「最初の5分」で心をつかむスピーチの極意
外資系企業の日本法人のトップから2009年にカルビーのCEOに就任した松本晃氏は、さまざまな社内改革を行なってきた。トップが意識して改革を行なうとき、その意図を社内外に正しく伝える必要があるが、松本氏のメッセージはとにかくシンプルで鮮烈、印象に残る。その伝え方の極意についてうかがった。
「心に残らない話」は何が問題なのか?
ジョンソン・エンド・ジョンソンの経営トップを15年務めたのち、2009年にまったくの異業種だったカルビーの代表取締役会長・CEOに転身した松本晃氏。就任後は、新たな商品戦略を打ち出したり、女性登用や在宅勤務を推進したり、とさまざまな改革を進める一方、『フルグラ』を始めとした数々のヒットを飛ばし、七期連続増収増益を達成している。
そんな松本氏は、多くの社員を動かすために、どんな話し方を心がけているのだろうか。すると、次のような答えが返って来た。
「相手に合わせて話すこと。それに尽きますね」
社員だけでなく、さまざまな経営者や有識者と話す機会の多い松本氏だが、「しゃべり方は上手だけど、話の内容が残らない。そんな人が多い」と指摘する。
「なぜ心に残らないのか。話の中身がないということもありますが、一番の理由は、相手に合わせた話し方をしていないからです。相手がどんな人かを考えないで、難しい言葉や聞きなれない言葉を使って、自分の言いたいことを一方的に話してしまう。大学教授など知的な人に多いタイプですが、ビジネスマンにも少なくありません。難しく話さないと、格好がつかないとでも思っているのでしょうか。でもそれでは、相手に理解してもらえませんから、何の意味もない。ただの漫談になってしまいますよ」
使う言葉の数はできる限り減らすべき
自分の話を相手の記憶に焼き付け、行動の改善につなげてもらうためには、相手の理解度に合わせた話し方をすることが大切だと、松本氏は言う。
「マンツーマンで話すときには、相手が理解しているかどうか、確認しながら話す。大勢に向かって話すときも、相手に合わせます。たとえば、話を聞く相手が100人いるとしたら、各自の理解力は皆違いますから、その中でも上から75番目くらいの人を意識して話します。最も理解力が低い人に合わせて話し、全員に理解してもらうのを目指すのが理想ではありますが、それはなかなか難しい。75番目くらいの人に合わせようと思うと、ちょうどいい話ができると思っています」
具体的には、平易な言葉を使い、ボキャブラリーも減らすこと。たしかに、このインタビュー中も、カタカナ言葉や小難しい言い回しは、まったく出てこなかった。
「松下幸之助さんが、まさにこの話し方の典型ではないでしょうか。生前の発言を記録した書籍を読んでも、難しい言葉はまったく出てきません。仕事に関わる人たちやお客様にはさまざまな人がいる。その誰もがわかるように、と相手のことを考えて話していたのでしょう。また、アメリカのトランプ大統領はボキャブラリーが250くらいしかないなどと揶揄されていますが、政策や発言の是非はともかく、ボキャブラリーについては、誰にでも伝わるようにわざと減らしているのだと思います」
かっぱえびせんのコピーはなぜすごいのか
自分の言葉を相手の記憶に残すために、もう一つ意識していることは、「自分の主張を、できるだけシンプルでインパクトのあるメッセージに落とし込む」ことだ。
「たとえば、理想的だと思う例の一つが、セブン‐イレブンの『開いててよかった』。これぐらいシンプルで耳に残るメッセージはなかなかありません。カルビーにも、素晴らしい言葉があります。それは『やめられない、とまらない』。極めて単純な言葉ですが、かっぱえびせんだけでなく、カルビーのすべての製品の魅力をこのひと言で言い表わせます。考えた人はすごいと思いますね」
このような考え方から生まれたのが、カルビーの会長に就任した時に、社員に配布した「松本のモノの考え方10」だ。「人の評価はフェアに」「現状維持是即脱落」「正しいことを正しく」「ノーミーティング・ノーメモ」など、10のシンプルなメッセージが並んでいる。このようなメッセージはどのように考えているのか。
「いきなり良い言葉が浮かんでいるかというと、そうではありません。でも、ずっと考え続けていれば、金メダル級とはいかなくても、銅メダル級くらいのメッセージは出てくる。そうしたメッセージを実際に使ってみて、相手に響いているか、反応を見て、良いものだけを選び出しているのです」
また、人の話や書籍などでインパクトのある言葉を見つけて、使うこともあるという。
「たとえば、10の考え方にある『現状維持是即脱落』は、以前勤めていた伊藤忠商事の元社長がよく使っていた言葉です。また、本を読んでいて『この言葉は良いな』と思ったら、メモしておいて、スピーチで引用することもあります」
