英国のEU離脱の是非を問う国民投票が6月23日に終了し、大接戦の末EUからの離脱を求める票が多数となった。

多くの産業と同様、主なIT企業は既に投票前からEU離脱がIT業界の投資に与える影響は大きいとしており、そのほとんどが悪いほうへの影響について懸念していた。例えばマイクロソフトは、英国内で5000人以上を雇用しているが、英国がEUを離脱した場合は、投資にリスクを伴うとハッキリ名言していた。

2018年に大幅改訂されるEUデータ保護指令

残留派がやや優勢とされていた投票前と比較すると、この結果は「経済に影響があったとしても、英国はEUからの離脱を選択したい」と考えている英国民が、若干ではあるが多かったという内容であり、かなり乱暴な見方をすれば「移民労働者はお断り」「EUの法律は英国では必要ない」という態度を明確にしたとも言える。

現在英国のIT産業には東欧諸国から来ている技術者も多く、英国のEU離脱の影響も少なからず発生すると考えられる。

労働力の問題はこれまでも取りざたされているが、英国がEUを離脱するということで問題となりそうなのが、各種の「EU独自のIT産業に対するルール」である。

とりわけEU加盟国で施行されていたEUデータ保護指令が、2018年に大幅に改定されて施行される予定となっているが、この扱いがかなり重要となってくる恐れがある。

現在のEUデータ保護指令は極めて厳格であり、例えばEU圏内に存在するデータセンタに格納されているような個人情報のEU域外への移動を基本的には認めていない。十分なデータ保護レベルを持たない国へのデータ移動が禁止されているということになる。

これは現在でもEU域外の国のIT産業としては大きな問題であり、例えば日本の個人情報保護法もEUデータ保護指令の規格には合致していない。日本にデータセンタを構築し、そのサービスをEU域内に展開しようとなるとNG……ということになる。

先述の通りこのEUデータ保護指令は2018年に大幅改正となるが、各国の法令に落とし込みやすく、若干の抜け道があるとも言える「指令」(Directive)ではなく、「規則」(Regulation)となる点も見逃してはならない点だろう。

スコットランド独立の気運が再び高まる可能性も

EUの法体系は複雑だが、「指令」は国内法への置き換えの場合は、それぞれの国の状況に応じたある程度の裁量権が与えられているのに対し、「規則」は国内法よりも優先して適用されるべし、となっている。

ちなみに「規則」より上位に存在するのが「条約」(Treaty)であり、それぞれ有害物質の使用制限規制で日本でもよく耳にする「RoHS指令」、化学物質の使用規制に関する「REACH規則」、EU創設の法的根拠でもある「マーストリヒト条約」などが存在する。

インターネット上の「忘れられる権利」が叫ばれて久しいが、EU域内ではこれを一歩進め「消去権」という文言を用いるようになった。もちろんこれに対して一番影響を受けるのはGoogleなどの検索エンジンであり、2014年5月に先行してEU司法裁判所で出された「忘れられる権利」に関する判決に対し、Googleはこの判例の適用範囲はEU域内にとどまるということを確認している。

そして今回出た英国民の結論は、「EUから離脱する」ということである。

つまり、少なくとも個人情報を扱うデータセンター、クラウドなどの分野に関していえば、逆に情報を保護する姿勢を強めていくという流れに逆行する可能性を残している……ということだ。

これは実際驚くべきことであり、もし仮にEUから離脱した後の英国が「これまでEUで用いてきた法令は必要ない、新たに法整備をやり直す」と判断した場合、それが可決されて整備されるという可能性はゼロではない。EUから離脱したいと考えていた動機のひとつに「EUではなく英国で作った法律で統治されるべき」というものが存在していたため、あながち可能性は無視できないと言えよう。

IT関連の法律に関しても、もともと英米法の影響下にあるイングランドと、文字通り大陸法の影響下にあるEUとでは差異が大きいため、この意味でも大きく変わる可能性もある。ただしスコットランドは大陸法系のため、英国内で違う法体系を運用し、それをEUという一種の鎹(かすがい)によってまとめてきた部分もあることから、スコットランド独立の気運が再び高まる可能性もある。

そしてIT産業においては、アメリカのシリコンバレーに相当する「シリコングレン」はスコットランドにあり、逆にFinTech企業はEU内に多い。しかしその技術を使う企業は、もちろんロンドン(シティ)に圧倒的な数がある。

さらに今回の投票で興味深いのは、スコットランドは「残留」に多く票を投じている点だろう。EUに留まる声が強ければ、昨年の投票で否決された「スコットランド独立」の運動が再び起こる可能性もある。そうなった場合、IT産業にとっても大きな岐路に立たされるはずである。

すぐに離脱できるという訳ではないが

今回英国がEU離脱に動き始めたわけだが、もちろん歴史を揺るがす大事業でもあることから、今日明日に離脱できるというものでもない。

離脱に関する交渉が不調に終わった場合でもEU法は離脱通告から2年で効力を失うが、正式な離脱まで数年かかることは必至であり、少なくとも2020年に予定されている英国の総選挙までは実際の動きはないと思われる。実際の離脱はそれからになるので、さらに時間はかかるだろう。

わずか数年でIT分野が様変わりしてしまうことは経験済みだが、最低でも数年が必要と思われる英国のEU離脱まで、英国にある、もしくは英国と関連性のあるIT企業がどのように動くのか、またどのように投資判断がなされるのか、未来が非常に読みにくい状態になったことだけは事実である。(信濃兼好、メガリスITアライアンス ITコンサルタント)

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