(本記事は、田村 秀氏の著書『データ・リテラシーの鍛え方 “思い込み”で社会が歪む』イースト・プレスの中から一部を抜粋・編集しています)
世界大学ランキングによって政策が動く!?
国の政策を変えるといえば、イギリスなど各国の機関が実施する世界の大学ランキングの影響は、私のような大学にいる立場からすれば無視できない存在です。文部科学省は世界ランキングの上位に入る日本の大学数を増やすことを目標に、大学政策に関しても予算の傾斜配分を行うなど、大きく方針を変えようとしています。特にアジアにおける地位の低下に危機感を強く抱き、ランキング上位校への重点的な支援を始めています。
具体的には、「日本再興戦略2016」の中で、イノベーション政策のKPI(重要業績評価指標)として、今後10年間で世界大学ランキングトップ100に10校以上入ることを目指すとしています。この時点ではTimes Higher Education誌(以下「THE誌」)のランキングでは2校、Quacquarelli Symonds 社のランキングでは5校、上海交通大学のランキングでは4校と目標を大きく下回っています。2018年から2019年にかけて発表されたランキングの主な結果をまとめたのが下図です。
主な世界大学ランキングの順位
これらのランキングでは、いくつかの分野ごとに評価のウエイトを定めて得点を総合化して比較しています。例えばTHE誌のランキングでは、「教育」「研究」「引用された論文数」がそれぞれ30%となっていて、「国際性」7.5%、「産業界からの収入」2.5%となっています。このうち、「教育」「研究」に関しては、外部教員などの有識者のアンケート結果で得点化されていますが、その有識者の国籍が英米圏に偏っていますし、「引用された論文」を見ると、英語によるものがほとんどとなっています。また、「教員一人当たりの学生数」が日本は多く、特に学生数の多い私大はきめの細かな指導ができないと見なされ、相当程度不利となります。外国人教員や留学生の割合に関しては、オーストラリアのように移民に寛容な国の大学は有利となっているという特徴も見られます。
結局のところ、実際の教育・研究水準が客観的に高いか低いかというよりも、いわゆるグローバル化が進んでいるかどうかが、ランキング上位になるかならないかの分かれ道になっているのです。その意味では、世界の大学ランキングはかなり主観的な順位づけと言えるでしょう。実態としては、「グローバル大学ランキング」です。単純に外国人教員や留学生だけを増やしても、真の意味での大学の水準が上がることはないのではないでしょうか。
しかしながら、文部科学省は世界的な大学ランキングの結果を踏まえ、外国人教員の積極的採用による外国人教員比率の向上や、留学生受け入れ数の増加を、ランキング上昇戦略として位置づけています。この結果、JREC-INと呼ばれる研究者人材データベースを見ると、研究職に関する求職・求人情報提供サイトに英語で登録されているものが、日本語による件数の二割近くにまで増えています。また、留学生を呼び込むための手厚い奨学金制度を設けたり、海外に教員が出向いて面接を行ったりする大学も増えています。
グローバルシフトで大学が歪む!?
