相手をその気にさせたい。どんな場合にせよ、誰かを説得し、その気にさせるのは難しいものです。しかし、人間の心理を理解することで、相手に自分の思い通りの行動を取らせることが出来るようになるのです。
(本記事は、ジェームズ・C・クリミンス氏の著書『顧客を説得する7つの秘密』=すばる舎、2017年10月18日=の中から一部を抜粋・編集しています)
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トカゲの正体を見極めろ
相手をその気にさせたい。
その相手は身近な上司や子供、配偶者など誰でもいい。
何百万もの人々相手に「健康にいい食品を食べましょう」「私の支持候補へ投票してください」「Galaxyの携帯電話を買ってください」などと宣伝する場合でもいい。
いずれの場合にせよ、誰かを説得し、その気にさせるのは難しいものだ。
しかし人間の心理を理解することで、相手に自分の思い通りの行動を取らせることができるようになる。
近年の心理学、行動経済学、そして神経科学分野での発見により、人間が何かを選び取る際のプロセスが解明され、どのように他人を説得すべきかについて多くの示唆が得られた。
それらの発見によると、人は意識的に何かを選択するわけではない。
直感的には、何かを選択する時に中心的な役割を果たすのは意識であるように思えるが、科学的証拠によると、実際には意識はあくまで副次的な役割しか持っていないようなのだ。
これは選択という行為に関するこれまでの伝統的な認識を根本から覆すものであり、相手が特定の個人にしろ不特定多数であるにしろ、他人をその気にして何かをさせようとしても失敗してしまうことが多かった理由を説明している。
27年間、DDBシカゴの最高戦略責任者、そして世界展開におけるブランド戦略顧問として広告や宣伝の分野で働いてきた私は、バドワイザー、デル、ディスカバー・カード、そしてウェスティンなどのクライアント相手に数多の広告を分析してきた。
何が失敗し何が成功するのかは単純ではなく、どんな広告が受け手に対し効果的なのかを突き止めるには長い年月がかかった。
伝統的な広告手法はどうやらあまり有効でないらしいということは感覚的に分かっていた。
そして最新の脳と選択の仕組みを学ぶにつれ、私は徐々にその理由が見えてきた。
私の興味を引いたのは、人の心の隠れた部分に光を当てようとしている科学者達だ。
彼らの研究によって、どうして既存の広告アプローチが失敗に終わってきたのか、そして私達の広告に対する認識をこれからどのように改めていくべきなのかについてのアイディアを得ることができた。
この本では、人間の心理に関する最新の科学的知見を広告・説得行為へと応用する方法について述べている。
これまで自称広告屋達は、人が本来どのように選択を行うかについて理解していなかったために、広告を「当たる」とか「当たらない」という言葉で表現してきた。
しかし40年前にダニエル・カーネマンやエイモス・トベルスキーらの研究者達によって始められた精神科学界での革命的研究によって、今日私達は人がどのように選択行為を行うのかについてのより正確な知見を得ている。
私はこの画期的な研究成果を、相手をうまく「その気にさせる」ための実用的なテクニックに活かすことにした。
これらのテクニックは、親戚や友人や同僚など特定の誰かを相手にする場合においても、あるいはアップルウォッチやシボレーなどの商品を不特定多数の潜在的顧客に向けて宣伝する場合においても活用できるはずだ。
人間の頭には二つの異なる思考プロセスが存在する。
(1)自動システム―すなわち無意識、そして(2)熟考システム―つまりは意識である。
前者の自動システムというのは私達の選択全てに影響し、多くの場合唯一の影響因子である。
この自動的な無意識の根幹は、人が古くよりもつ脳の構造、それこそトカゲや全ての脊椎動物と共有する部分にある。
もちろんこの無意識の発展の度合いは種によって大きく異なるが、その基礎的な働きは同じだ。すなわち、快感を追い求め苦痛を避けるということに尽きる。
この自動的な精神システムを、リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは「内なるトカゲ」と呼び表した。
私達は別に自動的な無意識の働きをトカゲと呼ぶことで軽んじているわけではない。
なんせこの無意識のおかげで私達は歩き、話し、五感から得た情報を理解し、好き嫌いを育み、友達を選び、そして恋に落ちることができるのだ。
このトカゲは実に賢く、本能に忠実である。それは私達自身であり、私達が普段あえてその存在について考えたりすることのないものだ。
