高齢者と外国人を結びつける取組み
●高齢者の意識改革
高齢者が日本語教師として外国人に接することは、共生社会の実現にもプラスになる。しかし一方で、高齢者は外国人に対する受容性が若年層より相対的に低いとされ、自然体で日本語教師に魅力を感じるとは考えにくい。報道機関の世論調査(10)によると、外国人の受入れに対する賛否は若い世代ほど積極的であり、年齢と共に反対意見が増えていく。この要因を社会心理学の「接触仮説」に基づいて考えると、各世代の外国人との接触機会の多寡が影響していると考えられる。仮説によれば、集団に対する偏見は無知から生まれるものであり、接触機会の増加が偏見を解消していくとされる。少し古い調査ではあるが2000年に実施された内閣府の世論調査によると、外国人との接触の機会は年齢とともに減少していく (図表6)。仮に、この傾向が現在も変わらないとすれば、高齢者が外国人との接触の機会を多く持つことで社会全体の受容性が高まることになる。高齢者が日本語教師になることは、共生社会の実現にもつながる一石二鳥の取組みであると言えるだろう。
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(10)日本経済新聞(2019年1月21日)、産経新聞(2018年11月19日)など参照。
●インセンティブとコスト負担
高齢者が日本語教師を新たな職業として選択するには、何らかのインセンティブが必要である。少なくとも、日本語教師が安定した収入を見込める自立した職業になることが必要だろう。それには、公的制度の中で日本語教師を雇用することや介護職員処遇改善加算制度(11)のような待遇改善につながる仕組みを導入することなど、現状の延長線上にない取組みを検討することも必要となる。ただし、これらの取組みは新たな財政負担を伴う。外国人を日本社会に受入れることは、日本語教師の問題だけでなく、行政サービスの多言語化や在留管理体制の整備など、あらゆる面で相応のインフラ投資が必要になることを意味する。それらの社会コストを「誰が負担すべきか」という問題には、まだ明確なコンセンサスが形成されていない。公費で負担すべきだとする意見がある一方で、外国人本人に負担を求めるべきだとする意見や外国人を受入れる事業主や業界が負担すべきだとする意見もあり、見方は分かれている(図表7)。海外の事例では、公費による負担が主流と見られるが、中には台湾やシンガポールのように事業主が一部を負担しているケースもある。両国には、外国人労働者の雇用に対して一定額の支払いを義務付けた外国人雇用税制度があり、その税収は外国人労働者の増加に伴って生じる行政コストや国内の失業対策などに充てられている。同制度は、外国人労働者の受入れを制御するメカニズムとしても機能していることから、技能試験や受入れ上限の設定によって量と質を同時に管理しようという日本の制度とは異なっている。しかし、目的税を徴収することで財源を手当てしている点は参考になるかもしれない。
台湾では、一般製造業労働者に2,000台湾ドル/月・人(約7,020円(12))、一般建築業建設労働者に1,900台湾ドル/月・人(約6,669円)、家事サービス労働者に5,000台湾ドル/月・人(約17,550円)の支払いが事業主に義務付けられている。仮に、日本で外国人労働者1人あたり7,000円/月の支払いが一律に義務付けられた場合、2017年度には約1,075億円の財源が生じたことになる。これは、2017年度に支給された教育訓練給付87.4億円や、法務省が入国在留管理庁の新設に伴って請求した予算588億円などと比べても大きな金額である。この財源が共生社会実現のための目的税として使用されれば、外国人労働者の増加による国民負担や財政負担は大きく抑制される。ただし、事業主の負担はこの制度を導入することで増すことになる。事業主が外国人労働者の雇用によって得られる受益とそれに伴って支払う負担のバランスが取れていなければ、労働コストの上昇が企業の競争力を低下させ、供給制約も解消されないまま、経済が停滞しかねない。また、外国人労働者の半数以上は中小企業で雇用されていることから、経営上の負担感も大きくなるだろう。
いずれにしても、外国人の受入れで社会コストの発生は避けられない。それをどのように負担すべきか、さまざまな意見を踏まえて考える必要がある。
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(11)介護職員処遇改善加算制度とは、事業者が特定の要件を満たすことで介護職員の給与に対して国から一定の給付が得られるシステムのこと。加算はⅠ~Ⅴの全5区分から構成されており、取得要件の難易度に応じて1人あたり月額1.2万円~3.7万円が支給される。
