この記事は2026年5月1日に三菱UFJ信託銀行で公開された「不動産マーケットリサーチレポートvol.304『都心への通勤利便性と分譲マンションの価格形成』」を一部編集し、転載したものです。
目次
この記事の概要
• 中古分譲マンションの成約価格と“通勤利便性”の関係を統計的に分析
• 都心までの乗車時間30分圏内で価格上昇が大きい。また、乗車時間11分~30分のエリアにおいては、駅徒歩分数を重視する傾向がとりわけ強まっている
• 都心への通勤利便性の違いによって、価格上昇率は分極化している
都心への通勤利便性と中古分譲マンション成約価格の関係を分析
中古分譲マンション価格の形成において、通勤利便性が与える影響の重要性は高まっていると考えられる。拙稿『建築費上昇下の供給者と需要者の行動変化』<1>においても指摘したように、分譲マンションの主な購入層としてはパワーカップル、パワーファミリー等が挙げられ、こうした世帯の職住近接ニーズは高い傾向があると考えられる。
本稿では、都心への通勤利便性が中古分譲マンションの価格形成に与える影響のトレンドを捉えることを試みる。成約価格ベースの分析を行うべく<2>、国土交通省が不動産の取引当事者を対象としたアンケート調査の結果として公表する『不動産取引価格情報』の事例を用いた統計分析を行うこととする。
通勤利便性の定義と分析アプローチ
通勤利便性の捉え方は文脈によって様々であるが、本稿においては「物件からJR山手線主要駅までの時間距離」と定義する。この時間距離は「最寄駅からJR山手線主要駅までの乗車時間」(以下、「乗車時間」)<3>、「物件から最寄駅までの徒歩分数」(同「駅徒歩分数」)からなる。JR山手線主要駅は乗降客数上位5位までの新宿駅、池袋駅、東京駅、渋谷駅、品川駅と定義した<4>。データ分析は、乗車時間と駅徒歩分数の2つの観点に分けてアプローチする。分析対象は国土交通省の公表する『不動産取引価格情報』の成約事例のうち、2026年3月末時点で最新である2010年度上期から2025年度上期までの首都圏(東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県)の40㎡以上の中古分譲マンションの成約事例とした<5>。
1:舩窪芳和(2026)、「建築費上昇下の供給者と需要者の行動変化」、『季刊不動産研究』(日本不動産研究所)、第68巻第1号、pp4-11
2:本稿においては売り出し価格ではなく成約価格に注目する。直近、中古分譲マンション市場において両者の乖離が拡大しており、住宅取得者の取得ニーズを観察する目的においては成約価格が適切であると考えられるためである
3:その他の定義の方法として、駅から雇用重心への直線距離等も選択肢となる。それらの比較検証分析については今後の課題としたい
4:JR東日本『各駅の乗車人員2024年度』による
5:中古分譲マンションの取引自体がほとんど行われないエリアも存在する。分析の精度を確保するため、一定のサンプル数が得られた地域を対象とした。具体的には、分析期間において年平均100サンプル以上(データクリーニング後)が得られた55自治体を対象とした
通勤利便性の中古分譲マンション価格との関係に関する分析結果
以下では、分析結果について紹介する。2023年度~2024年度にかけて乗車時間、駅徒歩分数の両方で中古分譲マンションへの価格影響の仕方に変化が生じていたことが分かった<6>。このタイミングは新型コロナウイルス感染症の5類感染症への移行、出社回帰と重なる<7>。
6:住宅取得者の顕示選好を捉えるヘドニックアプローチを採用しており、そのアイデアに基づき時間距離→中古分譲マンション価格の因果関係を仮定している
7:東京都の調査によれば、過去5年間の各年6月の東京都におけるテレワーク実施率(従業員30人以上の都内企業)は、2021年63.6%、2022年54.6%、2023年44.0%、2024年47.5%、2025年43.5%であり、2023年以降に現在の水準に落ち着いている
