ご当地モノや高級品も~進化する「キットカット」

外国人観光客に人気という東京の「MEGAドン・キホーテ」渋谷本店。ここには日本各地のお土産が揃っている。だから帰国前にここで買い込むというわけだ。

中でも人気を集めていたのがチョコレート菓子の「キットカット」。「わさび味」にハロウィンの期間限定「キャラメルプリン味」。「くまもと茶味」はご当地「キットカット」だ。この店だけで「キットカット」は16種類。世界中で売られている「キットカット」だが、こんなに種類があるのは日本だけ。だから外国人に喜ばれるのだ。

一方、「キットカットショコラトリー」銀座本店はキットカットの高級版を扱っている店。「キットカットショコラトリー モレゾン」は1本540円。クランベリーとアーモンドが贅沢にトッピングしてある。いつもすぐ売り切れになるのが「ガトーミニョン」(3個入り、1458円)。有名パティシエとコラボした一品で、しっとりとサクサクが楽しめる。

2階はカフェスペースになっている。呼び物が「氷点下ショコラトリー窒素がけ」(1296円)。マイナス196度の液体窒素で一気に冷やすと、通常とは違った食感が楽しめる。

「キットカット」は日本で独自の進化を遂げている。さまざまな「キットカット」を作っているのが茨城県稲敷市にある工場。試作品を作っている開発現場を見せてもらった。

まずはホワイトチョコレートに抹茶のペーストを加えていく。抹茶の量を厳密にはかり、抹茶を1グラム単位で調整した5種類を用意。そして型にアーモンドとクランベリーを入れてチョコレートを流し込む。サックサクのウエハースを置いて形を整え、冷やして固めれば出来上がり。抹茶だけでなく、トッピングの量も変えてみる。

レシピの完成までおよそ3ヶ月。毎日のように試食が続くそうだ。こうして完成した「毎日の贅沢 抹茶ダブルベリー&アーモンド」(648円)は今月発売されたばかり。抹茶の量は2グラムが採用された。

現在、日本で販売されている「キットカット」はおよそ30種類だが、これまでに売り出されたのは300種類以上。今や「キットカット」は、売り上げ日本一のチョコレート菓子なのだ。

食品メーカー世界一~食の巨大王国ネスレ

カンブリア宮殿,ネスレ日本
© テレビ東京

この「キットカット」を作っているのがネスレ日本。実はネスレ、スイスに本社を置くグローバル企業で、創業は1866年。アンリ・ネスレが栄養失調に苦しむ乳幼児を救うため乳製品を開発したのが始まりだ。その後、コーヒーやお菓子をはじめ食のラインナップを拡大。今では世界191の国と地域でビジネスを展開し、現地法人は100を越える。グループの時価総額26兆4000億円は食品メーカーで世界第一位。まさに食の巨大王国なのだ。

その日本法人は兵庫県神戸市にある。実はネスレ日本も100年以上の長い歴史を持つ。創業は大正初期の1913年。従業員はおよそ2500人。グローバル企業だから外国籍の社員も多く働いている。

そのオフィスの中を犬が歩いていた。「ペットのケアのビジネスをやっている部署なので、やはりペットを持って来て一緒に仕事できるというのが普通なんじゃないかな」と言うのは、社長兼CEO、高岡浩三(57歳)だ。

ネスレは「フリスキー」「モンプチ」といったペットフード事業も手がけている。さらに「ペリエ」などのミネラルウォーターや調味料「マギーブイヨン」も。ネスレ日本は現在、20以上もの食のブランドを扱っている。

その中にはもちろん「ネスカフェ」も。今年、日本で発売50周年を迎えた「ネスカフェ・ゴールドブレンド」は、CMをきっかけに火が付き、現在、日本で最も多く飲まれているコーヒーブランドだ。
兵庫県姫路市にあるネスレ日本姫路工場に20トンコンテナが到着した。中身は全部コーヒー豆。作業員が鎌を手にして袋に切れ目を入れる。するとコーヒー豆がまるで滝のように流れ出してそのまま貯蔵庫に運ばれていく。

「ネスカフェ・ゴールドブレンド」は時代とともに進化している。50年前はインスタントコーヒーとして発売されたが、最近のものは、「レギュラー・ソリュブルコーヒー」と書いてある。実は4年前、ネスレは従来のインスタントコーヒーをやめ、レギュラー・ソリュブルコーヒー一本でいくと、宣言したのだ。

そのレギュラー・ソリュブルコーヒーの見た目はインスタントと同じ。何が違うのかというと、細かく挽いたコーヒー豆の粉末をコーヒーの抽出液に加えて、豆を包み込むようにする。そこにお湯を注ぐと包まれていた豆の粉末が顔を出すから、インスタントに比べ、淹れたての味と香りが引き立つようになるのだ。食のプロやマスコミが他社のレギュラーコーヒーと飲み比べをしたところ、6割以上が「レギュラー・ソリュブルコーヒーの方がおいしい」と回答した。

このレギュラー・ソリュブルコーヒーを世界に先駆けて導入したのがネスレ日本なのだ。

グローバル企業ネスレのジャパンミラクルとは?