内なるトカゲは私達がそれを意識する前に、瞬発的に、勝手に動き出す。
そして私達は自分からそれを止めることができない。
トカゲは私達の意識とは違った世界の見方をしている。
・トカゲにとって、心に最もしっくりくるものこそが真実である。トカゲは「馴染みがある」ことと「真実である」ことの判別ができない。
・トカゲにとって、人は「なぜそれをしたのか」ではなく、「何をしたのか」で判断される。トカゲは行動に注目し、動機を無視する。
・このトカゲの性向を念頭におくならば、人に何かをさせたければ、相手の考えや信念ではなく行動自体を変えさせるよう努めるべきである。なぜなら人の行動を変える方が、その動機を変えるよりも簡単だからだ。
・人のすることに対して「なぜ」と問うてはいけない。人は自分自身の行動を理解していないものである。相手の行動理由を知ることは可能ではあるが、それを単に直接尋ねるだけで得ようとしてはいけない。
・トカゲは即時的な、確実な、そして感情的な利益が行動の結果として得られることを好む。しかし一般に奨励されているダイエットや節約や禁煙などの行動の利益はこれらの対極に位置している。トカゲを理解することで、遅効性を即効性に、不確実性を確実性に、そして論理性を感情性へと、利益を変質させることができるようになるだろう。
この本では七つの秘訣を紹介するが、その中からどれか一つだけを選ぶ必要はない。
特定の誰か、あるいは大衆を説得する時にはいつでも、それが何か重要な目的のためであろうと些細な目的のためであろうと、一つ、二つ、あるいは七つ全てを自由に組み合わせて活用していただきたい。
広告、宣伝、説得のコツは、ズバリ「トカゲ」をどう上手に扱うかにかかっている。
「トカゲ」―無意識について
あなたには夫や妻がいるかもしれない。
何か信仰する宗教があるかもしれない。
付き合いのある友人も沢山いるだろう。
では、あなたはそれらをどのようにして選んできただろうか?
それぞれの人を、配偶者としての潜在適性に応じて評価したのだろうか。
全ての宗教を分析して最も優れていると思ったものを選んだのだろうか。
数多くの人々の中から熟慮の末に特定の個人を友人として選んだのだろうか?
もちろんそうではないだろう。
誰もそんなことはしない。たとえこれらの選択があなたの人生において最も大切な選択であろうと、あなたはそんなに慎重に選択肢を吟味したりはしていないはずだ。
あなたは確かに「選択」した。ただ、あなたはどのようにその選択を行ったのかを覚えていない。
私達は自分で思うように物事を選択するわけではない。
私達は意識的に選択肢を検討し、明確な理由を持っていずれかを選んでいると思いがちだが、実際には違う。
直感には反するかもしれないが、意識は私達の選択においてあまり重要ではないのだ。
意識は大抵、選択行為の外縁に位置している。
ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックスでジョナサン・ミラーは語った。
「人間の認識能力、そして行動能力というのは、普段意識しておらず、制御することもほとんどできない、自動的自我と言える部分に驚くほど依存している」。
多くの場合、私達の無意識の自動精神システム、つまり「内なるトカゲ」が物事の選択に関わっている。
人の内側に住むこのトカゲを説得するためには、私達はトカゲを理解し、その言葉を喋れるようにならなければならない。
ベイラー医科大学の神経科学者として認知行動研究室、神経科学法イニシアチブの両研究室を率いるデイヴィッド・イーグルマンは、著書『意識は傍観者である:脳の知られざる営み』において、「意識が私達の行動を司るわけではないという発見は、天動説の否定と同じくらいのインパクトを持っている」と述べた。
かつてガリレオの主張は冷笑と怒りによって迎えられ弾劾された。
バチカンは以来二百年にもわたってガリレオの著作を検閲してきた。
17世紀の人々にとっては、地球が太陽系の中心であることが当然だった。
彼らは毎日太陽が頭上を通り過ぎるたびにそのことを実感していた。
同様に私達にとっても、意識が行動の中心であるというのは自明のことに思える。
しかしどちらの場合においても、絶対的な科学的証拠がそれは違うと示している。
ジークムント・フロイトは人間の無意識に光を当てた最初の人物だ。
彼は無意識の仕組みの重要性を理解していた。ただ、その本質を誤解していた。
フロイトは無意識は性と怒りへの原始的な欲望を内包していて、それがあまりに強いために人はそれらを意識の外側に追いやる必要に迫られていると信じていた。
今日の科学的研究によって、無意識は、人々がフロイトの無意識と聞いた際に頭に浮かべるような恥ずべき渦巻く欲望の塊とは全く異なるものだということが分かっている。
