この記事は2025年7月18日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.286『0-9歳人口から見る子育てファミリー世帯の居住地選択』」を一部編集し、転載したものです。


0-9歳人口から見る子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=K-MookPan/stock.adobe.com)

目次

  1. この記事の概要
  2. 東京23区の0-9歳人口は2014年比▲4%減少
  3. 人口減少のベースにあるのは出生数の減少
    1. 東京23区全体の動きを自然増減と社会増減に分解
    2. 区別の0-9歳人口全体、出生:都心6区やその周辺で相対的に堅調
    3. 区別の0-9歳人口の転出・転入超過者数:江戸川区・葛飾区・足立区等で再評価の可能性も
  4. 不動産価格、子育て環境と0-9歳層の社会増減の関係
  5. 0-9歳層の人口動態に着目することで得られたインサイト

この記事の概要

• 都心は子育てファミリー世帯から人気が高い。親世代の職住近接ニーズ等の構造的要因が想定され、この傾向は今後も続く可能性が高いと思われる。

• 子育てファミリー世帯のエリアを跨いだ移動時には、不動産の割安さ、子育て環境の充実度等が重視される傾向がある。相対的な人気は固定化されておらず刻々と変化しており、住宅価格は勿論、行政の子育て施策や地域の再開発の動向等を具に把握すべきだ。

東京23区の0-9歳人口は2014年比▲4%減少

東京23区の0-9歳人口は2019年をピークに減少トレンドに転換している。図表1は同年齢層の人口を指数で示しているが、2014年比▲4%減少している(0-9歳人口(実数)は2014年67.0万人→2015年64.2万人)。この人口動態の変化は不動産市場においても注目される。なぜなら、同年齢層の子供のいる世帯は出産、保育園・幼稚園等の入園、小学校の入学といったライフイベントが重なるため、住宅需要、特にファミリータイプ住戸の需要変化に直結するからだ<1>。そこで本稿では0-9歳層の人口動態について東京23区における区単位での定量的な分析を行い、子育てファミリー世帯の居住地選択の動向を探る。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

1:「首都圏における居住環境からみた出生力向上および子育てと仕事の両立化への対応に関する研究」(佐藤将・2020年)では、第一子出生後に兄弟構成が安定するのは6~7歳が多いとも指摘されている。

人口減少のベースにあるのは出生数の減少

東京23区全体の動きを自然増減と社会増減に分解

まず、東京23区全体の傾向を確認する。一般的に人口の増減は、出生や死亡によって生じる自然増減、世帯移動によって生じる社会増減に分解できる。図表2では0-9歳の年齢階級から10歳以降の階級への移動を自然増減に含めた上で、人口増減の寄与分析を行っている。この分析では2つのことが明らかになっている。第一に、減少トレンドへの転換は自然増減等が主因であること。出生数等の減少が同年齢層における人口減少のベースにある。第二に、社会増減の変化は常に転出超過<2>かつその規模は拡大しているものの、水準変化は自然増減等ほど大きくないこと。コロナ禍において転出超過の拡大が見られたが、足許はコロナ禍以前に近い水準まで回復してきている。

区別の0-9歳人口全体、出生:都心6区やその周辺で相対的に堅調

次に東京23区の区単位の傾向を確認する。図表3では2014年~2025年の0-9歳人口の増減を示している。都心6区(千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区・文京区)やその周辺で相対的にトレンドが堅調であることが分かる。この背景は出生数の水準差と推測される。図表4は2014年~2023年の出生数の増減を示しているが、図表3とほぼその変化が重なる。東京23区における雇用重心(千代田区隼町・最高裁判所および国立劇場の所在地付近)<3>を取り囲むように上位区が分布していることを踏まえると、親世代の未婚時の居住エリアが引き継がれたことに加えて、職住近接ニーズの高まりがこの背景にありそうだ。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

2:都心部でマッチングした世帯が子供の出生後に周辺エリアへ転出する行動は東京23区においては過去からあり、“住宅双六”の一つのルートとしても認識されている。住宅双六とは、建築学者の上田篤氏が1973年に朝日新聞の市場で公表した、都市居住者の住み替えを“双六”になぞらえて表現したものである。郊外に庭付き一戸建て住宅を取得することが“上がり”とされていた。
3:東京23区における全産業従業者数による地理的な重心を指す。座標は東経139.74度、北緯35.68度(千代田区隼町・最高裁判所および国立劇場の所在地付近)。弊社マーケットリサーチレポートVol.259「居住者の評価が高まり続ける“職住近接”」にて紹介した、都市住宅学99号掲載の「都心高額住宅地の成立条件:東京23区における中古マンション等取引を用いた実証分析」(早川季歩・田島夏与)にて求められた座標を挙げている。

区別の0-9歳人口の転出・転入超過者数:江戸川区・葛飾区・足立区等で再評価の可能性も

しかし、社会増減に着目すると、上記とは異なった動きが見られる。図表5では0-9歳層について年初人口に対する社会増減率を「転出・転入超過者数÷年初人口」と定義し、その傾向を確認している。都心の一部(文京区や中央区)およびJR山手線の外側のうち西、北、東に位置する区で相対的に堅調であることが読み取れる<4>。アルファベット小文字の”m”を形成しているように見える。2014年、2024年の2時点を比較しているが大きくは変わっていない。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

