EUへの影響

◆経済的な影響-景気にはマイナス、世界経済におけるプレゼンスは低下

英国外でBREXITの影響を最も強く受けるのはEUだ。

3-3で紹介したOECDの試算では、2020年までの短期では英国のGDPは3.3%押し下げられるのに対して、EUのGDPは0.9%押し下げられる。ポンド安、英国経済の下振れが、貿易を通じて影響を及ぼすと見る。

BREXITは、直接的にEUの世界におけるシェアの低下をもたらす。(図表2)で示したとおり、EUの世界に占めるシェアは名目ドル換算の名目GDPベースで2割強であり、2014年時点で米国とほぼ同程度だった。ここから英国が抜ければ、EUのシェアは2割を下回り米国との差は拡大する。IMFの16年4月の「世界経済見通し」のデータを元にすれば、2020年には中国が英国離脱後のEUを上回る。

英国は28のEU加盟国の中でも、特別な存在だ。G7、G20の一角を占める大国である。EU加盟国のうち、国連の常任理事国は英国とフランスの2カ国だけ。世界への影響力低下にもつながる。

◆政治的な影響-直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い

英国経済の減速による影響や、世界経済におけるプレゼンス低下などの経済面以上に、深化と拡大という第二次世界大戦後から続く欧州統合が初めて直面する有力国の離脱という政治的な意味が重い。今年2月のEU首脳会議で、英国政府の要求に大筋で沿う「新条件」で合意したのも、EUにとってBREXITの回避が望ましいという判断で一致したからだろう。

EU加盟各国では、反EUや反移民、反緊縮などEUが推進する政策に反対する政治勢力が広がっている。BREXITをきっかけに、離脱国が次々と現れる「ドミノ」が起きるリスクも懸念されている。

英国の世論調査会社「Ipsos MORI」が英国と英国以外のEU加盟国8カ国、域外の5カ国(米国、カナダ、インド、南アフリカ、豪州)で実施したBREXITに関わる世論調査(17)では、「英国がEUを離脱した場合、他にも離脱をする国が出てくる」との問いに同意した割合はEU加盟国では48%、域外の5カ国で42%であった。

EU加盟国では、BREXITの影響について、「EUに悪影響を及ぼす」と見る割合が51%に対して、「英国に悪影響を及ぼす」と見る割合は36%と低い。さらに、フランスとイタリアでは「英国の国民投票は離脱多数になる」との見方と、「自国もEUへの残留か離脱かを問う国民投票を行なうべき」という意見が多数を占めた。

国民投票の実施を支持する割合は、ドイツ、スウェーデン、ベルギー、スペイン、ポーランド、ハンガリーという他の調査国でも4割前後に達している。但し、「今、国民投票が実施された場合、離脱支持に票を投じる」と答えた割合は、最も高いイタリアでも48%、それに続くフランスが41%、スウェーデンが39%で、過半を超えた国はなかった(図表22)。

BREXITは各国における反EUの機運を勢いづかせるリスクはある。特に、ユーロ参加国の場合、政策面での自由度は英国のようなユーロ未導入のEU加盟国以上に狭い。EUが、高失業や難民危機、テロ対策などに有効な対策を打てない中で、別の選択肢を求める機運が高まることは自然な流れではある。

しかし、BREXITが直ちに離脱のドミノを引き起こすことは考え難い。EUの政策や単一市場から得ているベネフィットも大きいからだ。例えば、FREXITが取り沙汰されるフランスは、17年春に大統領選挙を予定しているが、長期にわたる景気の低迷、移民問題、テロの脅威などを背景に反EUを掲げるマリーヌ・ルペン氏が率いる国民戦線(FN)への支持が広がる。

しかし、EUの政策の根幹である共通農業政策(CAP)の最大の受益者でもあり、離脱という選択のコストは大きい。オランダのNEXITも、同国がEUのモノやヒトの結節点としての機能し、単一市場から得ているベネフィットの大きさを考えると現実的ではない。

ハンガリーやチェコ、ポーランドなど中東欧のユーロ未導入国の場合も、EUに不満を募らせたとしても、離脱という選択肢のコストの大きさを考えると、一気に離脱へと突き進むことは考え難い。

中東欧の銀行システムは西欧や北欧の銀行の子会社による寡占構造であり、銀行監督面での密接な連携は欠かせない。英国の離脱派が、EU加盟のコストとして奪還を望むEU財政への拠出金も、中東欧の国々はネットの受益者である。地理的に隣接する大国ロシアの脅威もある。英国とは事情が異なる。

いずれにせよ、英国が初の離脱国となって初めて現実の離脱のコストとベネフィットが明確になることが、加盟各国の将来の選択に関わってくるだろう。BREXITが、離脱ドミノを引き起こすのか、逆に安易なEU離脱の動きを抑止することになるのかは、英国がどれだけ巧みに離脱プロセスを乗り越えられるか次第という面がある。

◆新条件での英国のEU残留の影響-火種は残る

残留支持多数となった場合、不透明感が払拭されるため、経済面での影響は軽微にとどまり、市場の混乱なども回避されるだろう。離脱支持多数となるリスクを意識して進んだポンド安が反発、銀行や自動車などBREXITのマイナスの影響を受けやすい業界の株価も反発しそうだ。

しかし、英国内、EU内ともに火種は残る。英国内では離脱支持派のEUへの不満はくすぶり続けるだろう。新条件で残留する英国は、ユーロ圏の銀行同盟などEUの中核プロジェクトからは距離を置くため、EUで中心的な役割を果たすことができない。離脱派は、EUに国家主権が侵害されているという思いを抱き続けるだろう。

海外子女への児童給付の水準の調整や、EU移民に対する在職給付を制限する緊急ブレーキ制の発動基準など、EUに残留した場合の新条件の運営には不透明な部分があり、移民抑制に十分な効果を発揮できないかもしれない。

競争力向上のためのEU規制の見直しなどが、英国が満足できるスピードで進むか、EU法案へのレッドカード制導入で、英国の意に反する法規制の導入を阻止できるかは、他の加盟国の連携次第という面がある。離脱派が一層不満を強め、国民投票の再実施に向けた圧力を強める可能性がある。

EUにとっても、新条件で残留する英国の存在はEUレベルの政策のブレーキとなり、加盟国間の足並みの乱れを増幅するおそれがある。他の加盟国で、EU残留か離脱かを問う国民投票と引き換えに、EUから譲歩を引き出そうという動きが広がる可能性もある。ユーロ圏と非ユーロ圏の溝は一層深まるおそれがある。

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17)Ipsos Brexit poll, May 2016より。同調査は16年3月25日~4月8日の間に1万1030名を対象にオンライン調査で実施された。
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