飽きるほど繰り返してようやく伝わる
相手の記憶に残すためには、「いろんなことを言わずに、同じことを何度も言うこと」も重要だと、松本氏は言う。
「そもそも、理解力が高い人でも、自分の話を一発で理解してくれるとは限りません。多くの人は、たとえ社長相手だとしても、話を真剣に聞かずに、適当に流して聞いているものです。聞いているかどうかわからない人に、自分の話を伝えるためには、同じことを何度も言うしかありません」
同じことを何度も言うことの大切さは、サラリーマン時代に仕えた経営者に学んだそうだ。
「私は新卒で伊藤忠商事に入社したのですが、当時の越後正一社長は、ことあるごとに『名を成すは常に窮苦の日にあり。事を敗るるは多く得意の時に因る』と言っていました。『成功しようと思ったら、しんどいときにちゃんとやっておかないとダメだ。良いときに浮かれて気を抜いてしまうから、失敗する』という意味なのですが、とにかく何度も何度も聞かされたので、四十年以上経った今でも覚えています。しかし次の社長は、いろんなことを言っていたので、あまり覚えていない(笑)。言うことは絞らないと伝わらないのです」
前述した「松本のモノの考え方10」に関しても、繰り返し述べられるようあえて10に止めた。
「もう何百回、耳にタコができるくらい言っていますが、それでもまだ覚えていない社員もいると思います。それぐらい、話は伝わらないものだと思いますね」
京都弁ではなく「関西弁」を使う理由
自分の話を相手に聞いてもらうためには、相手に「おっ」と思わせるような言い方をすることも重要だろう。その点、松本氏が大事にしているのは、「つかみ」。社員の前で話すときでも、講演をするときでも、最も時間をかけて考えるのは、最初の5分間だという。
「映画でもテレビ番組でもそうですが、最初の5分がつまらないものは、それから先を観る気になりません。本も最初の30ページがつまらなければ、読むのをやめる人が多いでしょう。同様に、スピーチも最初がつまらなければ、聞いてもらえなくても仕方ないと考えています」
「残業が多いのは上司が悪いから。部下の時間を奪っているのは上司だ」「女性活用において、カルビーは一世紀遅れている」など、強い言い方でメッセージを発することも。これも、相手の興味を引くための手段だ。
「人を動かすためには、多少、ショックを与えることも必要ですよね。本当に百年遅れているのかどうかはわかりませんが、その程度のホラは許されると思って話しています」
京都出身の松本氏の話し方には、時折、関西弁が混じる。これも相手の印象に残すために意図的にしていることだ。
「関西弁のほうがインパクトがあるので、意識して使っている場面もあります。キツいことを言うとき、意外と標準語よりやわらかく感じるのです。ただ、私は京都の生まれですが、京都弁ではなく、あえてスタンダードな関西弁に近い話し方に変えています。京都弁だとわかりにくくなるからです。このように、自分の出身地の言葉を意図的に活用するのも、一つの手だと思います」
いいと思う話し方をどんどん真似してみる
もちろん、基本的な話し方がまずければ、自分の言いたいことは伝わらない。わかりにくい話し方をしていないか、チェックすることも重要だ。
「私も、いまだに、自分の講演のテープ起こしを見て、『あ、またこんな話し方をしているな』と反省しています。自分の話を録音して聞き返しても良いと思いますが、一番良いのは、周囲の人に指摘してもらうことでしょう。すると、自分では気づかなかったクセに気づけます」
相手の心に響く話し方をする人の特徴を掴んで、マネすることも、効果的だ。
「講演会やプレゼンなど、人の話を聴く機会はあるでしょう。そこで上手だなと思った人たちのやり方を真似してみるのです。プレゼン資料なども、これはわかりやすいと思うものは、試してみる。すると、より自分に合った話し方や伝え方が見えてくるはずです
松本 晃(まつもと・あきら)カルビー〔株〕代表取締役会長兼CEO
1947年、京都府生まれ。72年、京都大学大学院農学研究科修士課程を修了後、伊藤忠商事〔株〕に入社。86年、センチュリーメディカル〔株〕へ取締役営業本部長として出向。93年、ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル〔株〕(現ジョンソン・エンド・ジョンソン〔株〕)に入社。99年、同社社長に就任。2009年、カルビー〔株〕代表取締役会長兼CEOに就任。(取材・構成:杉山直隆 写真撮影:まるやゆういち)(『
The 21 online
』2017年4月号より)
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