シンカー:企業貯蓄率の低下は、デレバレッジやリストラなど過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。2016年4-6月期から企業貯蓄率は再び低下トレンドに入り、2017年1-3月期には+2.6 %(GDP比)まで低下し、循環的な景気回復とデフレ完全脱却への動きが再開したことを示している。一方、名目GDPが長期金利を上回るリフレ環境へ転換し、財政収支を大きく改善させる力は継続し、2017年1-3月期には2.5%(GDP比)まで財政赤字が縮小している。資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要(企業貯蓄率と財政収支の和)が消滅してしまい、日銀の金融政策の効果の喪失とデフレ完全脱却への動きの停滞につながってしまっていた。企業活動の回復による企業貯蓄率の低下と財政政策の緩和などで、ネットの資金需要の復活によるデフレ完全脱却の動きの加速の局面までもう一歩のところまで来ていることが確認された。

SG証券・会田氏の分析
(写真=PIXTA)

企業貯蓄率(日銀資金循環統計による)の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。

企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。

しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

一方、企業貯蓄率の低下は、デレバレッジやリストラなど過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。

企業活動の動きが、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。

企業貯蓄率は2010年4-6月期の+9.4%(4四半期平均、GDP比率)から2014年10-12月期の+2.1%まで低下し、循環的な景気回復とデフレ完全脱却への動きの進展を示していた。

新興国経済のストック調整、グローバルな景気・マーケット・政治の不安定化、そして円高、更に2014年4月の消費税率引き上げによる内需の下押しもあり、企業貯蓄率は2016年1-3月期には+4.2%まで上昇し、企業活動の鈍化により循環的な景気回復の力が弱くなってしまったことを示していた。

2016年半ば以降、新興国におけるストック調整の進展、情報関連財の生産拡大などを背景に、製造業と貿易の改善が明らかになっている。

先進国や中国では財政政策による需要下支えの動きが見えるとともに、為替は円安に転じた。

株価が持ち直し、失業率が3%を下回った雇用環境の改善と合わせて、消費者心理が改善し、2014年4月の消費税率引き上げの下押しをようやく乗り越え、内需はしっかり回復してきた。

名目GDPの拡大というビジネスのパイの拡大が続く中、企業の雇用の不足感は強く、効率化と省力化を、設備・機器・システムへの投資で進めなければならなくなっている。

2016年4-6月期から企業貯蓄率は再び低下トレンドに入り、2017年1-3月期には+2.6%まで低下し、循環的な景気回復とデフレ完全脱却への動きが再開したことを示している。

日本企業の売上高経常利益率は、製造業と非製造業ともに、過去最高の水準まで改善してきたが、これまではリストラなどのコスト削減の貢献が大きかった。

今後は、新製品やサービスの投入など、トップラインの増加と生産性の向上によって利益率の上昇を維持できるのかが焦点となってくる。

株価が上昇に転じ、マーケットの期待ROEは上昇しつつあり、企業はデレバレッジという貯蓄から投資に転じ、実際のROEを期待ROEに近づける動きを示す必要に迫られ始めている。

日経新聞の調査では、2017年度の大企業の国内向け設備投資計画は前年比+13.7%と過去最高の伸び率になった。

企業の過剰貯蓄による総需要が破壊される力、即ちデフレの原因が払拭されるデフレ完全脱却のポイントである企業貯蓄率の0%に向けた動きが再び強くなると考える。

一方、名目GDPが長期金利を上回るリフレ環境へ転換し、財政収支を大きく改善させる力は継続している。

財政収支(資金循環統計ベース)は2012年4-6月期の9.2%の赤字からアベノミクスなどによる経済状況の好転を背景に改善を続け、2017年1-3月期には2.5%まで赤字幅が縮小している。

2014年度以降の消費税率と社会保障負担の引き上げ、歳出抑制などによる緊縮財政で、景気回復の動きを上回るような財政収支の改善がみられる。

2015年度の政府の負債の利払い費がGDP対比1.8%であったことを考慮すれば、2017年1-3月期の財政収支赤字の2.5%からこの1.8%を差し引けば、資金循環統計ベースでみれば、基礎的財政収支の黒字化まで既にあと一歩のところまで来ていることが確認された。

2020年度の基礎的財政収支の黒字化の政府目標の達成が十分射程に入るような財政収支の改善ペースであるが、その緊縮財政が企業と消費活動を含め、内需を抑制してしまっていた。

その目標は、財政再建と金融緩和の強化を政策の軸として合意した2010年開催のG20前後に作成され、事実上の国際公約としたものである。

しかし、2016年のG20やG7では、財政政策を緩和することで合意しており、財政再建が主眼であったこれまでの方針はすでに転換している。

2017年の秋の臨時国会で大規模な景気対策が決定され、財政赤字の急激な縮小トレンドはようやく止まり、景気を刺激し始めているようだ。

そして、2018年度の政府予算編成に向けた骨太の方針では、財政再建よりもデフレ完全脱却を重視する姿勢がより明らかになった。

2020年度のプライマリーバランスの黒字化の方針(財政再建の手段)は維持されたが、債務の名目GDP比率の安定的に引き下げること(財政再建の目標)も強調された。

財政再建の手段が目標より重視されるこれまでの異常な状況は修正された。

内需拡大を促進するため、財政は緊縮から緩和に転じており、今後の財政収支の改善ペースはかなり緩やかになってくるとみられ、日本のデフレ完全脱却への動きのサポートとなろう。

日本の内需低迷・デフレの長期化は、恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)に対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)であり、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失していたことが原因である。

アベノミクス前後で、消滅していたネットの資金需要が、企業貯蓄率の低下と、震災復興と景気対策による財政緩和により復活したのが、日本のデフレ完全脱却への動きにつながったとみられる。

日銀の量的金融緩和はこのネットの資金需要をマネタイズすることにより景気と物価を押し上げる効果を発揮する。(2000年代のようにネットの資金需要が消滅していれば、マネタイズするものがないため量的金融緩和の効果はほとんどなくなる。一方、財政政策などでネットの資金需要を作ることができれば、量的金融緩和の効果は強くなる。)

しかし、2014年以降の企業活動の一時的な停滞と財政緊縮により、ネットの資金需要は再び消滅し、日銀の金融政策の効果が喪失し、アベノミクスによるデフレ完全脱却の動きを止めてしまっていた。

ネットの資金需要は2015年1-3月期の-2.5%(GDP比)がピークで、2015年10-12月期から消滅してしまい、2016年10-12月期には+1.1%まで減少が続いた。

企業活動の回復による企業貯蓄率の低下と財政政策の緩和などで、2017年1-3月期には+0.1%まで改善し、ネットの資金需要の復活(マイナスの領域)によるデフレ完全脱却の動きの加速の局面までもう一歩のところまで来ていることが確認された。

デフレ完全脱却に向かう循環的な景気回復力は再生しつつあるようだ。

図)企業貯蓄率と財政収支

出所:日銀、内閣府、SG
出所:日銀、内閣府、SG

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
会田卓司

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