(12)為替換算レートは1月7日時点(1台湾ドル=3.51円)
求められるリカレント教育
●日本語教師の資格取得
政府は、今般の外国人労働者の受入れ拡大に備えて、日本語教師のスキルを証明する新たな資格を整備する方針を固めた。判定試験や教育実習を課すのが柱。詳細については2019年度中に制度設計を始めるとしていることから現時点では判然としないものの、司法試験や公認会計士試験のような難関資格と位置づけられることはないと見られる。既に複数の資格取得ルートから人材が輩出されているうえ、日本語教師はある程度スピード感を持って供給していく必要がある。難易度の高い試験を課して受験者を振るい落とすというよりも、教員の養成や研修カリキュラムの整備を通じて教員の質を担保していくことに主眼が置かれるだろう。高齢者にとってのハードルは、それほど高くはならないと見られる。
検討中の資格要件については不明であるが、現状では、次のいずれかの要件を満たすことを求められることが多いようだ。
【資格要件】
[1] 日本語教師養成講座420時間修了者、もしくは、日本語教育・研究業務に1年以上従事した者
[2] 公益財団法人日本国際教育支援協会が実施する日本語教育能力検定試験の合格者
[3] 4年制大学において大学日本語教育課程を主専攻して修了した者(日本語教育科目45単位以)、もしくは、副専攻して修了した者(日本語教育科目26単位以上)
[4] その他[1~3]に掲げる者と同等以上の能力があると認められる者
●学び直しの支援策
高齢者が日本語教師として働くためには、多くの場合で学び直しが必要となる。これは一般に「リカレント教育」と言われるものであり、人生100年時代を生きるうえで重要とされる。
リカレント教育を受ける際に有用な制度としては「教育訓練給付制度」がある。この制度は、1998年に雇用の安定と再就職の促進を図る目的で創設され、その後、拡充されて雇用者の中長期的なキャリア形成に資する教育訓練にも支給されるようになった制度である。前者は「一般教育訓練給付」に分類され、雇用保険の被保険者期間が3年以上(初回は1年以上)であるなど一定要件を満たす者に対して、教育訓練の受講終了後に費用の20%(年間上限10万円)が支給される。後者は「専門実践教育訓練給付」に分類され、雇用保険の被保険者期間が3年以上(初回は2年以上)であるなど一定要件を満たす者に対して、6ヶ月ごとに受講費用の50%(年間上限40万円)、訓練終了後1年以内の資格取得および就職で受講費用の20%(年間上限16万円)が更に支給される。2022年3月末までの期間は、受講者が初回受講で受講開始時の年齢が45歳未満であるなど一定の要件を満たせば、2ヶ月ごとに基本手当日額の80%が支給されるという時限措置も設けられている。
日本語養成講座の場合には、前者の「一般教育訓練給付」が該当する。受講者は最大10万円の給付を受け取れる可能性はあるが、受給要件に離職(の日の翌日)から受講開始日まで1年以内という期間の定めがあるため、退職後しばらく経ってから受講した場合には対象外となる。高齢者にとっては、使い勝手の良い制度とは必ずしも言えないかもしれない。今後、人手不足の深刻化や健康寿命の延伸によって高齢者の労働参加を推進していくのであれば、それに対応した給付要件の見直しや日本語教育への特別の支援なども検討していく必要があるだろう。
おわりに
外国人への日本語教育は共生社会の実現に向けた最優先課題である。本稿では、高齢者活躍に着目して日本語教育の基盤強化を考えてきたが、実際には一筋縄で進む話ではないだろう。日本語教育のボランティア依存からの脱却、日本語教育の質的向上、そのための制度的サポートや負担分担に関するコンセンサスの形成など、解決していくべき課題は多い。一方で、外国人の流入増が見込まれる在留資格制度の運用は始まっており、迅速な対応が求められてもいる。現在では、法改正が終わったこともあって入国管理法改正案が国会で審議されていたときほどの関心を集めていないが、社会の安定に関わる問題だけに、これからも腰を据えて取り組んでいく必要がある。
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鈴木智也(すずき ともや)
ニッセイ基礎研究所 総合政策研究部 研究員・経済研究部兼任
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