「日頃頑張ってくれている社員のために社員旅行を実施したい」と考える経営者は、ルールを正しく理解して企画しなければ思わぬ落とし穴にハマることもあるので注意が必要だ。社員旅行は実施方法を誤ると、従業員も会社も税金等の負担が増えてしまう。そのルールや、失敗例などを確認しよう。

「社員旅行」も経費として落とせる!社員旅行を実施する場合の注意点は?

経費
(画像=PIXTA)

前提として、経理処理において様々な「経費になる、ならない」が議論されているが、経理処理と税務を切り分けて考えるべきである。会社として必要と判断したのであれば、経理処理上の経費とすることは問題がない(私的な旅行や不正な旅行はもちろん除く)。主に問題になるのは、税務上の扱いということになる。

さて、会社の意思決定で旅行を実施しているのであれば、経理処理は福利厚生費等の経費処理でよいと考えられる。仕訳は以下のようになる。

(借方)/(貸方)
福利厚生費 100,000円 / 現預金 100,000円

一見何の論点もないように感じるかもしれないが、実は税務上において注意すべき事項がある。社員旅行が実質的な給与として所得税が課税されることがあるのである。たとえば賞与が30万円支給されようとするとき、現金で受け取る場合と、社員旅行という名目で30万円分自由に旅行ができる権利がプレゼントされる場合で所得税の課税が異なるのは、同じ税金を払う能力がある者には同じ税金を課すべきという「租税公平主義」に反する。実質で判断されるべきである。

福利厚生費は、原則的には給与となり、所得税が課される。所得税法第36条においては、給与以外の名目の金銭や無償の便益等の供与を受けた場合でも、課税の対象となることが規定されているためである。ただ、以下の非現金給与は金銭給与とは異なった取扱いが定められている。

  • 職務の性質上欠くことができず、業務遂行上の必要から支給されるもの
  • 換金性に欠けるもの
  • 評価が困難なもの
  • 受給者側に物品などの選択の余地がないもの

国税庁HP

社員旅行については、具体的に国税庁から通達が出ており、事業主や会社が従業員のために「社会通念上一般的に行われていると認められる会食、旅行、演芸会、運動会等の行事の費用を負担」した場合、参加できなかった役員や従業員に対し「その参加に代えて金銭を支給する場合(中略)を除き、課税しなくて差し支えない」とある。社員旅行が上記の4点に該当する場合は課税しないということである。

https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/03.htm

さらに、税務においては少額不追求という考え方があり、少額なものまで追求して課税しない場合があるとされている。これに照らして、役員や従業員が社員旅行によって享受する経済的利益が少額と考えられる場合は、所得税が課されないと考えられる。

詳しい条件について以下にみていこう。

前提となる福利厚生費、3つの考え方

福利厚生費として考えられる条件には以下の3つがある。

1.広義の人件費の一部である

福利厚生費は、従業員に対する非金銭報酬であり、従業員の士気を上げたり、生産性を高めたり、勤労の満足度を上げて定着率を高めたりするために支出する費用である。社会保険料等の法定費用は法定福利費とし、福利厚生費からは除かれる。

2.従業員に等しく与えられるものである

福利厚生を受ける機会は、従業員が平等に持つべきとされる。一部の従業員や、役員のみを対象とするような福利厚生費は、実質的に給与とされる可能性がある。

3.社会通念上、一般的といえる範囲である

福利厚生について、会社負担額が著しく高額であったり、あまりにも長期にわたったりする場合は、社会通念上一般的な福利厚生の範囲を超えていると考えられる。

「社員旅行」が経費として落とせる3つの条件とは?

ではここからは実際に「社員旅行」が福利厚生費として落とすための3つの条件を見ていこう。

1.4泊5日以内の旅行であること

国税庁のホームページにて、社員旅行を非課税とする基準が記載されている。まず1つ目に旅行日程について明示されており、「旅行の期間が4泊5日以内であること」となっている。海外旅行の場合には、「外国での滞在日数が4泊5日以内であること」となっており、4泊6日でも場合によっては条件を満たすとされている。この日程をどのように確認するかというと、旅程表を保管しておき、税務調査の際に調査官に見せるなどするケースが多い。旅程表は保管しておくことが必要である。

2.旅行に参加した人数が全体の人数の50%以上であること

次の条件は、「旅行に参加した人数が全体の人数の50%以上であること」となっている。役員や一部の従業員だけを対象とする場合は、給与として課税されることになる。参加率が50%以上であることを証明するには、旅行時点での社員名簿と参加の可否を記載したリストを用意しておくとわかりやすい。

工場や支店ごとに旅行を企画して実施する場合は、それぞれの職場ごとの人数の50%以上が参加することが必要となっている。逆に言えば、全社単位で判定する必要はなく、職場単位で柔軟に企画し実施することが認められていると言える。

なお、これはいわゆる慰安としての社員旅行を前提としており、たとえば役員のみで事業計画を練る等の目的で合宿をした場合などは、参加率が50%を下回ったとしても、内容が実態を伴っているのであれば給与とされないと考えられている。

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2603.htm

3.会社負担額が少額であること

少額不追求という考えをとるからには、上記の要件だけではなく、会社負担額が少額かどうかも条件になる。少額の金額基準は明示されていないが、いくつかの裁判において、金額の例示がある。国税不服審判所の平成22年12月17日裁決においては、海外旅行の会社負担額のアンケートを参考にしつつ、金額の多寡によって給与として所得税を課すべきか否かの判断をしている。

当該アンケートによると、海外旅行の会社負担額の平均は、平成11年7月が69,089円、平成16年3月が74,000円、平成21年12月が56,889円となっている。

