定年後の措置として「特例退職者被保険者制度」や「高額療養費制度」など、知っておくと得をする制度などがあります。これらの情報を事前に把握しておくことで、定年後の資金の運用方法に差が出てくることもありますよ。
(本記事は、長尾義弘氏、中島典子氏の著書『金持ち定年、貧乏定年』(実務教育出版、2017年11月1日)の中から一部を抜粋・編集しています)
特例退職者被保険者制度とは
退職時に特定健康保険組合の被保険者であった人は、特例退職者被保険者制度を選ぶことも可能です。
これは厚生労働省に認可を受けた特定健康保険組合が、市区町村にかわって退職者医療を行うシステムです。
とはいえ特定健康保険組合は数が少なく加入条件も厳しいため、実際に利用できる人はかなり限定されているものです。
被保険者だった期間が定められた年数以上あること、老齢厚生年金などの受給権があることが要件となります。
医療費の自己負担は原則3割でほかの健康保険と同じですが、一定額を超えた分は払い戻しがあったり、家族療養付加金などの給付が受けられます。
保険料も任意継続被保険者と比べると通常割安です。ただし、通常は年々上がっていくので注意してください。
また、一度加入すると75歳になるまで脱退はできません。途中で国民健康保険のほうがお得かなと思っても、変更はきかないのです。
国民健康保険と特例退職者被保険者制度、どちらを選ぶかはよく考えて決めましょう。
家族の被扶養者になる
どの健康保険を選ぶにせよ、保険料の負担は発生します。ところが、保険料が一切かからない方法もあります。
配偶者や子どもの扶養になるのです。3親等内の親族であれば扶養に入ることができ、扶養家族が増えても保険料は同じです。
家族への負担もなくオイシイ方法に見えますが、被扶養者になるためには収入面での条件をクリアしなければなりません。
同居の場合は、年収が130万円未満(60歳以上または一定の障害者の場合は180万円未満)で、原則被保険者の収入2分の1未満。
別居の場合は、年収が130万円未満(60歳以上または一定の障害者の場合、180万円未満)で、被保険者からの援助額より少ないこと。
被扶養者になることを希望するなら、退職した翌日から5日以内に被保険者の勤務先へ申し出ます。手続き自体は勤務先が行ってくれます。
ちょっと条件が厳しいかもしれませんが、該当する人は検討してみてはいかがでしょう。
傷病手当金の継続
病気やケガで連続して3日以上会社を休み、十分な賃金が得られない場合には、休職4日目から健康保険の傷病手当金が出ます。
過去12カ月間の標準報酬月額の平均額÷30日×3分の2相当の金額となっていますから、家計にとっては助かるしくみです。
では、もしも病気療養中に退職を迎えるとなったら、傷病手当金はどうなるのでしょうか。
健康保険が切り替わるので、傷病手当金も打ち切られてしまうと不安に思うかもしれません。
ですが、ご安心ください。退職時に傷病手当金を受けていた人は、引き続き給付を受けることができます。
傷病手当金を継続するためには、退職する日までに継続して1年以上、健康保険に加入していたことが条件になります。
継続して1年となっていますが、必ずしも同一の会社でなくても大丈夫です。
たとえば、いまの会社は10ヵ月しか加入期間がないとしても、前の会社で半年の加入期間があれば合計して1年以上と見なされます。
ただし、転職した際に少しでも空白期間があると、1年未満となってしまうので注意してください。
また、健康保険の資格を喪失する日までに傷病手当金を受けているか、または受け取る状態にあることも条件です。
すでに傷病手当金をもらっている人は問題ありませんが、気をつけたいのは退職間際に休んだとき。
退職日が休職4日目に当たれば支給の対象になりますが、3日目だと対象にはなりません。
最初の3日は待機期間です。退職する日までに待機を終え、給付の条件を満たした状況になっている必要があります。
こうした条件をクリアすれば、支給開始日から最大で1年6ヵ月は傷病手当金が受けられます。
ちなみに、老齢厚生年金などの公的年金を受給する年齢になると、傷病手当金は支給されません。とはいえ、年金額の360分の1が傷病手当金の日額を下回る場合は、差額分が傷病手当金として支払われます。
高額療養費制度は心強い味方
年齢が上がるにつれ、病院のお世話になる機会が増えてくるはずです。そうなると心配になるのが医療費。
手術や入院をしたら、あるいは治療が長引いたら、家計への負担も大きくなります。
