世界経済、日本経済への影響

◆世界経済への影響

国際通貨基金(IMF)は4月の「世界経済見通し」で「既存の貿易関係を混乱させるなど地域レベル・世界レベルで深刻なダメージをもたらす」リスクを指摘した。ラガルド専務理事も会見の中で、他のEU加盟国との関係が一定期間にわたり不透明になるBREXITは「世界の経済成長の深刻な下振れリスクの1つ」と述べた。

国民投票が離脱支持多数となっても、EUとの協議期間の2年程度はEU加盟国であり続けるため、経済活動への影響は、本来はマイルドになるはずだ。英国の経済規模から考えれば、世界的な影響力は、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策の変更や中国の需要動向などに比べれば、限定であろうと思われる。

しかし、英国の経常収支の赤字は、米国に続く世界第2位、過去最高の水準に膨らんでいるため、離脱支持多数という結果が出れば、英国から急激に資本が流出、世界の金融市場の動揺を引き起こすリスクはある。

ここのところ、ドル高の修正や中国不安の緩和、原油価格反転で小康状態にある世界的なリスクオフ再燃のきっかけとなることが心配される。ユーロ圏にとっても悪材料という受け止めが広がり、ユーロ相場の不安定化やユーロ建て資産価格の下押し圧力が強まれば、世界的な影響はさらに広がる。

◆日本経済への影響

日本はBREXITがもたらす英国やEU経済の不透明化の影響を相対的には受けにくい。日本企業の貿易取引や企業の海外事業活動の中心はアジアにあり、欧州への輸出や欧州での事業の売上高、経常利益の規模は北米市場の半分程度である。

銀行の国際与信に占める割合ではアジアよりも欧米市場の方が大きいが、やはり欧州向けは北米向けの半分程度である(図表23)世界経済における欧州市場の大きさ(3ページ、図表2)と、日本企業の市場としてのEUの大きさにはかなりの開きがある。

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日本が、BREXITの影響を相対的に受けにくいという理由で、国民投票が離脱多数という結果に終わった場合には円高が進みやすいと考えられている。

おそらく、英国民投票を引き金とする急激なポンド安、円高などの動きには主要20カ国(G20)の合意事項でもある経済及び金融の安定に対して悪影響を与えうる「過度の変動や無秩序な動き」として協調行動が採られる可能性があるが、日本の企業収益、輸出に対する潜在的なリスクではある。

安倍首相は、5月の英国訪問の際、日英共同記者会見で、日本企業は「EUのゲートウェイであるからこそ、英国に進出している」と述べた。250社のグローバル企業に関する調査によれば(18)、日本企業のおよそ4分の3が、欧州地域本部をロンドンに設置している。

欧州でクロスボーダーなビジネスを展開する企業は、国民投票が離脱支持多数という結果に終わった場合、EUやEU域外とのFTAなどの交渉をフォローし、拠点展開を再考する必要に迫られる。

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(
18)Deloitte(2014)
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【参考文献】

・経済産業省「第45回海外事業活動基本調査結果概要-平成26(2014)年度実績-」2016年4月
・日本貿易振興会JETRO「中国 WTO・他協定加盟状況」(最終更新日:2016年03月28日)
・TheCityUK(2015), “KEY FACTS about the UK as an International Financial Centre", July 2015
・Deloitte(2014), “London Futures, London crowned business capital of Europe", April 2014
・Dhingra, S., and T. Sampson (2016), “Life after BREXIT: What are the UK's options outside the European Union?", Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE) , Feburary 2016.
・Dhingra, S., G. Ottaviano, T. Sampson and J. Van Reenen (2016a), “The consequences of Brexit for UK trade and living standards", Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE) , March 2016.
・Dhingra, S., G. Ottaviano, T. Sampson and J. Van Reenen (2016b), “The impact of Brexit on foreign investment in the UK", Centre for Economic Performance (CEP), London School of Economics and Political Science (LSE), April 2016
・HM Government(2016a), “The Process for withdrawing from the European Union",Presented to Parliament by the secretary of State for Foreign and Commonwealth Affairs by Command of Her Majesty, February 2016
・HM Government(2016b), “Alternatives to membership: possible models for the United Kingdom outside the European Union, March 2016
・HM Government(2016),"HM Treasury analysis: the long-term economic impact of EU membership and the alternatives", Presented to Parliament by the Chancellor of the Exchequer by Command of Her Majesty, April 2016
・IMF(2016b), “United Kingdom?2016 Article IV Consultation Concluding Statement of the Mission", May 13, 2016
・OECD(2015), “Indicators of Immigrant Integration 2015 Settling In", July 2015
・OECD(2016), “The Economic Consequences of BREXIT: a Taxing Decision" OECD ECONOMIC POLICY PAPER No. 16, April 2016
・Pwc(2016), “Leaving the EU: Implications for the UK economy", March 2016

伊藤さゆり(いとう さゆり)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 上席研究員

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