現代の精神学者は、フロイトの無意識にまつわる暗示的な意味合いが自分の研究に影を落とすことを嫌がる。
そのため彼らは「無意識」という言葉を避け、「潜在意識」「前意識」「副意識」などの言葉を用いる傾向がある。
だが残念ながらこれらの言葉では、無意識は意識より重要でないかのように聞こえてしまう。
ダニエル・カーネマンは、無意識を『速い思考』である「システム1」、そして意識を『遅い思考』である「システム2」と呼ぶことでこの問題を解決した。
しかしシステム1とシステム2という呼び名では、どちらが意識的でどちらが無意識的な思考であるのかを把握するのは難しい。
セイラーとサンスティーンは、説明力があり、かつ記憶に残るような呼び名を考案した。
シカゴ大学の経済学者であるリチャード・セイラーは、ハーバードロースクールの著名な法学者であるキャス・サンスティーンとの共著『実践行動経済学(原題:Nudge)』で、人が自分の人生をよりよくするためにどのような選択を行うかの科学的説明を試みた。
その中でセイラーとサンスティーンは、無意識を「自動システム」、そして意識を「熟考システム」と呼び表している。
この本ではセイラーとサンスティーンの言葉を借りて、人間の無意識の精神過程、つまりは内なるトカゲにあたる部分を「自動システム」、そして意識下の精神過程を「熟考システム」と呼ぶことにする。
自動、熟考というこれらの言葉は、それぞれの思考過程の性質を明確に表しているが、無意識の過程が意識の過程に従属するとは言っていない。
精神の自動システムと熟考システムは共に、私達が目覚めている時には常に稼働状態にある。
内なるトカゲ、すなわち自動的な、無意識の精神システムは、印象や感情、好みや衝動を生み出す。
熟考システム、すなわち意識の精神システムは、阻害要因がない限り、私達の自動システムに従う。
無意識は私達の想像以上に影響力があり、人間の選択や判断を大きく左右する。
自動システム、内なるトカゲは、選択行為だけではなく、私達の行動全てにおいて主要な役割を担い、多くの場合行動の唯一の決定要因となっている。
私達の熟考システム、意識は、ある種の行動においては重要な役割を果たす。
この場合のある種の行動とは、例えばダイエット、計算、科学など、生物的進化の過程ではあまり必要とされてこなかった類の行為、あるいは知らない街で道を探す場合や皇族に謁見する際の儀礼に従う場合などの、習慣化されていない行動を指す。
内なるトカゲである自動システムは、血液の循環や呼吸、消化などの生命活動を司る。 しかしそれだけではない。
無意識はまた、見聞きしたものを理解し、五感からインプットした膨大なデータを理解しやすいパターンに変換する役割をも担っている。
自動システムは、私達が話したり、真っ直ぐ立ったり、フライボールを取ったりといった行動を可能にする。
もっとも、これらの活動は全て意識の外で行われるため、その素晴らしさを自覚することは難しい。
イーグルマンは人間の意識を、「大西洋を横断する蒸気船に乗っている小さな密航者」にたとえた。
足元の巨大な機械の働きを認めず、自分一人の力で旅をしたのだと言い張っている。
人をうまく自分の思う通りの行動へと導くには、相手の内に潜むトカゲ―自動精神システムに対処しなければならない。
私達はトカゲがどのように機能し、どのように影響されるものなのかを知る必要があるのだ。
心理学者、神経学者、そして行動経済学者は、熟考システムたる意識下の精神システムと自動的な無意識下の精神システムとの違いを以下の表のように説明している。
意識下の熟考精神システムは一つのモジュールによって成り立っている。
意識にはオンかオフかのいずれかの状態しかない。
私達は常に、意識的か、意識的でないかのどちらかである。
自動的な、無意識下の精神システムは、複数のモジュールを持っている。
自動的な精神システムは、沢山の独立した活動を担っている―消化、血液循環、呼吸、深度知覚、バランス感覚、言葉などだ。
脳に障害のある患者は、例えば深度知覚などある特定の機能を喪失しても、言語など他の機能は通常に働いている。
熟考システムは遅く、自動システムは速い。
以下のノースウェスタン大学の心理学者の研究は、自動的な無意識と熟考する意識との速さの違いを示している。
この実験では、コンピューターの画面に人間の驚いた時の顔を映して被験者に見せた。 ただし、被験者自身には知らせることなく、その驚いた顔の前に0.03秒の間、恐怖しているか喜んでいるかのどちらかの人間の顔を画面に映した。
0.03秒はあまりに一瞬なので、被験者自身はそれを見せられたことには気がつかない。