ただし、5-9歳層<5>に限定すると区単位の相対差に変化が見られる(図表6)。2014年時点では都心の一部(文京区や中央区)およびJR山手線の外側のうち西、北のみに位置する区で相対的に堅調であり、0-9歳層全体と比較すると東側が削れている形だった(アルファベット小文字の”n”)。しかし、2024年時点ではこれに東側の区も加わり、アルファベット小文字の”m”となっている。江戸川区、葛飾区、足立区等が子育てファミリー世帯から再評価されている可能性を示していると筆者は考える。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

4:なお、ほとんどの区でマイナスが生じている(例えば2024年の年初人口に対する社会増減率(0-9歳層)では中央区と練馬区以外はマイナス)。
5:0-4歳層についてはAppendix.1をご参照。

不動産価格、子育て環境と0-9歳層の社会増減の関係

以上のように、0-9歳層全体では都心6区およびその周辺で相対的に人口トレンドは堅調であり、親世代の職住近接ニーズ等の構造的要因によるものと推察される。では、社会増減でアルファベット小文字の”m”が形成される理由は何だろうか。

筆者は、多くの子育てファミリー世帯が直面する2つの課題、(1)住宅価格の高騰、(2)子育てに適した周辺環境の確保が社会増減に影響を及ぼしている、という仮説を示したい。0-9歳層の年初人口に対する社会増減率を被説明変数、70㎡換算の新築分譲マンション価格、子育て環境に関する満足度スコア(偏差値)を説明変数とした重回帰分析<6>を行い、変数間の関係を確認した。その結果は、図表7の通りである。新築分譲マンションの価格が割安なエリアほど、そして子育て環境の満足度が相対的に高いエリアほど、0-9歳層の年初人口に対する社会増減率が高い傾向がある。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

6:2024年の0-9歳層の年初人口に対する社会増減率を対象とする。サンプル数は少ないものの、傾向をシンプルに捉える手段として選択した。後者の子育て環境に関する満足度スコア(偏差値)はデジタル庁・一般社団法人スマートシティ・インスティチュート「地域幸福度(Well-being)指標」のうち、30・40歳代の主観的な初等・中等教育、子育てに関する地域満足度を全国の市区町村で偏差値化したものである。初等・中等教育、子育てに関する地域満足度に関しては、初等・中等教育については「小中高校が整っている」、「通学しやすい学校」、子育てについては「子育て支援が手厚い」、「子どもがいきいきと暮らせる」の5件法によるアンケートの平均点数が反映される。具体的なアンケート内容はAppendix.2をご参照。

図表8では、社会増減が相対的に堅調な区の例として文京区と江戸川区を取りあげ、70㎡換算の新築分譲マンション価格、子育て環境に関する満足度スコア、子育て環境の観点からの特徴を纏めている。江戸川区は東京23区全体で見た場合でも割安感があり、子育て環境の満足度が高い。文京区は子育て環境の満足度が非常に高いことに加え、都心部内に限れば相対的に割安感がある。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

その他、前節で再評価の可能性を指摘した足立区、葛飾区について上記の分析結果から考察すると、東京23区内では新築分譲マンションの割安度合いが高いことで相対的に優位であることが特に評価されていると思われる。都心部のマンション価格上昇でこの傾向が強まっていそうだ。また、子育て満足度についても東京23区内では相対的に下位だが全国偏差値はそれぞれ50を大きく上回っており(足立区:59.6、葛飾区:56.8)、東京23区平均からの乖離は小さい(東京23区:62.2)。子育てファミリー世帯の社会移動を誘引していないとしても、大きく阻害してもいないと考えられる。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)

0-9歳層の人口動態に着目することで得られたインサイト

最後に0-9歳層の人口動態に着目した本稿の分析で得られたインサイトについて、住宅供給に関連付けて2点言及する。

一つ目は、都心6区およびその周辺の子育てファミリー世帯からの需要は相対的に強いと思われることだ。0-9歳人口のトレンドは出生数の多い都心部が堅調で、雇用重心を取り囲むように位置していた。親世代の職住近接ニーズ等に基づくものであるとすれば、このトレンドは構造的な要因を背景にしていると考えられ、今後の住宅供給にあたっても有効なヒントになりうる。

二つ目は、子育てファミリー世帯のエリアを跨いだ移動時には、不動産の割安さ、子育て環境の充実度等が重視される傾向があることだ。相対的な人気は固定化されておらず刻々と変化しており、住宅価格は勿論、行政の子育て施策や地域の再開発の動向等を住宅供給にあたっては具に把握すべきだ。今回の分析では過去10年程度を分析対象としたが、江戸川区、葛飾区、足立区等の再評価が見られていた。実際、都心部でマッチングした世帯がそれらのエリアの新築分譲マンションに移り住むのはよく見られる光景だろう。今後も子育てファミリー世帯の評価が様変わりする地域が再び現れるかもしれない。

0-9歳人口から見る 子育てファミリー世帯の居住地選択
(画像=三菱UFJ信託銀行)
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舩窪芳和 / 三好貴之
三菱UFJ信託銀行 不動産コンサルティング部