下、「時間距離」)を組み合わせることで、それぞれのオフィス街への通勤実態を概観する<3>。
3:目的地駅には複数の鉄道会社が乗り入れしているが、同一の目的地として集計している。具体的には、東京駅・大手町駅・日本橋駅には、東日本旅客鉄道、東海旅客鉄道、東京地下鉄、東京都交通局の4社、新宿駅には東日本旅客鉄道、京王電鉄、小田急電鉄、東京地下鉄、東京都交通局の5社が乗り入れしている。また、本稿の分析は、国土交通省の定期券発売実績調査における分析と同様、通勤定期券面上の情報を基にしている。連絡定期券ではない“複数枚の定期券を保有する人”は個別に把握できないため、“複数枚の定期券を保有する人”が事業者間の乗り換えを行う駅に関しては、集計がその分過大になる。つまり、通勤定期券面上の時間距離は実際の時間距離よりも過少に評価していることが想定される。
図表5ではそれぞれのオフィス街への通勤定期券発行の多い駅をランキング化している。いずれも時間距離比で住宅賃料の割安感のある駅<4>が目立ち、通勤定期券面上の時間距離が30分台までに収まる駅がランクインしやすい傾向が確認される。図表4では時間距離帯毎の通勤定期券の構成比を示しているが、東京駅・大手町駅・日本橋駅では30~39分、新宿駅では20~29分がボリュームゾーンとなる。全ての通勤定期券を用いて求めた加重平均時間距離は東京駅・大手町駅・日本橋駅では36分、新宿駅では34分である。新宿駅への通勤者の方が若干、職住近接している傾向がある。この背景として、新宿駅は東京市部や神奈川県東部に抜ける路線が複数存在し、比較的安価に職場周辺への居住が実現できるため、と筆者は推測する。図表6、図表7では通勤定期券発行の市区町村別構成比について、空間的にその分布を示しているが、東京都区部に留まりやすい東京駅・大手町駅・日本橋駅への通勤者に対し、新宿駅の場合は西側に広く通勤者が分布する傾向が確認される。
4:時間距離比での住宅賃料の割高割安分析については、拙稿MRRVol.259『居住者の評価が高まり続ける“職住近接”』等をご参 照。
いずれのエリアもボリュームゾーンとなるエリアでは、過去5年間で2割~3割程度の賃料上昇
次に通勤者が住む街の近年の賃貸住宅市況を明らかにするべく、図表8では通勤定期券面上の時間距離帯毎の賃貸マンションの賃料平均値、図表9では過去5年間のその変化率を試算している。いずれのオフィス街の通勤者が住む駅についても、全体では1割~3割程度、通勤定券発行の多い駅が多く含まれる40分以内の時間距離帯では2割~3割程度の、過去5年間でのマンション賃料の上昇が確認される<5>。シングルタイプ(25㎡換算)の一部屋当たりの月あたり賃料は、例えば20~29分の時間距離帯で降車駅が東京駅・大手町駅・日本橋駅のケースで10.4万円、新宿駅のケースで10.0万円に達している。
近年の賃料上昇は若年層の通勤環境への影響が大きいか
40分以内の時間距離帯での賃料上昇率の高さも考慮すると、近年の賃貸マンションの賃料高騰は、特に職住近接を求める若年層の通勤環境への影響が大きいと考えられる。住宅を所有していない若年層は、給与の増加や家賃補助の拡充によって賃料上昇を超える収入増加がない場合、(1)同じ時間距離で築年数や部屋の広さを妥協する、(2)より割安感のある駅を探す、(3)時間距離の遠いエリアを選ぶ、等の必要に直面する。こうした条件に当てはまる働き手では通勤環境に不満感が生じやすいだろう。
5:なお、降車駅が新宿駅のケースでは、東京市部や神奈川県東部に抜ける複数の路線の存在もあって、時間距離に比例して都心からの直線距離も遠ざかりやすく賃料上昇率が滑らかに低下するが、東京駅・大手町駅・日本橋駅のケースでは乗車時間が40分未満の時間距離帯では賃料上昇率が2割を超えている。




