私達の意識が好むのは、データやロジックなどの理屈です。そのため、誰かを説得するにはロジカルな主張をせよと言われています。しかし、ロジカルな主張は、人の内なるトカゲである無意識に働きかけるのに適切ではありません。ロジックは実際、トカゲ相手にはほとんど無力同然なのです。

(本記事は、ジェームズ・C・クリミンス氏の著書『顧客を説得する7つの秘密』=すばる舎、2017年10月18日=の中から一部を抜粋・編集しています)

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顧客を説得する7つの秘密
(画像=Webサイトより、クリックするとAmazonに飛びます)

トカゲの言葉を話せ:基本文法

私達の意識が好むのは、データ、ロジック、そして理屈である。そのため、誰かを説得するにはロジカルな主張をせよと一般には言われている。

しかしロジカルな主張は、人の内なるトカゲである無意識に働きかけるのには適切でない。

ロジックは実際、トカゲ相手ではほとんど無力同然だ。

内なるトカゲである無意識は、独自の言語を持っている。

過去25年間の心理学、行動経済学、そして神経学の研究が示してきたように、無意識の言語は主に以下のようなものを「基礎文法」としている。

・思いつきやすさ

・連想
無意識の言語にはまた、独自のスタイルがある。これらについては次の章で詳しく述べる。

・行動

・感情

・他人の好み

人の選択のほとんどは、トカゲによって、あるいはその影響を大きく受けてなされる。そのため、トカゲの言語を習得していることは、誰かを説得する際にとても役に立つ。

思いつきやすさ

ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、利用可能性ヒューリスティックという概念を提唱した。

これは、人が物事や他人を判断する際、無意識のうちに最初に頭に浮かぶものを高く評価してしまう傾向のことである。

この利用可能性ヒューリスティックゆえに、無意識は、頭に浮かびやすいものにより多く注意を払い、より高く評価しがちである。

思いつきやすさの重要性は、人の生活のあらゆる側面、そして人間の選択行為に関するあらゆる研究分野で実感することができる。

行動経済学者は、思いつきやすさと親密性について言及している。

心理学者は鮮烈さ、サリエンシー(顕著性)、アンカリング効果(係留)、プライミング効果(先行刺激の影響)、そして単純接触効果などを論じている。

マーケターは記憶可能性と反復性を重要視している。

これらのコンセプトは皆私達の無意識の傾向をベースとしたものだ。

何が頭に浮かびやすいかは、それが人であれ言葉であれ概念であれあるいは製品であれ、より好まれやすく、より信じられやすく、そしてより私達の行動に影響を与えやすいのである。

頭に浮かびやすいものは、受け入れられやすいのだ。

投票する時のことを考えてみよう。

名前に馴染みのある候補者には、その候補者自身をよく知っているかどうかに関わらず、票を投じやすいのではないだろうか。

あまり詳しくない分野で何かしらの選択をしなければならない時には、消費者は名前に馴染みのあるブランドを選択する傾向がある。たとえそれが品質の面では他の製品に劣っていたとしても。

