円安で増えない輸出

日本経済は貿易面でも予想外の展開を見せた。2012年末にアベノミクスが始動し、第一の矢によって大胆な金融緩和へと舵が切られたことで、為替レートはそれまでの1ドル70円台から2015年8月には125円近くにまで下落した。過去の円安局面では円安が起こってから少し時間がたつと、日本の輸出は大きく増加するのが通例だった。しかし今回は、輸出数量はほとんど横ばいで推移している。

もしも円安にならなかったとすれば、生産拠点の海外移転が進み、もっと輸出数量は減少していただろうから、円安に輸出を押し上げる効果があったのは確実だ。しかし、これほど大幅な円安が起こったにもかかわらず輸出数量が横ばいにとどまっていることは、筆者も含めて多くのエコノミストにとって予想外だった。

日本の企業経営は、売上高を重視するものから利益額や利益率を重視するものに変わってきたと言われている(*1)。輸出企業の戦略は、円安を利用して現地価格を引き下げ、販売数量を増やすという行動から、現地の販売価格を据え置いて為替差益を享受するというものに大きく変わっている。

こうした企業経営の変化には、海外投資家の株式保有比率の上昇など様々な要因が働いているが、日本の人口構造の変化も一つの要因だと考えられる。


求められる働き方の変革

高度成長期を通じて、日本企業は農村から都市部へと流入する豊富な労働力を使って、大量生産をすることで成長した。しかし、生産年齢人口は1995年頃から減少に転じている。これまでは日本経済の低迷のために、働き手の減少という問題が顕在化しなかっただけだ。

これからも国内の生産年齢人口は減少し続けることを考えれば、企業の戦略も大きな転換を求められる。安くて豊富な労働力を使った薄利多売という戦略は難しくなっていくということが、先ほどの円安にも関わらず輸出が伸びなかったことの背景になっているだろう。

あらゆるところで細部にこだわるのは日本企業の特徴で、それが強みである。しかし、人手不足が深刻になれば今までと同じようなやり方では、こだわりを維持すること自体が難しくなる。どうしても譲れないこだわりを守るためには、あきらめる部分を決断することが必要になる。

2020年のオリンピック・パラリンピックを控えて、「おもてなし」が日本のサービス業のキーワードの一つになっている。

豊富な労働力があれば、一人一人の従業員が細やかな心配りをすることで優れたおもてなしができた。労働力不足の経済では、海外からの観光客の満足度を左右する部分に焦点を当てるなどの取捨選択を迫られることになる。もっと少ない人数でこれまで以上の成果をあげるために、個々の職場で働き方の抜本的な改革が必要になるだろう。

(*1)森川正之(2012)「日本企業の構造変化:経営戦略・内部組織・企業行動」RIETI Discussion Paper Series 12-J-017

櫨(はじ) 浩一
ニッセイ基礎研究所 経済研究部

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