新米の季節、美味い米にこだわった定食、回転寿司…
東京・上野で「ごはんが美味い」と評判の「サバープラス」。脂が乗っている「トロサバ」を贅沢に使ったサバ料理の専門店だ。「塩焼鯖定食」は990円で、ご飯のおかわりは無料。実はこの店はサバだけではなくご飯も主役。「サバープラス」という店名の「プラス」は「米」の字になっている。
おかわりしたくなるそのご飯には黄色いものが混じっている。「玄米の食感を楽しみながら白米の食感も楽しめる。玄米が際立つんです、プチプチした食感で」と、石井良明店長。人気の理由は玄米と白米をブレンドしているから。しかも5つ星マイスターが監修した黄金ブレンドだ。人気の米を作っているのは神明。この店の運営もしている。
さらに神明は、全国に112店舗を構える回転寿司チェーン「魚べい」も手がけている。「魚べい」のウリは寿司を運ぶ高速レーン。注文して2分以内に届くから、どれも握りたて。しかも基本一皿100円だ。この店も米にこだわっている。だから「魚」と「米」で、
「魚べい」なのだ。
その厨房では10分おきに米を炊いていた。米はやはり神明がこの店専用にブレンドした特製。元気寿司国内事業部の町田伸一郎さんは「時期とか季節とかで、このブレンドでどうですかということを、米のプロが厳選して選んでいます」と言う。
炊きあがった米はすぐに酢と合わせる。実はシャリは人肌くらいがちょうどいいという。お客に人肌のシャリを出せるよう10分間隔で炊いているのだ。
日本一「米の総合カンパニー」の全貌
米にこだわった店を手がける神明の本社は神戸にある。本業は米の卸。業界ナンバーワン企業だ。1902年創業で、従業員はグループ全体でおよそ2000人に及ぶ。
米卸とは、農家が収穫した米を農協などを通じて集め、精米したうえで小売や飲食店に卸す会社のことだ。
神明本社では朝からご飯のいい匂いが漂う。入荷したばかりの米を試食するのが営業本部の朝の儀式だとか。あらゆる米を食べては良し悪しを見分ける、米のプロ集団なのだ。
この日は今年の新米が入ってきていた。「『ゆめみずほ』と『はなえちぜん』、北陸の米は今年いいと思うな。粘りもあるし、甘味もあるし」と評するのは神明4代目社長、藤尾益雄(52歳)。「本当に米が好きで、米についてはどんなことを聞かれても答えられるくらいプロ集団として頑張っています」と言う。
神明の中枢、西宮浜工場。中には1日200トンを処理する巨大な精米機が。玄米のヌカを削り取り、白米にする。玄米は吸水性が悪く、ボソボソして食べにくいが、白米にするとしっとりふっくら炊き上がるようになる。
精米した米は続いて光学式の選別機を高速で流れていく。機械の中では特殊なカメラが米の一粒一粒をチェック。不良品はエアーで弾く。
最後は必ず実際に炊いて確かめる。社内の味覚試験に合格した精鋭達が米のサンプルチェック。味や香り、硬さなどを評価する。こうしていくつものチェックに合格した米だけが、商品となって全国の米屋やイオン、ダイエーなどのスーパー、飲食店に出荷されていくのだ。
米卸の会社がなぜ定食屋や回転寿司をやっているのかという問いに、藤尾は「米の消費量の減り方にすごい危機感を感じまして、『もっと米を食べてもらうには』と考えました」と答える。日本人の主食、米の消費量は、少子高齢化や食生活の多様化などで年々減少しているのだ。
「ただの精米卸では限界がある。お客の口元まで届けることに力を入れていこうと。時代の変化に対応するためのチャレンジです」
逆境を生き残るために藤尾がとった戦略。それは「米卸からの脱却」だった。「ライス・イノベーション」を掲げ、保守的な米業界にあって、革新的な取り組みを始めた。米にかかわるあらゆるビジネスに乗り出し、目指すは「米の総合カンパニー」だ。
米の消費拡大へ~炊飯器から「奇跡のパックご飯」まで
神明のライス・イノベーション。その一つが神明が開発した可愛らしい一食用の炊飯器「ポッディー」(4980円)だ。最近、女性誌にも取り上げられて人気に火が着いた。たった10分で炊けるのが受けている。
10分で炊ける秘密は「ポッディー」専用の米にある。早稲田大学と共同開発した「あかふじソフトスチーム米」だ。ご飯をおいしく炊くには、最初低温で加熱し、米のでんぷんを糖に変える必要がある。「ポッディー」の米は、あらかじめ蒸気で蒸してこの工程を済ませてあるのだ。