その後で被験者に、たった今見た驚いた顔を、「極めてポジティブ」から「極めてネガティブ」の間で評価してもらった。
すると、事前に恐怖の表情を見せられた被験者は、喜びの表情を見せられた被験者と比べて、それを見たことに本人は気づいていないにも関わらず、驚いた表情をよりネガティブに評価した。
無意識下の自動システムは、初めに0.03秒の間見せられた表情を解釈し、そうと気づかないうちに、意識がどう感じるかに影響を与える。
新しい相手と会った時、人は相手と会えて嬉しいかそうでないかを一瞬顔に出してしまう。
意識するにはあまりに短すぎるその一瞬ののちに、人は礼儀正しい微笑みを浮かべる。
しかし私達の自動システムはその瞬間的な表情を認識し、相手に対して漠然としたポジティブかネガティブな印象を抱く。
この研究を行った心理学者達は、人は常に、自動的に、そして無意識のうちに状況を観察し、危険がないかを調べているのだと述べた。
危険を把握する過程においては、スピードが必要不可欠なのである。
あなたがフォードの営業マンであると想像してみてほしい。
ショールームに一人の男が車を買おうとやってくる。
もしその男が店に入る前の段階から、あなたが直感的に相手のことを好きではないと感じてしまったら、もうアウトだ。
その男はきっとすぐに、容易く、しかも無意識的に、あなたが自分に対していい印象を抱いていないことを感じ取る。
そして相手にそう感じさせてしまうと、それはあなたとの売買取引全体に影響を及ぼすことになる。
もしあなたが、より沢山の車を売り捌きたいのであれば、実際に言葉を交わす前から、潜在的顧客である他人のことを好きになろうと努力しなければならない。
俳優のウィル・ロジャースは「私は嫌いな人間に会ったことなどない」との言葉を残した。 ウィルはさぞかしいい営業マンになれたことだろう。
私は最近車を買った。その時の購買経験を別段分析したりはしなかったのだが、妻に尋ねられて、私は、最初に訪れた販売店の店員が、威張りくさって、私のことを軽んじているように感じたことを思い出した。
もしかしたら彼は実際私と会って話をしてから、私を低く評価したのかもしれない。
しかし私には、彼が私と実際に会う以前から、そうした立場の差を頭の中で作り上げていたように思えたのだ。
結果として取引は不快なものとなり、私は別の店で車を買った。
熟考する意識の能力には限りがある一方で、自動的な無意識の出来ることははるかに多い。
科学者達は人間の精神システムの能力を測定してきた。
人間の、音、匂い、味、そして皮膚への刺激を見分ける力と、読み書きの際に処理できる言葉の数を調べたところ、科学者達は私達の意識は一秒間に40個の情報を処理することができると推定した。
科学者達はさらに、いくつの神経接続がシグナルを脳に送り、各神経接続が一秒あたりいくつのシグナルを送っているかを数えることにより、私達の無意識の帯域幅に関する予測を立てることもできた。
目からだけでも毎秒千万個の情報が脳に送られてくる。
残りの感覚である触覚、聴覚、嗅覚、味覚も、合わせて百万個以上の情報を毎秒脳に送り込んでくる。
言い換えれば、私達の無意識は、五感から送られた毎秒1100万個もの情報を処理しているのだ。
本当にそれは正しい値なのかと疑う人もいるかもしれないが、たとえこれらの推定値が多少外れていようとも、自動的な無意識の能力が、熟考する意識の能力を遥かに上回っていることは確かだろう。
もし実際の無意識の処理能力が現在科学が示している値の三分の一しかなく、意識の処理能力が推定の三倍高かったとしてもなお、無意識の処理能力は意識の2万5千倍も大きいのだ。
私達の無意識は、その膨大な処理能力を、トリアージ、すなわち情報の重要度判定に用いる。
私達の内なるトカゲは、脳内に流入する情報の洪水の中で、何を無視していいか、何を自動的に処理すればいいか、そして何を意識に受け渡せばいいかを決める。
私達の自動的な無意識が情報の洪水を処理してくれるので、そのほとんどは意識の方まで流れ込んでこない。
この情報処理の過程において、私達の自動システムは、想像以上に多くのことを為しているのだ。
ジェームズ・C・クリミンス JAMES C.CRIMMINS
27年間にわたり、主にDDBシカゴのチーフ・ストラテジック・オフィサーを務める。また、世界的なブランドとして知られる、バドワイザー、マクドナルド、ステートファーム、ベティ・クロッカーなどのブランド企画ディレクターとしても活躍。
社会学の博士号と統計学の修士号を持ち、米国ノースウェスタン大学medillスクールで、統合マーケティングコミュニケーションを教えた。誰もが、説得力と影響力を手にする方法を、科学的、専門的、学問的な観点を背景に伝えている。