(本記事は、田村 秀氏の著書『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)

東京,夜景
(画像=PIXTA)

「注目されそうな都道府県」の1位は東京、2位は?

いくらなんでも精度が低いと言わざるをえないのが、都道府県イメージ調査「2016年注目都道府県」です。これは、いえ・まち・くらしの情報サイト「at home VOX」が、全国四七都道府県出身の20〜50代男女1457名を対象に、「2016年に注目されそうな都道府県」についてアンケートを実施したものです。

ここでは、2016年に注目されそうな都道府県1位には東京都が、2位には三重県が挙げられ、その理由は東京オリンピックや伊勢志摩サミットの開催となっています。また、10位に鳥取県、14位に埼玉県、24位に茨城県となり、最下位の47位は佐賀県という結果でした。

一見すると対象者が1500人近くと、新聞社やテレビ局で実施されている世論調査と同規模で行われていますが、これはインターネットモニターによる投票であり、無作為抽出でもないので、世論調査の名に値しないのは明らかです。しかも、どの都道府県も対象者が31人となっています。人口比は全く無視して都道府県代表というイメージで調査を行ったのかもしれませんが、これは先に述べた厚生労働省のアンケートと同様の問題があります。仮に人口比で割り戻したら、どのような結果になったことでしょうか。

ちなみに1位の東京都は、18.2%とダントツで、これは人数にすると265人となります。理由には、「オリンピックに向けて、何かと注目されそう」「常に注目されている」などが挙げられていますが、仮に無作為抽出で実施しても人口が多いだけに、東京都が1位になる可能性は高いかもしれません。2位の三重県は7.8%で114人、理由の大半は「伊勢志摩サミットが開催されるから」ですが、これもおそらくは無作為抽出で実施してもこの年には上位にはランクインしていたでしょう。3位の北海道は7.6%で110人、4位は大阪府の7.5%で109人、5位は沖縄県の7.4%で108人と、三重県との差はわずかです。

この調査は2017年にも行われていますが、そこでは東京都が31.0%とダントツのトップとなり、次いで北海道、沖縄県、京都府、大阪府と続きますが、三重県がトップ10から転落しています。結局、伊勢志摩サミット効果は1年しか続かなかったとも言えますが、他県の順位変動も大きく、残念ながら客観的な調査とは言いがたいものになっています。

「注目されそうな都道府県」という見出しは、多くの人の関心を集めやすいものとなっていますが、内容がともなわなかったためなのか、2018年以降は実施されていません。

転職者の八割がリクナビNEXTを利用!?

「転職者の約8割が利用 リクナビNEXT」

山手線などの車内でよく見かけるこの広告、転職に関心がない人でも都内に通勤するサラリーマンで知らない人はいないのではないでしょうか。リクナビはリクルートグループが提供する就職ポータルサイトで、このうちリクナビNEXTは社会人の転職者・中途採用者向けの就職サイトです。

このデータの出所は、マクロミル社による正社員転職者の実態調査とされています。具体的には、「正社員転職者の実態調査2013年2月実施(インターネットによる2012年に転職した正社員転職者へのアンケート調査:調査機関マクロミル)」と書かれています。

この見出しを読むと、転職した人の約八割は就職サイトのリクナビNEXTを使って今の会社に移ったのか、そうか、これだけ多くの人がリクナビNEXTを通じて転職しているのであれば、私も転職するならリクナビNEXTを使おう、と思う人も少なくないでしょう。

果たしてこの約八割というデータの信ぴょう性は、どうでしょうか。これもインターネットによるアンケート調査なので無作為抽出ではなく、あくまでマクロミルに「わざわざ」登録したユーザーの中から対象者が選ばれていることに留意する必要があります。マクロミル社のホームページでは公表されていないので、どのように対象者を選んだのか、どのような質問項目であったかについては、想像するしかありません。

ただ、ここでは転職者といっても、インターネットの転職サイトを使って実際に転職した人が母集団となるのは明らかです。見出しだけを読むと、ハローワーク経由なども含めたすべての転職者と考える人も少なくないでしょうが、約八割が特定の転職サイトを使って転職したということは考えにくいものです。勝手に転職者=すべての転職者と定義を広げてはいけません。

また、ここではあくまで「利用」となっています。実際、リクナビNEXTの広告の中では、「事実、民間の転職サイト経由で転職した人のリクナビNEXT会員は76%」と明確に書かれていたものもあります。「利用」というのは、あくまでリクナビNEXTの会員が約八割ということで、これらの人々が転職の際にリクナビNEXTを使ったとは限りません。しかも、この注意書きは字が小さ過ぎてほとんど読めないものです。

結局のところ、多くの人は少ない情報量しか出ていない見出しの内容について、勝手に拡大解釈してしまっているのです。これはリクナビNEXTが上手に見出しを作ったとも言えるかもしれませんが、情報の受け手である我々はこのような見出しを鵜呑みにしてはいけませんし、時には面倒だと思っても小さな字で書かれている注意書きをしっかりと読むことが必要です。これは契約書や保険の約款(やっかん)などでも言えることです。

いずれにしても、インターネット・アンケートは無作為性を旨とした世論調査とは異なるということを、胆に銘じておく必要はあります。もちろん、市場調査の分野では役に立つことも少なくないのですが、必ずしも一般的な声とはならないということ、特に意見の相違が鮮明に出るようなテーマや現状に対する満足度などに関する調査では、世論調査とは大きく異なりうる結果になる傾向があることは、理解しておかなければなりません。

満室経営,購入前,調査
(画像=(写真=ユニバーサルトラスト編集部))

ごく一部の特定の声が「民意」になってしまう!?

