NISAだ、iDeCoだ、フィデューシャリー・デューティーだ……お上のかけ声も虚しく、銀行の金融商品販売の現場には重苦しい空気が漂っている。
どうして投資信託が売れないのか? 答えは明白だ。一言でいえば「マーケットが死んでしまっている」からだ。8月29日のマーケットはまさにそう言わざるを得ない様相だった。
8月29日の朝、いつもと違う「尋常ではない空気」
その日、朝6時に目覚まし時計のアラームに促されて起床し、テレビの電源をいれると、何かが違っていた。いつもなら当たり障りのないことを無難に伝えるニュースキャスターの表情は明らかに違っていた。ほどなくそれは北朝鮮のミサイル発射のためだと理解できた。
ニュースキャスターは緊張した表情で繰り返し危機を伝えている。かの国のミサイル発射にはもう慣れっこになってしまっていたが、この日のメディアの反応からは明らかに「尋常ではない空気」が感じられた。
反射的にタブレットでマーケットの動きを確認する。この時刻は東京市場は開いていない。ニューヨークのマーケットも既に閉まっている。しかし、為替相場では円が買われ始めていた。ドル円は109円をあっさりと突破し、円高が進行していた。
「祭りになりそうですね!」
これは久しぶりに相場が動くかもしれない。すぐさまチャットアプリで職場のメンバーと連絡をとる。「ミサイルで円高」「今回は相場動きそう」「久しぶりの買い場到来かも?」すぐさまメッセージが返ってくる。「円高来た!」「祭りになりそうですね!」通勤電車の中でもメンバーとのやりとりは止まらない。
いつもより早めに職場に到着した。まだ、マーケットが開いていないというのに、同僚の誰もがお客様に熱心に電話をしていた。今日は相場が大きく動く可能性があること。高くて買えない。これまでそう考えて二の足を踏んでいた投資家にとって今日の下げは「天与の買い場」になるかも知れない……一様にそんな内容の会話だ。
我々の仕事は金融商品を売ることだ。フィデューシャリー・デューティーだとか顧客志向とか、どんなにきれい事を言っても、お客様に利益を出してもらわなければ意味がない。どんなに能書きを垂れたところで、それがすべてだ。人の不幸や災いで儲けるなんてけしからん。そんな批判を受けることだってある。でも、それができなければ相場で利益を出すのは難しい面もある。そう、投資はボランティアじゃないんだ。そんな甘いものじゃない。誰かが安く投げ売った株を引き受けて少しでも高く誰かに売り抜けることが重要なのだ。
「あの?」部下の一人が私に声をかけてきた。「思ったほど下げないですね…」
そうこうしている間に為替は次第に落ち着きを取り戻していた。8時45分には東証に先がけて大阪の先物市場がオープンするが、思ったほど下げていない。そして9時には東証がオープンした。同僚がモニター画面を見ながら「パニックには程遠いです。ミサイル、不発って感じですね」ため息交じりにそう言った。
「どうせ日銀が買い支えるんだから、面白くないよ」
お客様の反応も芳しくはなかった。昨年のBrexitやトランプ大統領の当選では日経平均や為替相場が大きく動いた。お客様からは頻繁に電話がかかってきて、猫の手も借りたいくらいだった。あの時の熱狂と比べるとあまりにも違っていた。
すでにメンバーのほとんどは営業のため事務所を出払っていた。チャットアプリで連絡をとる。
「お客さんの反応は?」
「全然ダメですね」
「誰も食い付かないですね…」
「祭…ダメでしたね…商売になりませんね」
朝、我々が期待していた「祭」とは程遠い一日だった。防衛関連銘柄など一部の個別銘柄は大商いに沸いたものの、フタを開けてみれば、まるでつまらない相場だった。実際、この日の東証1部の売買代金は約1兆8160億円、前営業日は1兆7447億円だったことと比較すると、いかに投資家が無関心だったかがうかがえる。
そしてこの日、印象的だったのが、多くのお客様から同じ言葉を聞かされたことだ。「どうせ株が下がっても日銀が買い支えるんだから、面白くないよ」と。
投資は博打じゃない。しかし……
長らく、日経平均株価はこう着相場が続いている。下値では日銀や年金の買い支えが入り、下げない。かといって、上がればすぐに利益確定の売りが出て、頭を抑えられる。投資信託の手数料や信託報酬を払えば、そんな相場で利益をだすのは難しい。それがお客様の正直な気持ちなのだ。もちろん、そんな状況でも特徴のある運用を行い高い運用成果を上げている投資信託もある。しかし、こんな市場環境ではリスクを取って投資ししたいと思う人がどれだけいるだろうか。
投資は博打じゃない。でも、こんなにもつまらない相場では、誰も投資したいとは思わなくなってしまう。「誰がマーケットを殺したのか?」その責任は決して軽くはないはずだ。(或る銀行員)
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