この記事は2025年3月17日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.270『子育て世帯における共働き中間層の増加』」を一部編集し、転載したものです。

この記事の概要
• フルタイムで働く共働き中間層がこの20年間で飛躍的に増加
• 当該層は一定の所得制約の下、余暇創出に貢献する財・サービスへの関心が高いものと思われる
• 通勤時間の削減が見込める“職住近接”は、中間層においてはコストと都心距離のバランスから、都心からの距離10-15km付近のコスト曲線の崖を意識した居住地選択が予見される
フルタイムで働く共働き世帯の増加
子育て世帯<1>の世帯数は、少子化に伴い減少傾向であるが、現在でも国内人口の4分の1以上を占め、経済活動における影響力は決して小さくない。また、近年のトレンドを見ると、共働きの中でもその働き方により世帯数の増減傾向に違いが生まれてきている。
夫婦でフルタイム労働とパートタイム労働を組み合わせる従来の共働き世帯は、世帯数の横ばい傾向が続いている。一方で、夫婦ともにフルタイムで働く共働き世帯は、横ばい傾向から一転、2016年以降、増加傾向に転じた。(図表1)
こうした子育て世帯における働き方の変化は、世帯の生活実態や所得の変化を通じて、経済活動にどのような影響を与えるだろうか。

フルタイム化と高所得化
図表2,3は首都圏及び東京都区部における子育て世帯の所得分布を働き方ごとに分別して推計したものである。実線は2005年の世帯分布を、面グラフは2024年の推計世帯分布を世帯所得10万円刻みで表している。主な推計結果は下記の通り。
第一に、首都圏全域においては子育て世帯の世帯数全体が減少する中で、相対的に所得水準の低い片働き世帯の減少がより顕著である。加えて、共働き(フルタイム+フルタイム)世帯が増加したことで、世帯の平均所得は90万円ほど上昇した。
第二に、東京都区部は、共働き世帯の世帯数増加と平均所得の上昇が同時に進行したことで、全体として、世帯の平均所得は160万円ほど上昇した。
首都圏及び都区部における共働き化及び所得上昇の傾向は、図表1で見た全国的な子育て世帯のフルタイム化の動きとも整合的である。子育て世帯はフルタイム化により労働供給度(労働に割く時間の割合、以下同じ)を高めることで、世帯所得を高めてきたといえる。
1:ここでは18歳未満の児童のいる世帯を指す。

フルタイムで働く中間層の増加
以上で推計した世帯分布について、労働供給度別、世帯の所得水準別に世帯増減数を算出した(図表4,5)。世帯の所得水準は中間層と下位層、上位層に3分した。「中間層」という言葉自体に明確な定義は無いが、本稿ではOECDの調査手法<2>を参考とし、所得中央値の75%~200%を中間層として算出した。このように分類して子育て世帯数の増減を把握することで、世帯数変動の特性を把握することが狙いである。
主な分析結果は下記の通り
第一に、首都圏全域、都区部に共通して、中間層におけるフルタイム共働き世帯が大きく増加した。これは、中間層において平均的な労働供給度が高まったことを意味する。
第二に、首都圏全域において、片働き中間層と共働き(フルタイム+パート)中間層がともに減少した。これは、首都圏全域においては中間層の所得水準を維持するためには、以前よりも労働供給度を高めざるを得ない状況に転じたことを示唆している。
第三に、都区部において、片働き所得下位層と共働き(フルタイム+フルタイム)所得上位層が共に増加した。所得上位層については、首都圏全域では減少した点を踏まえると、高賃金単価の労働者ないしは職が以前よりも都心部に集中したことを意味するのではないだろうか。
2:OECD(2019)「Under Pressure: The Squeezed Middle Class」

“フルタイム中間層”のニーズは“余暇”と“消費”のバランス
余暇の減少
分析結果、この20年間、フルタイムで働く所得中間層の世帯数は大きく増加した。世帯の労働供給度が高まれば、世帯のその他の活動に使用される時間は減少する。特に、夫婦の平日の余暇時間は子の有無、末子年齢、夫婦の働き方により大きく異なることが分かっている。共働き世帯は片働き世帯に比べ、夫婦平均の余暇時間は約30%少ない。子が未就学児の場合、さらに22%少なく、片働き世帯全体と比べて、余暇は半分程度となる(図表6)。
よって、分析結果に見たフルタイム中間層の増加は、中間層における世帯の平均余暇の減少を意味する。

“所得制約の下の余暇創出”
ここまでの分析から、昨今増加してきた子育て世帯層の輪郭が見えてきつつある。高い労働供給を前提に、比較的余暇消費が少ない中間層が存在感を増している。そして図表1のトレンドからはフルタイムの共働き層は今後も増加する可能性がある。
こうした層は職住近接による通勤時間の削減や家事代行サービス・宅食サービス等の利用による家事時間の削減など、「余暇創出」に貢献するような財やサービスへの需要は片働き世帯と比べて高いはずである。一方で、余暇創出に貢献するような財やサービスは、保育など一部公的支出により社会化されているものを除き、未だハイコストになりがちである。
特に首都圏の住まいは、東京都心部から距離が離れるほど、コストが下がる傾向にあるが、都心部から10km以内に近づくと急激にコストが上昇するという“ガケ”が存在することが分かっている。(図表7)“所得制約の下の余暇創出”という観点に立てば、こうした“ガケ”の周辺エリアにこそ“バランス感”を求めるフルタイム中間層の需要を喚起する機会が眠っているのではないだろうか。