(1)乗車時間に関する分析:乗車時間30分以内か否かで価格上昇率に差
首都圏市場全体におけるJR山手線主要駅までの乗車時間の違いによる価格影響を捉えるため、図表4では乗車時間1分あたりの平均的な金銭的評価(乗車時間が1分伸びた場合の変動率)、図表5では乗車時間別の中古分譲マンションの成約価格指数を試算した。まず、乗車時間1分あたりの平均的な金銭的評価は2023年度から2024年度頃にかけてトレンドの変化が生じている(図表4)。
元々1分あたり▲2%程度の同値は徐々に上昇し、直近では▲2%台半ばまで高まっている。さらに詳細に確認するべく2020年度上期を基準とした価格指数を観察すると、2023年度にトレンドの変化が生じていることが読み取れる(図表5)。乗車時間が30分以下の物件とそれを超える物件で価格上昇率に差が生じており、前者については価格上昇トレンドが直近においても継続する。とりわけ10分以内は高い上昇率となっている。一方、後者については上昇が緩やかで、41分以降の時間帯では既に指数が横ばいに転じていることが分かる。
(2)駅徒歩分数に関する分析:乗車時間11分~30分のエリアで駅徒歩分数を従前以上に重視
次に、駅徒歩分数の違いによる価格影響を詳細に分析するため、駅徒歩分数が価格に与えた影響を試算する。図表6は駅徒歩分数1分あたりの平均的な金銭的評価(駅徒歩分数が1分伸びた場合の変動率)、図表7は左記について5類感染症への移行直前で基準化を行った結果である。
図表6の通り、直近で特に金銭的評価が高いのは、実線で表した11分~20分、21分~30分、31分~40分、41分~50分の乗車時間となるエリアであり、駅徒歩1分あたり▲3%程度となっている。図表7では5類感染症への移行直前にて基準化し、直近において特に変化が大きいエリアを強調している。特に11分~20分のエリアについては、元々の値から1.7倍にまで急激に拡大していることが読み取れる。
アフターコロナで観測される価格変動の分極化
本稿の分析においては、乗車時間30分圏内での価格上昇の大きさが確認された。とりわけ10分以内は高い上昇率となっていた。また、都心部からやや離れた11分~20分、21分~30分のエリアにおいては、駅徒歩分数への重視度合いも高くなっていることが分かった。これら両方を併せた、通勤利便性としての時間距離(つまり、乗車時間と徒歩時間の合計)の観点から見ると、直近の価格トレンドはどのように評価できるだろうか。
図表8では時間距離別の中古分譲マンション価格指数を試算した。アフターコロナにおける価格上昇率を観察すると、価格変動が分極化していることが観察される。図表9では、JR中央線の駅を最寄り駅とする成約事例群を対象<8>としその時間距離毎の価格変動を観察しているが、実際に分極化が生じていることが確認された。
具体的には、時間距離20分圏内(同距離帯で取引が多い上位3駅:中野、東中野、荻窪)ではコロナの5類感染症への移行後に3~4割の価格上昇、21分~50分(三鷹、武蔵小金井、武蔵境)では1~2割の価格上昇の一方、51分以降(八王子、立川、国立)では小 幅な価格下落が生じている。
都心への通勤利便性はマンションの重要な価格形成要因であり、本稿でもその影響の大きさが確認された。時間距離についてのその他の定義方法の比較検討(例えば、雇用重心への直線距離等)、東京都心の雇用集積以外の要素のモデルへの取り込み等といった課題についても、今後研究を深めたい。
8:鉄道会社が発行する定期券情報、総務省「経済センサス」等に見る労働集積の情報を踏まえると、東京都心は首都圏における労働集積の中心であることが確認される。ただし、首都圏では神奈川県横浜市や埼玉県大宮市でも一定の労働集積が確認される。本研究全体の趣旨を踏まえ、JR中央線をここでは例として取り上げた。なお、東京都心以外への通勤利便性要因も加味した研究は今後の課題としたい