「ポッディー」開発には、藤尾の「米を炊くには手間がかかるという意見もかなり多かったんです。できるだけ手間がかからないようにすれば、米の消費はひろがるのではないか」という思いがあった。
藤尾のさらなる戦略は、国内有数の米どころ富山にあった。入善町の米農家、羽黒智さんは午前中の作業を終えると仲間と昼休みに。この日の昼食はパックご飯。これも神明の商品だ。羽黒さんの昼はもっぱらこれだとか。「おばあちゃんが炊いていた米とまったく一緒の味がする」と、米農家も認めるパックご飯を作り上げたのだ。
おいしさの秘密は、立山連峰の天然水を使い、米の産地、富山で作っていること。超軟水でご飯がふっくらと炊きあがる。もう一つの秘密は添加物を一切使っていないこと。だからパックごはん独特の匂いがしない。
藤尾はこのパックご飯で農林水産大臣から感謝状を贈られた。それは6年前の東日本大震災のとき。藤尾は被災地にこのパックご飯30万食を無償提供。他のパックご飯は匂いで敬遠されるケースもあったが、これは、「炊いた米のようにおいしい」と喜ばれた。まさに「奇跡のパックご飯」なのだ。
それをきっかけにスーパーなどの引き合いが増え、今や年間8000万食近くを売る人気商品となった。供給が追いつかない状態となり、藤尾は富山工場の増設に踏み切った。「100億の投資。社運をかけての投資になります」と言う。
こうした数々の取り組みで、米の消費量が減る逆境の中でも、神明は年々、売り上げを伸ばしている。
日本一の“コメ屋”が手がける「究極のおにぎり」店
7月中旬、神明に新たな動きが。社員が一生懸命握っているのはおにぎりだ。実は神明初の直営おにぎり店をオープンさせる計画なのだ。女性に人気の玄米100%のおにぎりを目玉の一つに据える。さらに「日本で一番高いだろうとされるお米」もおにぎりに。その米は神明直営の米屋で売られている究極の銘柄米「いのちの壱」。1キロ1800円する。
「我々みたいな米の最大手がおにぎり屋さんをやるということは、来るお客さんも、たぶんすごく期待してくると思いますので、絶対に素晴らしい店を作りたくて、力を入れています」(藤尾)
9月中旬、神明本社の向かいにある建物に、おにぎり店「穂」がオープンをした。米業界最大手のこだわりのおにぎり店とあって、メディアの関心も高い。「私自身も感動で目がうるむくらいのおにぎりが出来上がりました」と挨拶する藤尾。オープンと同時に行列ができた。
自慢の米は朝一番で精米したもの。それを昔ながらのおひつに取る。具材には定番のサケや、南高梅にみょうがと大葉を合わせたものなど、10種類を用意した。
お客はまず米の種類を選び、次に具材を10種類の中から選ぶ。さらに塩まで選ぶことができる。1キロ1800円の米を使った「究極の米 塩にぎり」は一つ270円になる。
お客はお米のおいしさを再発見した様子。これこそ藤尾の狙いだ。
「お客の顔がみんな笑顔。それはすごくうれしかったです」
実はおにぎり店の出店は、藤尾家30年来の悲願だった。
「私の中に祖父の思いがずっとあったのです。祖父が言ったのは、『おにぎりで米の消費を拡大する』。30年かけて実現できたなと感じております」
日本最大の米卸、壮絶なる革新ヒストリー
米ビジネスの開拓者、神明。次々と変革を打ち出すそのルーツは、藤尾の祖父で2代目社長の豊にあるという。
「今ではイノベーションは当たり前ですが、祖父の時代は変わり者とか、偏屈とか、頑固親父とか言われながら、ものすごいイノベーションをした」
戦後、国の保護下にあった米業界の中で、祖父の豊は、次々と革新を生み出していく。
例えば1972年に発売した「あかふじ米」。業界に先駆けて数種類の米をブレンド。一年中、安定した味を実現したヒット商品だ。当時は珍しかった米のテレビCMも打ち、関西では誰もが知るブランドになった。
さらに米を売る場所にも変革をもたらす。食管法のもとでは、米を販売できるのは米屋に限られていたが、スーパーでの販売に踏み込んだ。ダイエーを「米屋の分店にする」という奇策で、1971年、販売を開始した。
「ダイエーと取引を始めたことで、米屋さんを裏切ったと捉えられました。本当に時代の先を読まないとできないことだったと思います」(藤尾)
