シンカー:日銀の金融政策について、マーケットが誤解していると考えられる点が二つあるとみられる。一つ目は、2%の物価安定の目標の実現は困難であり、その達成の後ずれは金融緩和策の副作用を大きくするため、緩和からの出口へのハードルを下げるため、日銀はより現実的な水準へ目標を修正する可能性があるという見方である。2%の物価目標はグローバル・スタンダードであり、その達成のため、円安誘導ではなく、国内要因として日銀は大規模な金融緩和を続けているという「鉄板ロジック」で、日本政府は貿易赤字を問題視する米国を説得する必要に迫られている。物価目標をより現実的な水準に引き下げれば、日銀が為替目的のために大規模な金融緩和を続けているとの批判を受けるリスクがある。その結果としての円高への転換は逆風となるため、「鉄板ロジック」を維持するためにも、2%の物価目標を引き下げる政策オプションはほとんどなくなったと考えられる。二つ目は、グローバルに景気減速のリスクが高まる中で、日銀が最も金融緩和余地のない中央銀行であり、その余地を作るため、金融緩和策を修正するという見方だ。事実はまったく逆で、日銀は最も金融緩和効果の拡大の余地がある中央銀行だと考える。設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。これまでは、企業の慎重な支出スタンスと財政緊縮によりネットの資金需要が存在せず、日銀の大規模な金融緩和の効果は限定されてしまっていた。グローバルに景気減速のリスクが高まっても、財政政策が拡大し、ネットの資金需要が復活すれば、日銀は現行の金融緩和策を維持しているだけで、金融緩和効果の拡大が見込める。これまでネットの資金需要が消滅し、金融緩和効果が限定的であったことは、ネットの資金需要の拡大によりその効果を著しく強くできるため、逆に金融緩和効果の拡大の余地が大きいと言える。
12月19・20日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き、量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金残高の一部の金利を-0.1%程度、長期金利を0.0%程度とする政策の現状維持を決定した(7対2)。
「所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、緩やかに拡大している」とされ、需要超過の領域に入りながら景気が引き続き上向いていることを示す「拡大」という景気判断は維持された。
先行きについても、景気が「緩やかな拡大を続ける」中で、「マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていく」との判断も維持された。
貿易紛争への懸念や不安定なマーケット環境であるが、個別項目を含め、日銀の景気・物価見通しには影響はみられていない。
7-9月期の実質GDPは、地震や台風の自然災害、そしてインフラへの損傷により、一時的に活動が鈍ったため、大きめの前期比マイナス(年率-2.5%)に陥った。
しかし、復旧への財政支出のすみやかな拡大が見えてきていること、企業収益や雇用を含めたベーシックなファンダメンタルズは引き続き良好であるため、落ち込みは一時的であり、10-12月期には大きなリバウンドがみられると日銀は判断したとみられる。
日銀が、「0%程度」の長期金利の誘導目標自体を引き上げでることができるための最も重要な必要条件は、展望レポートでの経済と物価のリスク判断が「下振れリスクの方が大きい」という下方から中立化されることである。
2019年度の成長率については9人の政策委員の内5人が、物価についても7人が下振れリスクをみているため、「経済・物価ともに下振れリスクが大きい」との判断が維持され、しばらくは中立化することはないだろう。
「当分の間、現在のきわめて低い長短金利の水準を維持することを想定している」というフォワードガイダンスで、日銀が金融緩和の早期出口論を封じる形は継続することになろう。
デフレ完全脱却に向けて財政政策を緩和するとみられる政府とポリシーミックスの共同歩調をとるため、政府・日銀ともに2019年10月の消費税率引き上げに対する警戒と景気下押し緩和対策の必要性が認識されていることもあり、日銀の長期金利の誘導目標自体の引き上げは消費税率引き上げによる景気底割れが回避されたことが確認できる2020年度中頃まで先送りされることになるだろう。
日銀の金融政策について、マーケットが誤解していると考えられる点が二つあるとみられる。
一つ目は、2%の物価安定の目標の実現は困難であり、その達成の後ずれは金融緩和策の副作用を大きくするため、緩和からの出口へのハードルを下げるため、日銀はより現実的な水準へ目標を修正する可能性があるという見方である。
2%の物価目標はグローバル・スタンダードであり、その達成のため、円安誘導ではなく、国内要因として日銀は大規模な金融緩和を続けているという「鉄板ロジック」で、日本政府は貿易赤字を問題視する米国を説得する必要に迫られている。
物価目標をより現実的な水準に引き下げれば、日銀が為替目的のために大規模な金融緩和を続けているとの批判を受けるリスクがある。
その結果としての円高への転換は逆風となるため、「鉄板ロジック」を維持するためにも、2%の物価目標を引き下げる政策オプションはほとんどなくなったと考えられる。
そして、携帯電話通信料の大幅な引き下げなどで短期的に物価が大きく押し下げられる可能性があるが、日銀は消費者の実質所得の拡大がその先の物価目標の達成の可能性が高めると判断するだろうから、金融政策への影響はほとんどないだろう。
二つ目は、グローバルに景気減速のリスクが高まる中で、日銀が最も金融緩和余地のない中央銀行であり、その余地を作るため、金融緩和策を修正するという見方だ。
事実はまったく逆で、日銀は最も金融緩和効果の拡大の余地がある央銀行だと考える。
設備投資が強い拡大を始めたことにより企業貯蓄率が正常なマイナスに向けて低下する中で、財政政策が緩和すれば、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が復活し、それをマネタイズしてはじめて働くことになる金融緩和の効果も強くなるとみられる。
これまでは、企業の慎重な支出スタンスと財政緊縮によりネットの資金需要が存在せず、日銀の大規模な金融緩和の効果は限定されてしまっていた。
グローバルに景気減速のリスクが高まっても、財政政策が拡大し、ネットの資金需要が復活すれば、日銀は現行の金融緩和策を維持しているだけで、金融緩和効果の拡大が見込める。
これまでネットの資金需要が消滅し、金融緩和効果が限定的であったことは、ネットの資金需要の拡大によりその効果を著しく強くできるため、逆に金融緩和効果の拡大の余地が大きいと言える。
金融緩和効果を拡大できるのは、日銀自体ではなく、財政政策であると、アベノミクスのポリシーミックスの枠組みで考えるべきだろう。
ネットの資金需要はアベノミクスが始まって以降、16兆円程度が最大であり、日銀の流動性供給は以前の年80兆円程度から30兆円程度まで減少しているが、量の金融緩和効果としては十分であると考えられる。
我慢の緩和が維持される中で、物価上昇率は1%超へ強くなっていき、金融緩和効果への評価も高まっていく中で、超低金利政策の副作用に対する懸念で日銀が早期に緩和の出口に進むのではないかとのマーケットの見方は更に縮小していくだろう。
図)ネットの国内資金需要
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司