アンケートというものがすべて客観的に実施されていると思ってはいけません。特定の層の動員を招く、あるいはわざわざ動員して結果を捻(ね)じ曲げているようなものは枚挙に暇(いとま)がないのが現実です。もちろん、各種の団体などがそれぞれの構成メンバーやシンパに呼びかけて動員をかけることを禁じる術(すべ)はなく、また、表現の自由や結社の自由などの観点から、禁じるべきではないと強く主張する声もあります。

しかし、そのようなまさにダメアンケートとも言うべきものを、あたかも世論調査のようなまともなものとしてマスコミが取り上げるのは、まさに世論操作を行っているとしか言いようがありません。実際、このような世論操作のためにダメアンケートがもっともらしく取り上げられるケースは依然として多いです。

例えば共同通信は、「安保法案『反対』が95%超 大阪、2000人が市民投票」という記事を報じています。


国会審議中の安全保障関連法案に対する賛否を問う「市民投票」を大阪市の市民団体が実施し、開票結果が12日、発表された。投票総数2516票のうち、反対が2409票で95%超に上った。賛成は4%弱の92票で、残る15票は無効だった。投票は「平和と民主主義をともにつくる会・大阪」が主催し、12日に大阪市内で開いた集会で結果を報告した。安倍晋三首相や国会にも文書で届ける予定という。3日間の「期日前投票」のほか、4〜11日の8日間、大阪市内に投票箱を設置して年齢や国籍を問わずに参加を呼びかけ、賛成の場合は「〇」、反対なら「×」を書いてもらう方式で実施した。

(「共同通信」2015年7月12日配信より)

安全保障関連法案については、国民の中でも意見がはっきりと分かれたことは記憶に新しいかと思います。この市民団体は関連法案には反対の立場だったので、当然のことながら支援者がこぞって投票し、このような極端な結果になったのでしょう。その意味では、「市民」と言っても特定の意見を強く主張する人々の声が集約されていると言えます。

あるいはこの法案に賛成の団体が同様のアンケートを行えば、正反対の結論になったかもしれません。それを新聞などが取り上げれば同様の問題が生じます。

繰り返しになってしまいますが、このような投票やアンケートは様々な動員を招く可能性が極めて高いということは、胆に銘じておくべきです。「偏った」アンケートを積極的に取り上げるマスコミにこそ、特定の意図があると言わざるをえないのではないでしょうか。

禁煙条例制定をJTが妨害した!?

何も動員をかけるのは市民団体だけではありません。企業、それも一定の公益性が高いと思われるようなところでも、組織の存続に関わるようであれば、なりふり構わずやってしまうことがあります。

神奈川県の喫煙に関する条例制定に対して、JTが動員をかけたことが問題となったケースがあります。読売新聞は次のように報じていました。


神奈川県が、公共の場所を全面禁煙にする全国初となる条例の制定について賛否を問うインターネット・アンケートで、日本たばこ産業(JT、東京都港区)が社員を動員し反対の〝投票〟をさせていたことが14日、わかった。先月26日の締め切り直前に、反対が賛成を逆転。県はネットを使わずアンケートをやり直す。JTは「社員に回答の協力を依頼した」と動員を認め、「条例が成立すれば、ほかの自治体に波及する恐れがあった」としている。アンケートは昨年12月27日〜1月26日、県のホームページ上で実施。受動喫煙防止に関する設問の中で、「条例で公共の場所の喫煙を規制すること」について、「賛成」「反対」を聞い。1月20日頃までは賛成が反対を大幅に上回っていたが、締め切り2日前になって逆転した。回答は4047人から寄せられた。

(「読売新聞」2007年2月15日付より)

神奈川県の対応は、受動喫煙対策を強化するためのものです。健康増進法が制定され、世界的に公共の場所での全面禁煙の動きが進む中、なかなか対応が進まない国にしびれを切らして県が先進的な取り組みを進めようとしていたのを、JTが組織的に妨害したのでした。本来であれば神奈川県は、JTを威力業務妨害で告訴すべきではなかったかとも思われます。

またどういうわけか、マスコミ各紙はこの件について、あまり大きく紙面を割いていませんでした。もし、これが新聞や系列の週刊誌の広告主としてJTが名を連ねていることが影響した結果であれば、マスコミの自殺行為ではないでしょうか。それともJTに関しては手ぬるいのは、依然として新聞記者の多くが愛煙家だからなのでしょうか。

以前は国営企業として三公社の一角を担い、民営化されてもそれなりの公益性があるということで国から優遇されている面も少なくないだけに、JTの行いは決して許されるべきものではないと思います。

とは言うものの、動員が本当にJTだけだったのかもわかりません。先の記事では1月20日ごろまでは賛成が反対を大幅に上回っていたとされていました。もしかすると嫌煙団体などが中心となって、賛成票を投じるための動員があった可能性もあります。その動きをJTが察知して慌てて動員したため、例えばメールの発信元から、すぐにJTだとバレてしまうお粗末な取り組みになってしまったとも考えられます。

このような賛成、反対の両方の勢力が動員をかけることは、決して珍しいことではありません。いわゆる国民参加型の会議や調査では、扱う問題に対して激しい意見の対立がある場合に、このような動員が様々な形で起こりえます。そしてこのことを主催者だけでなく、我々もしっかりと認識しておいたほうがよさそうです。

データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む
田村 秀
1962年生まれ。北海道出身。東京大学工学部卒。博士(学術)。自治省、香川県企画調整課長、三重県財政課長、東京大学教養学部客員助教授、新潟大学法学部教授・学部長を経て、長野県立大学グローバルマネジメント学部教授(公共経営コース長)。専門は行政学、地方自治、公共政策。著書多数。

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