目を惹くように表現された実績は、平坦な言葉で表現された実績よりも相手の心に響きやすい。

たとえそれが事実としては信憑性に欠けるものであってもである。

内なるトカゲである無意識は、鮮やかなステレオタイプと実例の方を、統計や確率よりも重視する。

そのため聴衆は往々にして、統計結果よりも、刺激的な個人の経験談に心を動かされてしまうのだ。

人は飛行機から剥落した部品で怪我をするよりも、サメに食い殺されることをより心配する。それはサメの襲撃を受ける場面の方が、より頭に思い描きやすいからだ。

サメの襲撃はニュース記事になりやすく、鮮烈で記憶に残りやすい。しかし実際には、飛行機から剥落した部品に当たって死ぬ確率は、サメに食い殺される確率の30倍もある。

サリエンシーの高いもの、つまりは、より明白で目立った物事は、より重要に思えてくる。

会議で目立つ格好をしていたり、ライトの下に座っていたり、身振りが大きい人というのは、より影響力があるように思われるものだ。

ある数字が私達に提示されたとする。

ランダムに選ばれた意味のない数字だと分かっていても、それは私達の頭の片隅に残り、後々の数的推測行為、例えば人の年齢や商品の価格なんかを推測する時に影響を与える。

頭にすぐ思い浮かんだ数字が、否が応にも私達の判断に影響を与えてしまうのだ。

ミルウォーキーの人口を人々に推定してもらう実験の結果には、アンカリング効果(係留)の影響が見られる。

シカゴ出身の人々は皆一様にミルウォーキーの人口を多めに推定し、グリーンベイ出身の人々は皆ミルウォーキーの人口を少なめに見積もった。

シカゴの人々は、自分の知っているもの、つまりシカゴの人口を基準に、そこから差し引いていく形でミルウォーキーの人口を推定した。

一方グリーンベイ出身の人々は、グリーンベイの人口を基準に、それに足し算する形でミルウォーキーの人口を推定した。

だが大抵こうした足し引き調整は不十分で、最初に基準とした数字が推定結果に大きな影響を与えてしまうのだ。

事前に頭の中にある考えは、それが自分達では気づかないほど微かなものであっても、私達の行動に変化を与えうる。

ジョン・バーらはこの「プライミング効果」の威力を古典的な実験で示した。

バーはイェール大学の社会心理学者で、イェール大学の認知・動機・評価における自動性研究所(AutomaticityinCognition,Motivation,andEvaluation[ACME]Laboratory)の設立者である。