社長室にはある記念品が置かれている。「150周年の式典がスイスの本社で去年ありまして、今、世界で最もイノベーションを起こしているマーケットということで選ばれたのが日本だった」(高岡)ということで贈られたものだ。100カ国以上にある現地会社の中で、日本法人が最も高い評価を受けたのだ。それはジャパンミラクルと称えられた。

高岡はそれまでマイナスだったネスレ日本の売上げの伸び率を、社長就任後、一気にプラスに大転換させた。その要因を「もっとも大切なのは大きなイノベーションを起こすことで、顧客が気がついてない問題を発見しなければいけない」と語る。

高岡がいうイノベーションとは、顧客が気付いていない問題を発見し、解決すること。その象徴ともいえるのがコーヒーマシンの「バリスタ」だ。ネスレ日本がアイデアを出し、スイス本社と共同で開発した。レギュラー・ソリュブルコーヒーを使って、一杯ごとに淹れたての味と香りが楽しめる。

「一人、二人世帯が圧倒的に多いですから、コーヒーも昔と違って家族で一緒に飲むものではなくて、一人一人バラバラに飲む時代になった。1杯だけ作るっていうのは面倒になってきたんです」(高岡)

家庭でもコーヒーを手軽に楽しめないか。その顧客の問題を「バリスタ」が解決。「ネスカフェ」の家庭向けシェアナンバーワンは確固たるものになった。
さらに「バリスタ」で新たな需要も開拓した。それはネスレ日本の弱点だったオフィス需要だ。

東京・丸の内にあるウシオ電機のオフィスの一角に「ネスカフェ」の「バリスタ」があった。わずか30円で本格的なコーヒーが味わえる。コーヒーを補充しているのはウシオ電機総務部の三宮奈津子さん。アンバサダーとして、ネスレ日本から無償提供された「バリスタ」をオフィスに設置し、同僚たちが飲んだ分の代金を集める。そのお金でコーヒーの補充を行うという仕組みだ。

5年前にスタートしたこのアンバサダーには今や35万人が登録している。バリスタがオフィスにあることで、薄れがちだった社内コミュニケーションが活発になったという。ネスレ日本は、一杯のコーヒーから新たな価値を提供しているのだ。

日本人初の生え抜き社長~高岡浩三の覚悟と流儀

ネスレ日本で日本人初の生え抜き社長となった高岡は、1960年、大阪府堺市に生まれ、サラリーマンの家庭で育った。転機が訪れたのは11歳の誕生日だった。

「自分の誕生日に父親がガンで亡くなったのはやっぱり辛かったですね。葬儀が終わった夜に、母から、自分のおじいちゃんも父親と同じ厄年の42歳で亡くなったので、『お前も気をつけなさい』みたいなことを言われたのを、強烈に覚えています」(高岡)

自分に残された時間も少ないのではないか。高岡は若くても実力次第で大きな仕事ができる外資系企業を目指す。神戸大学を卒業後、ネスレ日本に入社。主にマーケティングや商品開発を担当した。

41歳の時、スイス本社から「キットカット」の責任者を託され、思わぬ難題を突きつけられた。

「私のミッションは、利益金額を、通常なら毎年5%伸ばせというのでも結構大変なんですけども、5年後には500%にしろということなんですよ。5倍に」(高岡)

当時、「キットカット」は日本では伸び悩んでいた。どうやって立て直すか、苦悩の日々が続く。そんなある日、九州の支店から電話が入った。「九州では1月と2月に『キットカット』が売れている。どうも受験生が買っているらしい」と言うのだ。

「『キットカット』が『きっと勝っとお』に聞こえる。それが子供さんの受験に縁起が良さそうだ、と」(高岡)

高岡は全国の予備校をまわり、売店にキットカットを置いてもらった。しかし、1年近く経っても全く反応は得られなかった。突破口は、意外にも自らの体験にあった。

「大学を受験する時に、神戸市内のホテルに初めて一人でホテルに泊まったんです。すごく孤独な不安な一夜を過ごしたなっていうのがあって」(高岡)

受験生の不安な気持ちを少しでも和らげることはできないだろうか。高岡は受験生が泊まるホテルを一軒一軒訪ねてまわり、「受験生に渡して頂けないか」とお願いをして歩いた。どのホテルもなかなか首を縦に振ってはくれなかった中で、「2軒のホテルだけ、とりあえず渋々だけど『やってみよう』と。そこですごい大きな反響がきたんです」。

