前回は、信用取引における建て玉の状況を知るデータとして、「信用取引残高(信用残)」と「貸借取引残高(貸借残)」の二つを紹介しました。買い建て玉が増えるほど、将来の返済売りのエネルギーが蓄積され、反対に、売り建て玉が増加するほど将来の買い返済エネルギーが溜まっていくことになります。つまり、「信用取引の建て玉の需給動向が株価に影響を与えるのでは?」という考え方です。
通常は、株価の上昇とともに買い残も増加していきますが、相場が過熱してくると、「そろそろ株価の天井が近いだろう」ということで、次第に売り残も増え始めていきます。これによって、今後買い残の返済売り圧力があっても、ある程度株価が下がったところでは売り残の返済買いが相場を支えるといった需給のバランスが保たれる面があります。このように、買い残と売り残のバランスのことを「取り組み」といいますが、この取り組み状況を表す指標に、「信用倍率」「貸借倍率」というものがあります。
これらは「買い残(融資残)÷売り残(貸株残)」で計算しただけの単純な比率です。信用残で計算した場合は信用倍率、貸借残で計算すれば貸借倍率になります。また、買い残と売り残が同数ならば倍率は1倍、買い残が多ければ1倍より大きくなり、売り残が多ければ1倍より小さくなります。一般的には、信用買い残の方が多くなる傾向にあるため、倍率が1倍以上の銘柄がほとんどです。
そのため、売り残が増加することで倍率が1倍に近くなる、もしくは1倍を下回る(売り残の方が多い)銘柄は、ちょっと珍しいということになります。こうした銘柄の株価が上昇すると、売り建てをしている人は損失が拡大してしまうため、一斉に買い返済注文を出すことで、さらに株価の上昇に弾みがつく格好になります。こうした売り方にとって最悪の状況を「踏み上げ」といいます。一方、買い方にとっては、低倍率の銘柄は「踏み上げ」につながる好取り組みと考えることができます。
とはいえ、「低倍率なら何でも好取り組み銘柄」という訳ではなく、例えば、売り残は増加せず、積み上がっていた買い残が整理されたために倍率が低くなっただけというパターンは好取り組みではありません。ですので、倍率だけでなく、残高そのものの増減や株価との比較も把握していくことが重要になります。
例えば、買い残は増えているのに株価がさほど上昇していないという場合は、その後株価が上昇したとしても、買い残の「やれやれ」といった戻り待ち売りによって上げ幅が限定的になったり、数カ月前に急増した信用買い残の水準がいまだに続いているといった場合は、6カ月という期日前に大量の返済売りによって株価が下がってしまうなどが考えられます。
株式取引は「今後、株価は上昇(下落)していくだろう」という多くの投資家の見通しによって売買が行われ、信用残の推移もこうした投資家心理の一面を表しているものです。あくまでも株価を動かすのは業績や企業ニュース、外部環境の変化など、信用取引の需給だけではないため、必ずしも買い残が増えると株価が下がり、売り残が増えると株価が上がるとは限りませんが、積み上がった信用残は相場の動きを抑えたり、加速させたりする性質を持っていることは是非とも押さえておきたいポイントと言えます。
土信田 雅之(どしだ まさゆき)
楽天証券経済研究所 シニアマーケットアナリスト
1974年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。国内証券会社にて企画や商品開発に携わり、マーケットアナリストに。2011年より現職。中国留学経験があり、アジアや新興国の最新事情にも精通している。
(提供=トウシル)
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