ACMEラボは、環境が私達の思考、感情、行動にどのような無意識の影響を与えるかを研究している。

バーらは大学生に対して、五文字の言葉30個の中から四つを選んで文法的に正しい文を作るよう求めた。

学生の半分は、老いにまつわる単語、例えば注意深い、灰色、フロリダ、などを含む単語のセットを与えられた。

もう半分の学生達には、老いに関わるものの代わりに、より中立的な言葉のセットが与えられた。

この作業を終えた後、学生達は出口へ向かうエレベーターへ向けて歩いた。

そのエレベーターへ辿り着くための所要時間は被験者の知らないうちに計測されていた。

結果として、老いにまつわる言葉のセットで作業を行なった学生の歩くスピードは、他の参加者より遅いことがわかった。

被験者は気づかぬうちに老いについて考えるように方向付けされてしまっていたのだ。

このプライミングは、無意識のうちに行われながらも、直接的で、測定値として把握可能なほどの影響を、被験者の歩くスピードに与えたのだった。

ロバート・ザイアンスが40年以上前に示したことだが、任意の刺激(概念、物事、あるいは人物)への「単純接触」は、「緩やかな好意」をその刺激に対して抱かせる。

ザイアンスはミシガン大学で40年を過ごし同大学の社会研究所の所長を務めた人物である。

ザイアンスは、その刺激が何であるかはたいして重要ではないと言う。

それが漢字にしろ顔にしろ不規則な形の多角形にしろ、事前に見たことがあるものは、見たことがないものよりも少しだけ好意的に受け止められる。

この緩やかな好意は、自分自身が以前にその対象を見たことを覚えていない場合でさえも起こりうる。

繰り返しと親密性は許容する心を育む。

カーネマンが言ったように、人々に嘘を信じさせる堅実な方法は、ただそれを繰り返し提示することだ。

なぜなら親密性を真実性と見分けることは難しいからである。

トカゲにとっては、簡単に頭に浮かぶことこそが最も真実なのだ。

トカゲは親密性と正確性とを区別することができない。

マーケターと政治家は繰り返しの力を大いに利用している。

マーケター達は同じメッセージを何度もなんども繰り返し、メッセージに親しみを持たせることで商品自体をより信頼に足るものと思わせることができる。

政治家は党の公約を強調する。

党員が何度も同じ論点を同じ調子で繰り返すことによって、それらの公約が真実味を帯びてくることを知っているからだ。

したがって説得行為の肝は、相手にさせたいと思う行動が、より簡単に相手の頭に浮かぶようにできるかどうかにある。

GEICO(ガイコ)は「思いつきやすさ」の力を利用してきた。

GEICOは近年急成長し、オールステートを抜いてステートファームに次ぐ業界第2位の自動車保険会社となった企業だ。

GEICOは毎年10億ドル以上を広告費に費やし、奇抜で、鮮烈で、誰も思いつきもしないような面白い広告を作ってきた。

そうすることで、若者の頭に自動車保険といえばGEICOの名前が浮かぶように仕向けてきたのである。

GEICOは保険の直接販売を行なっている。

広告の主要な役割は、若者が自動車保険に関心を持った時にまずGEICOのWebサイトを訪れるようにすることだ。

GEICOの思いつきやすさ、つまりブランド名がすぐ潜在顧客の頭に浮かぶ状態を作り出せたことが、ウェブサイトの訪問者数を増やし、会社の成長に繋がった。

私達はこの「思いつきやすさ」が人間の行動に対して持つ威力を甘く見がちだ。

以下に挙げる排水口クリーナーの例は、思いつきやすさのわずかな変化が消費者の購買行動にとてつもなく大きな変化をもたらすことを示している。

DranoはS.C.Johnson社によって、LiquidPlumrはClorox社によって作られた排水口クリーナーである。

排水口詰まりに悩まされている人々にとっては、どちらの製品も選択肢となりうる。

両者の価格設定は同じくらいだ。

他社製品の技術革新を真似ることが容易なため、どちらの製品も化学物質的にはほぼ同じ組成で出来ている。

この場合消費者がどちらの製品を購入するかは、ひとえに思いつきやすさにかかっている。

無意識は頭に簡単に浮かんだブランドに注目し、それが優れていると思い込む。

今回問題となっているのは排水口(drain)であるために、この場合はDranoの方が有利だ。

その(drainと最初の二文字が同じDranoという)名前からして、Dranoは排水口の単語の響きから連想しやすいネーミングとなっており、それが実際ビジネス上の成功につながっていることは、その圧倒的な市場シェアが物語っている。

消費者の商品選択を、名前の思いつきやすさが左右するのだ。

そこでDDBで働く私達は、LiquidPlumrの思いつきやすさを向上させるアイディアを出し、Clorox社はそれに投資することを決めた。

アイディアはシンプルなもので、「plumber(配管工)」という言葉が、排水口詰まりの際に人々の頭に思い浮かぶようにし、そこからClorox社の製品であるLiquidPlumrを「一番に呼ぶべきPlumber」として連想してもらうようにするというものだった。

広告は本物の配管工を起用し、彼らに「LiquidPlumrがなんでも解決しちまうのも困りものですけどね、でも実際これがよく効くんですよ」そして「大した仕事じゃありませんでしたが、配管工を呼んだからにはその分の料金は払ってもらいますよ」というセリフを言わせた。

そこでナレーションが入り、視聴者に「LiquidPlumrこそが最初に呼ぶべき配管工」であることを思い出させるのだ。

結果として排水口詰まりの際にplumber(配管工)を思い浮かべる人の数が増え、LiquidPlumrがこのカテゴリー売り上げトップに躍り出た。

思いつきやすさが変わると、市場シェアも変わるのだ。

Dranoの製造会社であるS.C.Johnson社がこの状況を看過するはずがなかった。

S.C.Johnson社はDranoを含む複数ブランドの広告戦略のためにDDBのチームを雇い、DDBはLiquidPlumrの広告担当から外れた。

面白いことに、S.C.Johnsonは、私達DDBが引き起こした状況をDDB自身が覆すように要請してきたのである。

S.C.Johnsonの依頼は、消費者が排水口詰まりの際にDranoを連想する状況をもう一度作り出して欲しいというものだった。

私達はDranoのための広告キャンペーンを作り、配管工ではなく排水口自体に消費者の関心が向かうようにした。

まずDranoのスポークスマンが、ネクタイを締め、排水管の中に立ってそこに詰まったゴミを指差す。

そしてDranoを使用した後、その排水管をウォータースライダーにして滑り降りるというものだ。S.C.Johnsonはこのアイディアを気に入り、投資を決めた。

実際に消費者の関心は排水口へと戻り、Dranoのブランド名はより簡単に連想されるようになり、その市場シェアは再びトップへと舞い戻った。

この排水口クリーナー戦争は、まさしく思いつきやすさをめぐる戦いであった。

頭に名前が思い浮かぶかどうかのわずかな差が、市場シェアに大きな変化をもたらすのだ。

あなたが人に勧めようとしている選択肢を、意識の流れ、いや正確には無意識の流れの中の小石のようなものだと考えてみてほしい。

選択肢が十分大きければ、つまり頭に浮かぶほどの存在感を持っていれば、ターゲットの思考は頭に浮かんだその考えによって遮られる。

ターゲットがいつもあなたの勧めた選択肢を選ぶとは限らないが、選ぶ可能性ははるかに高くなる。

あなたが運転していて空腹を覚えた時、マクドナルドがふと頭に浮かんだとしよう。あなたは結果としてマクドナルドを選ばないかもしれないが、そのためにはわざわざ「選ばない」ようにしなければならない。

他人の、あるいは自分自身のダイエットを成功させたいのならば、選択肢にある食べ物の思いつきやすさを変えることをおすすめする。

もしソフトドリンクやポテトチップス、クッキーが棚から取り去られ、代わりに心理的にも物理的にも手を伸ばしやすいカウンターに魅力的なフルーツ盛り合わせを置いておけば、何を実際手に取るかに影響を与えることができる。

お菓子が食べたいのであって、フルーツであればいらないということもありうるが、フルーツをより目につきやすくし、ジャンクフードを意識から遠ざけることで、小腹が空いた時にフルーツが選ばれる確率を上げることができるのは確かだ。