藤尾は1989年、神明に入社。祖父の元で米ビジネスを学んだ。やがて父の跡を継ぎ、2007年、4代目社長に就任した。しかしその2年後、医師から「5年生存率が30%くらいだと思ってくれ」と告げられる。難病の「急性骨髄性白血病」に侵されたのだ。半年間の闘病生活。抗がん剤治療を繰り返し、一命をとりとめた藤尾は、こんな考えを抱くようになった。
「まだ死ぬなと言われてると思った。お前にはまだやらなあかんことあるやないかと。どんな仕事をしたらいいのか、どういう仕事の仕方をしたらいいのか、考えさせられました」
バナナに野菜、魚まで~日本の農業を支える
死の淵から生還した藤尾が、「まだやらなければならないことがある」と踏み出したのが、米農家の支援だった。
神明の仕入れ担当、溝端晃平が訪ねたのは、埼玉県吉川市の米農家、吉川糧農の岡野誠さん。神明は3年前から、農家に新しい品種の米を作るよう薦めている。それは岡野さんの田んぼに実る「ゆうだい21」という品種。病気に強く、冷めてもおいしい。しかも神明がすべて買い取り、売り先も決まっているという。
「今までは小売店や直販以外は、誰がどう使っているのかが分からなかった。どこで使うお米を作ってください、となると、そこで使ってみんなが食べてもらえるんだとイメージできるので、すごくやりがいがあります」(岡野さん)
「ゆうだい21」の行き先はローソンだった。いま一部のローソンでは、店内のキッチンでご飯やおかずを作って、弁当やおにぎりを提供している。それが「まちかど厨房」。今後増やす予定だという。野菜たっぷりの「彩り野菜のビーフカレー」(598円)に、ボリューム満点の「直火で炙った焼豚丼」(530円)。冷めてもご飯がおいしいから、コンビニ弁当にうってつけなのだ。
藤尾はとうとう米屋の枠も超えた。岡山にある神明ファームの実験農場。そこで作っていたのは珍しい国産バナナだった。
「このあたりもほとんどが水田でしたが、徐々に耕作放棄地が増えてきているので、耕作放棄地を上手に利用させてもらいながらやっていく」(藤尾)
日本の耕作放棄地は年々増え、いま全国に42万ヘクタール。富山県の面積に匹敵する。藤尾は、温暖な気候の岡山なら付加価値の高いバナナが作れると考えたのだ。昨年、百貨店などで1本500円で売り出したところ、人気だったという。
耕作放棄地を神明に貸した農家も、この取り組みに希望を感じている様子だ。
「こういう形で一つの道を作ってくれるのはうれしいし、おもしろいし、夢があると思います」(米農家の小林弘幸さん)
バナナだけではない。神明の次なる事業は野菜の競りだ。全国から野菜を仕入れて市場で競りにかけ、小売店などに売る青果卸の会社「東果大阪」を、今年3月に買収したのだ。
「野菜をしっかり支えることによって農家を守っていくことにつながるし、米と生鮮三品で日本の農業を支えていこうということです」(藤尾)
異業種に買収された「東果大阪」の𠮷川勝常務は、「本当にはっきり言ってびっくりしました。どうなるのかという部分もあったが、米以外の業界もやっているので、そこにも入り込んで売り先を拡大できるかなと考えています」と語る。
さらに神明は、水産加工会社や食材の宅配会社などにも出資攻勢をかけている。そんな藤尾はある壮大な構想を描いている。それが「田んぼリゾート」だ。
「最初はリゾート感覚で農作業をしながら、自分たちの作ったお米とか野菜とかを食事で楽しむ。それよって農業の世界に入っていくきっかけになるかもしれないので」
~村上龍の編集後記~
米とパンの消費はトレードオフの関係にある。パンの需要が増えれば、米は減る。それを明確に指摘したゲストは、藤尾さんがはじめてだった。
「神明」は米卸のトップだが、ずっとアウトサイダーで、挑戦者だった。だからパンを、競合食品として意識することができた。
パンの豊富なバリエーションは、職人、メーカーの、努力の結果だ。パンとご飯、1つを選べと強要されたら、たぶん日本人の多くは、ご飯に傾く。そう思いたい。
「もし世の中からご飯が消えてしまったら」日本人全員にとって必須の問いではないだろうか。
<出演者略歴> 藤尾益雄(ふじお・みつお)1965年、兵庫県生まれ。1989年、芦屋大学卒業後、神明入社。2007年、代表取締役社長就任。
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