近ごろは定年を迎える年齢でも入れる民間の医療保険などもありますが、じつは公的な健康保険にも手厚い保障が用意されています。
窓口で支払う医療費の自己負担は基本的に3割です。それでも、場合によってはかなり高額になってしまいます。こういうときには「高額療養費制度」を活用しましょう。
高額療養費制度は、定められた自己負担の上限を超えて支払った医療費が払い戻されるしくみです。
自己負担の上限額は、収入によって計算が変わります。
たとえば、標準報酬月額が28万円以上58万円未満の人が、1ヵ月に100万円の医療費を払ったとしましょう。しかし、高額療養費を利用すると、実質な負担は9万円程度ですむのです。家計にとっては大きな助けとなります。
また、高額療養費は家族の分を合算できます。同一世帯で1ヵ月に2万1000円以上
(70歳以上は自己負担額))の医療費を払った人が複数いれば、それを合計して上限額を超えた分が返ってきます。
さらに、1年間に高額療養費の支給が何度もある場合は、4回目から上限が引き下げられます。
つまり、同じ金額を支払ったとしても、払い戻される分が多くなるわけです(多数該当)。とはいえ、高額療養費は通常申請しないと受けられません。
国民健康保険は市区町村役場に、その他は各自が所属する健康保険の組合や支部へ申請書を提出します。
2年で時効になるので注意してください。対象となるのは保険診療のみで、差額ベッド代や先進医療などは含まれません。
高額療養費は1ヵ月にかかった医療費を元に計算します。ただし、これは暦の上での1ヵ月を差し、その月の1日~末日までになります。
ですから、月末から翌月始めにかけて治療を受けたときには、それぞれが上限を超えずに負担が重くなるケースも出てきます。
もし、入院日などを選べるのであれば、ひと月にまとめられる日程にしてもらいましょう。
ところで、高額療養費は申請から数ヵ月後に払い戻されるため、一時的に大きな負担を強いられることになります。あとで戻ってくるとはいえ、多額の出費はきついときもあるでしょう。
しかし、「限度額適用認定証」を使えば、こうした心配もなくなります。あらかじめ病院の窓口に限度額適用認定証を提出しておくと、窓口での支払いが上限を超えることはありません。
高額療養費制度は退職者だけでなく、もちろん現役世代も使えます。医療費が嵩んだ際には賢く利用したい制度です。
なお、平成29年8月1日から70歳以上の窓口負担の上限額が引き上げられました。
年収が370万円以上は5万7600円に、156万~370万円の人は1万4000円になり、2018年再び引き上げが予定されています。
年金のしくみ
これから先、生活の支えとなる年金。受給が始まる前に、公的年金のしくみを把握しておきましょう。
20歳以上60歳未満の人はすべて国民年金の加入者です。40年という長きにわたって年金保険料を納めた末に、満額の年金が支給されます。この間にひと月でも未納の月があると、満額にはなりません。
国民年金から受け取る年金を老齢基礎年金といいます。そして、一般企業に就職した場合は、勤めると同時に厚生年金にも加入します。
こちらは国民年金とは違い、加入期間は人によって異なります。就職や退職の時期はそれぞれ差があるでしょうし、2~3ヵ月の間を置いて転職したという人はその間は厚生年金からはずれます。
厚生年金からは加入していた期間の報酬と加入期間に基づいた老齢厚生年金が出ます。
会社員の年金が「2階建て」だといわれるのは、1階の国民年金に2階の厚生年金がプラスされるからです。短期間であっても会社勤めの経験があれば、その分は上乗せされます。
ずっと会社員を続けてきた人は給料から保険料が天引きされますから、滞納や未納の心配はないでしょう。
現在、国民年金は65歳からの支給が原則となっていますが、老齢厚生年金のほうは生まれた年や性別によって支給の開始が異なります。
老齢厚生年金については65歳より前に出る可能性もありますので、調べてみましょう。
退職したら、「国民年金被保険者種別変更届」を提出しましょう。この先、60歳までは自分で保険料を払うのです。
保険料は16490円(平成29年度)で、支払った保険料は所得控除になります。
変更の手続きは、住所地の市区町村役場の国民年金担当窓口で行います。 退職した日から14日以内が期限です。
この種別変更はたいへんに重要だといえます。これを忘れると、65歳からの老齢基礎年金の金額や受給に影響が出てしまうのです。
60歳以上での退職や、間を置かずに再就職する場合は、種別変更の手続きは必要ありません。一方、自分だけでなく、妻の国民年金にも気をつけてください。