ブライアン・ワンシンク教授はコーネル大学のFood&BrandLab(食品・商標研究所)の所長だ。

教授が率いるチームは丁度シラキュースでの研究を終えたところであるが、その成果がまさに右で述べたことを証明している。

その研究で教授らは、240の家庭のキッチンにあるもの全てを写真に撮り、世帯の人々の体重を測った。

結果、目に見える場所にソフトドリンクを置いている家庭の女性の体重は、そうでない家庭の女性達より平均25パウンド重いことが分かった。

また、フルーツを目に見える位置に置いている女性の体重は、そうではない家庭の女性達より平均13パウンド軽かった。

つまりは、やはり選択肢の思いつきやすさをコントロールすることが、ダイエットにも繋がりうるのだ。

私達は、心理ではなく状況を変えることで行動に変化をもたらすこともできる。

もし私達が、選ばせたい選択肢をより頭に思い浮かびやすくし、それ以外の選択肢を思い浮かびにくくすれば、相手をその気にさせることはより成功しやすく、より容易になるのだ。

アメリカでの例となるが、職場で昇給したいと思うなら、この「思いつきやすさ」を利用する幾つかの方法を試してみるといい。

上司は、頭に浮かびやすい人間をより重要視し、信頼するものだ。

では上司の頭にすぐ思い浮かぶような人間になるにはどうすればいいだろう?そう、目立つようにすればいいのだ。

目を惹くように服装に少し気を遣ってみたり、仕事場所をアレンジしてみるとよい。 普段自分がどんなパッとしない人間だろうと気にしない。

会議では照明の当たりやすい場所か、机の中程ではなく角に座るようにする。

相手が立っている時には座り、座っている時には立つようにする。

会議で普段より発言が少なかったとしても、こうした工夫により貢献度は高いように見せられる。

また、こうすることで、会議の参加者があなたの発言により注意を払うようにもなる。

狙ったそばに錨を下ろすのだ。

上司が給料の額を決めるプロセスは、先ほどのミルウォーキーの人口推定問題と同じようなものと考えてよい。

適切な額を決めるのは上司にとっても簡単なことではない。

私達は上司に、先ほどの例で言えばグリーンベイの人口のような低い値ではなく、シカゴの人口のような高い値に基準を置いて給料を計算してほしいと考えている。

私達が平均的な人口規模の街で働いていると仮定して、自分と似たようなポジションだがニューヨークで働いている人の給料情報を見つけたとしよう。その人の給料はおそらく自分のものより高いことだろう。

きちんと考えればニューヨークの方が家賃が高いという事実に気付くだろうが、だからといって上司にその情報を伝えておくことは無意味ではない。

私達は上司に、低い基準から足し算方式で給料を計算するより、高い基準から引き算する形で計算してほしいのだ。

なぜならそうした足し引き調整は大抵不十分なので、引き算方式で計算してもらった方がよりよい給料を得ることができる確率が高い。

もし、あなたが慈善事業への寄付を募っているのなら、まず高い金額を相手に示し、そこから引き算方式で実際の寄付額を決めてもらうべきだ。その方が、低い金額を基準に始めるよりも、多くの額を寄付してもらえることだろう。

消費者に商品一覧を提示する時には、高価格帯商品を中心に勧めるべきだ。

たとえ実際にそれを購入する人はその中のほんの一握りであるとしてもである。

消費者はより低価格のものを求めるだろうが、それでも最初に見せた基準に引きずられて、予定より高めの価格帯のものを結果的に購入する可能性が高い。

何か新しい企画のアイディアを持っていて、同僚の支持を得たいと考えているとしよう。たとえ本当は企画を細部まで詰めていたとしても、初めからその全てを説明しない方がいい。

辛抱強く待つべきだ。アイディアに名前をつけ、数日前から人々の耳にその名前が入るようにしよう。

具体的な部分を説明するのはそれからだ。

単純接触効果を利用するのである。

事前に名前を耳にすることで、実際に注意を払っているわけではなくても、同僚達はその企画をより受け入れやすい状態になっている。

まずはその選択肢がそこにあるという状態に持ってゆくのだ。

あなたが相手に取らせたい選択肢を、ターゲットの前に提示できるチャンスを逃してはならない。

ジェームズ・C・クリミンス JAMES C.CRIMMINS
27年間にわたり、主にDDBシカゴのチーフ・ストラテジック・オフィサーを務める。また、世界的なブランドとして知られる、バドワイザー、マクドナルド、ステートファーム、ベティ・クロッカーなどのブランド企画ディレクターとしても活躍。
社会学の博士号と統計学の修士号を持ち、米国ノースウェスタン大学medillスクールで、統合マーケティングコミュニケーションを教えた。誰もが、説得力と影響力を手にする方法を、科学的、専門的、学問的な観点を背景に伝えている。