朝、ホテルを出発する受験生に、フロント係が「キットカット」を手渡す。そして「頑張ってくださいね」と一言、応援のメッセージを添えてもらったのだ。

これが口コミで話題となり、「キットカット」は一大ブームに。受験生の不安を解決したいという高岡の思いが実を結んだ。そして利益を5年で5倍にするというミッションも4年目にクリアした。

考える力&眼力を養う~イノベーションアワード

カンブリア宮殿,ネスレ日本
© テレビ東京

ネスレ日本の「イノベーションアワード」は年に1度行われる社内コンペ。社員から新しいアイデアを募集し、それを実行させ、さらにその成果を見るというコンテストだ。

最初は80件しか応募がなかったが、今や4700件。社員の中に新しいものを発想するという機運が高まった。過去に大賞を受賞したのは、前述の高級志向の専門店「キットカットショコラトリー」。そしてオーブントースターで焼く「焼きキットカット」は、これまでにない食感で、チョコレートの売上げが落ちる夏場の需要を開拓した。

去年、大賞を受賞したのは飲料事業本部の國寶(こくほう)友幸。「オープンするまで全然わからなかった。手応えもなかった。オープンしてからすごく反響があって想定以上の結果が出ました」と言う。

阪急電鉄服部天神駅。人影もまばらな平日の夕方、ホームの一角に人が集まっていた。国寶がイノベーションアワードで大賞をとった「ネスカフェスタンド」だ。

まず解決したのがお客の利便性。コーヒーや宇治抹茶など9種類が一杯100円で手軽に飲める。電車の待ち時間をリラックスタイムにしたのだ。定期券型の回数券も作った。980円で大人は12杯。学生だと15杯飲めるから、一杯65円とかなりお得だ。

もともとその場所には売店があったが、コンビニに押されて売り上げが激減。電鉄会社も困っていたという。スタンドがその問題も解決した。売れ行き好調なため、当初の5駅から今では19駅にまで拡大した。

駅のホームを管理する事業者は「今まで通っていたお客様プラス、新しいお客様の幅を広げるといい形で、我々としてはこのプロジェクは非常にやってよかったなと。街の活性化の一部として我々の駅、お店を利用して頂けたらいいかなと考えております」(エキ・リテール・サービス阪急阪神・米田善擴さん)と言う。

「おかげさまで阪急さんとの取り組みによって全国の鉄道会社さんからも『どういった取り組みをしているの?』というお問い合わせを頂いております。なにかのご縁があれば、ぜひ全国的にも広げていきたい」(國寶)

一方、長野県北部にある小谷村。人口わずか3000人のこの村では、過疎と高齢化が進んでいる。ここでネスレ日本は高齢化社会を見据えた取り組みを始めていた。

コーヒーが大好きだという竹田清隆さん(83歳)のお宅には、タブレット端末とコーヒーマシンがセットされている。

竹田さんが「コーヒーお願い」と話しかけた。機器が「カップは置きましたか?」と答える。「置きました」と言うと、「コーヒーを淹れますね」と答え、コーヒーが自動的に入るという仕組だ。

これはスマホやタブレットと連動する次世代型コーヒーマシンの「バリスタi」。ソニーの音声認識技術を使い、声をかけると、自動でコーヒーを淹れてくれる。

機能はそれだけではない。「バリスタi」でコーヒーを淹れると、離れて暮らす家族やヘルパーにメールが届く。これで今日も元気だということが分かる。それに対して返信のメッセージをすると、それも音声となって竹田さんに届くのだ。

コーヒー1杯がシニアの生活を見守る。これが高齢化時代に向けたネスレの問題解決だ。

~村上龍の編集後記~

ネスレ、ネスレ日本、両社とも歴史的な企業だが、常に「先端的」だ。

印象的だったのは、「イノベーション」という言葉のとらえ方だ。ウォークマン、カップ麺など、画期的な製品・商品開発がイノベーションだと、どこかでずっと思いこんでいた。

商品・製品が、消費者の手に入るまで、すべての過程に、イノベーションは存在すると、高岡さんに教わった。

「創造的な思考を、ミもフタもなく長時間続けること」。まさに、真理だ。「アイデアが出ない」という言い訳が無効になる。

アイデアが出ないわけではない、充分に考えていない、だけなのだ。

<出演者略歴> 高岡浩三(たかおか・こうぞう)1960年、大阪府生まれ。1983年、ネスレ日本入社。2005年、ネスレコンフェクショナリー社長就任。2011年、ネスレ日本社長兼CEO就任。

放送はテレビ東京ビジネスオンデマンドで視聴できます。

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