会社員であった間は第3号被保険者でしたが、退職して会社の厚生年金に加入しない場合は、やはり第1号被保険者となります。
とくに、妻が年下である人は注意が必要です。自分が60歳以上で手続きが不要だとなると、つい妻の手続きを忘れがちになります。
けれど、妻はまだ国民年金の被保険者です。60歳までは国民年金に自分で加入しなければなりません。
種別変更の手続きを行わないとどうなるかといえば、その期間は保険料が未納の扱いになってしまいます。年金に入っていたつもりが、じつは……というケースはけっこう多いものです。
未納のあるなしは将来の年金額に確実に影響が出ますので、しっかり手続きを行いましょう。
手続きは市区町村、または最寄りの年金事務所でできます。手続きの際には、本人確認書類、会社からの資格喪失証明書、年金手帳、印鑑などを用意してください。
妻の国民年金には気をつけて
自分の定年にまつわる諸々に気を取られ、うっかり忘れがちになるのが配偶者の年金手続きです。とくに、配偶者が専業主婦(専業主夫)であった場合は要注意。ここでは妻を例として話を進めていきましょう。
国民年金の被保険者は、第1号被保険者、第2号被保険者、第3号被保険者の3種類に分けられます。
会社員や公務員は第2号被保険者に当たります。厚生年金、または共済組合に加入している人を指すわけです。
この第2号被保険者に扶養されている妻は、第3号被保険者にカテゴライズされます。
そして、第3号被保険者は自分で年金保険料を納めなくても、受給の資格を得られることになっています。
在職老齢年金との兼ね合い
65歳になれば、待ちに待った年金がスタートします。いままで報酬比例部分だけだった人も、ここからは満額の支給になるわけです。
しかし、65歳以降も厚生年金に加入して働くときには、まだ在職老齢年金が関わってきます。
65歳以上70歳未満で厚生年金の被保険者である場合は、老齢厚生年金の一部、あるいは全額が停止になる可能性があります。
その条件は次のようになっています。
ひと月当たりに換算して、年金と給料の合計が46万円以下であれば、年金は全額支給されます。
一方、合計が46万円を超えていたら、「給料+年金46万円」の2分の1が支給停止になります。
さらに、70歳以降も厚生年金適用事務所で勤務していたらどうなるでしょう。
任意加入をしない限り、70歳以上は厚生年金の被保険者とはならないので、保険料はかかりません。
とはいえ、在職中は65歳以上と同様の計算で、年金の支給停止が行われます。
厚生年金に加入する働き方で勤務し続ける場合、給料の金額によっては何歳になっても、もらえる年金が減ってしまうケースがあります。
とくに、役員などで高額な役員報酬を得ていると、ずっと年金をもらえないということもあり得るのです。
ただし、在職老齢年金の対象になるのは、あくまでも老齢厚生年金。2階建ての2階部分です。
したがって、国民年金から支給される老齢基礎年金が減らされることはありません。 働き方に関わらず、65歳からは満額で受給できます。
老齢厚生年金が減らされるということは、それだけ高い報酬を得られている証拠だともいえます。けれど、ちょっぴり残念な気がするのも事実です。
いくつまで、どういう働き方をするかは、在職老齢年金との兼ね合いも見て考えていきましょう。
プロフィール
長尾 義弘 (ながお・よしひろ)
NEO企画代表。ファイナンシャル・プランナー、AFP。徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ~い保険の話』(宝島社)、『お金に困らなくなる黄金の法則』『保険はこの5つから選びなさい』(河出書房新社)、『保険ぎらいは本当は正しい』(SBクリエイティブ)。監修には別冊宝島の年度版シリーズ『よい保険・悪い保険』など多数。
http://neo.my.coocan.jp/nagao/
中島 典子 (なかじま・のりこ)
広尾麻布相続センター、中島典子税理士事務所代表。税理士、社会保険労務士、CFP。起業家の創業から税務会計・資産形成・相続事業承継までのトータルサポート業務、FP関連書等の執筆、講演、子どもからシニアまでの金融経済教育で活動。著書『会社が知っておきたい補助金・助成金の活用ガイド』(大蔵財務協会)、共著に『いまからはじめる相続対策』(日本実業出版社)、『FP技能士2級AFP 問題集&テキスト』(成美堂出版)など。
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