今の大学は流行に一気呵成(いつきかせい)にシフトしてしまい、全体として教育のバランスが崩れてしまっているのではないでしょうか。拙速なグローバル化への対応で、教育の様々な部分が中途半端になっていると感じるのは私だけではないはずです。
世界大学ランキングの中で、東大や京大などのトップ校ですら順位を下げ、特にグローバル化の面でアジアの大学にも劣っていると指摘され、文部科学省は2012年にグローバル人材育成推進事業を行い、42の大学を採択して重点的な予算配分を行いました。
2014年には、さらに重点支援を行うスーパーグローバル大学として、37校を指定して同様に予算の重点的な配分を行っています。これらの大学では、英語教育に重点を置くようになっています。文部科学省の主導で英語教育重視の風潮がもてはやされ、事業採択されなかった大学も基本的に同じ方向に向かって走り出しています。
英語をはじめとする語学教育の特徴の一つに、少人数で実施されるということがあります。このことは大学組織の側からすれば、必要な科目数を提供するために、多くの教員数を確保する必要があるということになります。しかも必修単位数も多くなると、教員の確保に各大学とも必死で取り組むことになります。
1990年代の教養部解体時から、すでに英文学の教員が語学をかけ持ちするケースが増えましたが、常勤の教員数を増やすことは人件費などの面で容易ではないこともあって、ますます非常勤という非正規雇用を数多く生むようになっています。こうなると、大都市部の大学では、むしろ語学教育自体を語学学校に丸投げしたほうが楽、ということになっていくのかもしれません。
職員に関しても、留学などグローバル化に対応するための専任職員を採用するケースが増えていますが、教員と同じく職員総数は簡単に増やせない中で、やりくりに苦労するところも少なくないようです。
人の面だけではありません。大学の予算についても、グローバル化に寄与することに関しては比較的優遇されても、他の分野については締めつけが厳しくなっているという声をよく聞きます。
あくまで参考程度にすべき大学ランキングに、過度な注目が集まったことを契機にして、大学はアンバランスな状況に陥っているのです。
国際競争力とは経営者の愛国心ランキング!?
国に関するランキングには、人口や面積、GDPといった一つの指標だけで比較のできる単純なものもあれば、生計費や国の安全性、国際競争力といった数多くの指標を使っているため、複雑でわかりにくいものもあります。
例えば国際競争力に関しては、ダボス会議を主催する世界経済フォーラムが1979年以降、毎年順位を公表しています。ちなみに日本は2014年、2015年とも144カ国中6位でした。その後、算定方法が変更され、2018年には5位となっています。
このランキングでは、インフラや教育、市場、技術力などの分野について一定の重みづけを行っていますが、用いているデータの多くは各国の企業の経営者に対するアンケート調査の結果です。そのため、「?」がつくような結果もいくつかあります。
各問とも一番好ましい場合は7点、一番好ましくない場合は1点として点数化され、各回答者の回答については、企業の規模や国の経済への貢献度などに応じてウエイトが補正されています。出典は少し古くなりますが、2008年の調査では、各国の評価が必ずしも適正とは思えないものがいくつも見られます(下図)。
犯罪や暴力に対するビジネスコストの多寡
例えば、「犯罪や暴力に対するビジネスコストの多寡」を聞く質問で、最もコストが少ないとされたのがシリアの6.7点で、これはアイスランドやフィンランド、ノルウェーをしのぐものでした。確かにその当時、中近東の中ではシリアは治安がよかったという声もあるようですが、その後は激しい戦闘状態が続き、世界経済が不安定化する要因の一つとなったのはあまりにも有名です。当時は国の弾圧によって治安が守られていたためで、独裁政権が崩壊する前のリビアも6位だったのは、なんとも皮肉な感じではあります。
日本が5点とインドやタイ、中国よりも低いということは、さらに驚きです。同じ五点にはベトナムやスペインが並んでいます。誰がどう考えても、これらの国よりも日本の治安が悪いというのは、おかしな話ではないでしょうか。確かに「体感治安」というものを考えると解釈の余地はあるかもしれませんが、インドやタイ、中国に比べると、人口当たり犯罪件数がはるかに少ないのは事実です。
要するにここでは、インドや中国の会社経営者が、インドや中国の状況をどのように見ているかという指標と、日本の会社経営者が日本の状況をどのように見ているかという指標を、単に比較しているだけなのです。日本の経営者は母国に対する評価が厳しく、インドや中国などはかなり甘めだということでしょう。
このように個別の指標を詳細に調べてみると、疑問に思えるものは他にもあります。結局のところ、ランキングを作る側の価値観に沿ったところほど、高く評価されるというだけのことです。国ごとの評価は簡単にはできないものですので、ランキングの絶対視は禁物です。
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