実際にお金が出ていっていても、「節税」という言葉には不思議な魔力があり、「節税になりますよ」と言われた途端に、財布のヒモが緩んでしまう人は多いようです。
「経費を使う」という目的があり、そのために支出をするなら問題ありません。しかし、「お金を残したい」「手残りを増やしたい」と考えるのであれば「経費の使いどころ」を間違えないことが重要です。確かに、税金をたくさん払うと損をした気分になりがちですが、「ムダな経費を使うより税金をきちんと払った方が、手残りは多くなる」ということを理解しておきましょう。
まさに賃貸経営は「欲」との戦いです。「税金を払いたくないという欲」との戦いに打ち克たなければいけないのです。本当に資産家になりたいのであれば、出家するしかないかもしれません(笑)。それほど、自己を律すること、己に打ち克つことが重要なのです。
(本記事は、渡邊浩滋氏の著書『大家さん税理士による 大家さんのための節税の教科書』ぱる出版(2017/6/16)の中から一部を抜粋・編集しています)
わかりにくい経費
個人の経営主体のことを税務の分野では「個人事業主」と呼びます。これは文字通り「個人の事業主」という意味です。「個人事業主」は、「営利を目的とする」性質と「生活し、消費する」性質を同時にもちます。
この「生活」にかかる部分というのは「必要経費」には該当しません。毎日の食事や被服費は営利に付随するものではないからです。この「営利」、つまり「不動産経営」にかかわる出費と「生活」にかかわる出費が混在するのが「わかりにくい経費」というものが生まれる原因となるわけです。
以下に「わかりにくい経費」となりそうなものを列挙してみましょう。
- パソコン代
- セミナー代
- 通信費
- 書籍代
- スーツ代
- 接待交際費
- 旅費交通費
- 福利厚生費
いかがでしょうか。これらの出費は事業を始めていない方でもすでに支払っているものがほとんどだと思います。一言に「交通費」といってもお勤めの会社への交通費は賃貸経営の「必要経費」とはなりませんし、所有する物件への交通費は賃貸経営の「必要経費」ということもできるかもしれません。この、「目的」や「内容」の説明がなければ「必要経費」とならないようなものが「わかりにくい経費」となるのですここからは「わかりにくい経費」についての「検証」に加え、それらを「必要経費」とするための「対策」について説明していきたいと思います。
わかりにくい経費事例1 自宅兼事務所の家賃
ここからは実際の出来事を例に見ていきましょう。
この事例の方は自宅兼事務所の家賃を経費として計上していました。しかし、この家賃について「必要経費」と認められない、という処分がされました。この方はその処分を不服として処分取消を求めて訴えを起こしましたが、請求は棄却され、自宅兼事務所の家賃は経費として認められませんでした。
以下がその事例の詳細です。
【事例概要】
札幌、仙台などに賃貸物件を複数所有する会社員Aさんは、家族とともに生活する自宅の賃料を「自宅兼事務所の賃料」とし、その一部を「必要経費」として計上していた。
【Aさんの主張】
自宅にはパソコンや不動産貸付業務に係る関係書類を保管しており、一部を不動産貸付業務に使用していた。
【調査】
Aさんはパソコンや電話を利用することが事業の一環であると主張したが、具体的に自宅のどこを事務所として使用しているかを説明することはできなかった。
【裁判所の判断(抜粋)】
自宅のどの部分を不動産貸付業に使用していたのかも明らかにできていないのであり、業務の遂行上直接必要であったことが明らかにされる部分があることを認めるに足る事実ないし証拠もない。必要経費に算入することはできない。・・・さて、この事例ではAさんは「自宅兼事務所の家賃」を経費にしようとしましたが、結局「どの部分が業務に必要」だったかを明示できなかったため「否認」されてしまいました。
たしかに、自宅は賃貸経営を行っていない場合でも必要ですから、賃貸経営に「必要」とはいえないかもしれません。ですが、極端な話ですが、自宅を持たず、公園で寝泊まりしながら賃貸経営ができるかというとそれは難しいでしょう。書類のやり取りもありますし、パソコンを使うには電源やネット環境も必要です。ですから自宅も賃貸経営に「少なからず必要」な部分もあるはずです。
「どの部分が」を明確にすれば「必要経費」に近づける
このAさんの例で判決の根拠になった「どの部分が業務に必要」だったか、というところをAさんが明確にできていたら、結果は変わっていたかもしれません。
具体的には、自宅の一角をパーテーションで区切ってその中を作業スペースとして、書類などもそのスペースに集めるなど、「事務所として明確」な空間を作れれば「どの部分が業務に必要」か明確にできるかもしれません。自宅にそんなスペースがあれば多少生活しづらくなるかもしれませんが、この「生活に不便」ということが、言い換えれば「業務に必要」であることを立証する手助けになります。
最終的には担当の調査官の判断もありますが、こうした事前の準備が「わかりにくい経費」をどれだけ「必要経費」に近づけられるかを決めるのです。
わかりにくい経費事例2 物件までの交通費
次の事例は「物件までの交通費」を「必要経費」としていた事例です。
【事例概要】
東京在住の会社員Aさんは札幌等にある物件の周辺環境の確認や破損のチェック等のため、本人や妻、弟その他親族への支出として多額の旅費交通費を計上していた。
【Aさんの主張】
賃貸物件の修繕必要性等を判断するため現地へ赴くことは必要であり必要経費に該当する。
【調査】
Aさんは旅費交通費に関する領収書等を保存しておらず、出張の場所、目的等について具体的に説明できなかった。また、親族の一部は旅費の受領を否定した。
【裁判所の判断(抜粋)】
建物の管理業務等は管理業者に委託されているのであり、あえて多額の旅費交通費をかけて、現地に赴く必要があったと解することはできない(出張回数が極めて多いことも不自然かつ不合理である)。また、領収書等を提出せず、個々の出張の必要性等についても具体的な主張をしていない。当該旅費交通費を必要経費に該当するということはできない。
「物件を見に行く理由」と「その証拠」を確保すること
今回の事例は本人や親族の交通費が争われた事例でした。Aさんは本人や親族が遠方の物件を直接見に行くのに要した旅費を「必要経費」である、と主張していましたが、この支出が「否認」されたのは本人のみならず親族への支出が含まれたからでしょうか。
税務調査を意識する
所得税という税金は、自分で計算し、自分で申告をする「申告納税方式」です。国側がその申告内容に疑わしい点があれば、「税務調査」という手続きでその申告内容を確認します。今回のAさんも、最初に「税務調査」を受け、その調査の結果に納得がいかなかったため、「税務訴訟」という手段に移っています。
「税務調査」は、税務署の職員が訪ねてきて、収入や経費の内容の確認をしていきます。「税務調査」の段階で、「必要経費」について有効な証拠を提示できないと、「否認」につながってしまいます。
架空の経費や生活費を「必要経費」にしよう、というのはそもそも誤りです。実際に賃貸経営に関連する出費をいかに「必要経費」にしていくかが重要なのです。もともと「わかりにくい」部分があるのですから、こちらが説明する努力をしなければ「わかってもらう」ことは難しいのです。
渡邊浩滋(わたなべ・こうじ)
税理士・司法書士渡邊浩滋総合事務所 代表。税理士試験合格後、実家の大家業を引き継ぎ、空室対策や経営改善に取り組む。大家兼業税理士として悩める大家さんのよき相談役となるべく、不動産・相続税務専門の税理士法人に勤務。