これに照らして、会社が「負担した従業員一人当たりの旅行費用の額241,300円は、(中略)多額なものであるから、少額不追求の観点から、強いて課税しないとして取り扱うべき根拠はないものといわざるを得ない。したがって、本件旅行については、その実施日程が2泊3日で従業員のほぼ全員が参加しているとしても社会通念上一般的に行われているレクリエーション行事の範囲内と認めることはできない。」とされた。24万円は多額として、所得税が課されている。

http://www.kfs.go.jp/service/JP/81/08/index.html

ここでは旅費総額についてではなく、会社が負担し従業員に与えた経済的利益の金額をみる。たとえば一人あたり旅費が上記の例より多い25万円でも、社員の自己負担が20万円、会社負担が5万円であれば、経済的利益は5万円であると考えるため、判断が変わる可能性がある。

国税庁の例示

国税庁ホームページにおいては、事例が3つあり、それぞれ課税か非課税かが判定されている。

事例1 福利厚生費として「非課税」
イ 旅行期間3泊4日
ロ 費用及び負担状況 旅行費用15万円(内使用者負担7万円)
ハ 参加割合100%
→会社負担が7万円の場合は少額と判断される可能性が高いことがわかる。

事例2 福利厚生費として「非課税」
イ 旅行期間4泊5日
ロ 費用及び負担状況 旅行費用25万円(内使用者負担10万円)
ハ 参加割合100%
→会社負担が10万円でも少額と判断される可能性が高いことがわかる。

事例3 福利厚生費ではなく給与として「課税」
イ 旅行期間5泊6日
ロ 費用及び負担状況 旅行費用30万円(内使用者負担15万円)
ハ 参加割合50%
→3つの条件を満たさないため、課税されるものとされている。

3つ条件をすべて満たしても給与として課税された事例

では3つの条件を満たせば給与として課税されないかというと、そうでもないことがわかる裁判例がある。この裁判においては、

  • 日程は2泊3日以内
  • 参加率は明示がないが、会社が指示して強制的に参加させていたこと
  • 会社負担は1万円から4万4,000円の間
    が前提となっている。

しかし、その社員旅行の実態を確認すると、条件を満たした社員旅行とは言えないのではないかと博多税務署長は主張する。

その結果、
「本件社員旅行は原告(会社)の指示に基づいて行われてはいるものの、従業員等各人が自由に計画しているから、従業員等が希望しない福利厚生行事に参加せざるを得ない状況ではない。また、(中略)従業員等各人が休日を利用して個々に実施している。さらに、当該補助の対象には、旅行の主要な経費である交通費、宿泊代等のほかに、遊園地等の入園料、フリーパス券、食事代等およそ旅行に係るすべての費用がその範囲に含まれている。したがって、本件社員旅行が社会通念上一般的に行われているものと認められる範囲内の福利厚生行事と同程度のものとはいえない。」とし、会社側の主張を退ける結果となった。

福岡地方裁判所 源泉所得税納税告知処分等取消請求事件

つまり、形式で判断されるのではなく、実態を総合的に勘案して判断されると考えておくとよいだろう。

給与として課税されたらどうなる?

給与として課税された場合は、従業員としては税金の負担が増えることになる。会社としては、給与計算をやり直し、それに伴って所得税の源泉徴収額が不足するため、従業員から税金を徴収して国に納付する必要が発生する。また、この手続きは本来社員旅行に行った時点で実施すべきものだが、これをタイムリーに実施しなかったペナルティとして、税額の10%の加算税と、利息相当の延滞税が課されることになる。

「社員旅行」が経費として落とせない(福利厚生にならない)パターンは?

実際に「社員旅行」が経費として落とせない場合もある。以下の4つの場合は注意が必要だ。

1.不参加の従業員に旅費分を金銭で支給

そもそも所得税には、参加に代えて金銭を支給する場合を除いて課税しない、と規定されている。つまり、不参加者の役員や社員に金銭を提供している場合は、福利厚生ではなく給与となる。このとき、金銭を受領した役員や社員のみが課税されるのではなく、その社員旅行全体が給与とみなされることになる点に注意が必要である。

2.上記の3条件を満たさない

4泊5日以内、参加率50%以上、少額、という3つの条件を満たさない社員旅行は福利厚生費ではなく、役員や社員への給与として扱われることとなる。つまり、日程が5泊以上であったり、参加者が50%未満であったり、会社負担額が多額になったりした場合である。いずれか1つでも要件を満たさない場合は、給与として課税される可能性が高い。

3.会社役員のみが参加する社員旅行

会社役員のみが参加する慰安旅行の場合は、福利厚生費にはならない。これは従業員の慰安のためという社員旅行の目的から逸脱するものであり、福利厚生費にはならず、給与として課税することを国税庁のタックスアンサーにて明示している。

https://www.nta.go.jp/m/taxanswer/2603.htm

4.取引先の接待

社員旅行に取引先を同伴させるなど、社外の人間が参加した場合は、福利厚生費にはならない。役員や社員のためにおこなうものについて、一定の条件の費用を福利厚生費とするため、社外の参加者の分については交際費として処理する。なお、交際費の場合は一部が税金計算上の費用にできないことがある。

給与として扱う場合の仕訳

給与として扱う場合は、さきに示した仕訳のように福利厚生費として処理し、給与計算の際に上乗せして計算するか、以下のようになる。

(借方)/(貸方)
給与手当 100,000円 / 現金預金 100,000円

経費として落とせる?落とせない? パスポート代などは?

旅費のほか、社員旅行に付随する費用は会社の経費になるのだろうか。

パスポート代

社員旅行で海外に行く場合に、有効なパスポートが手元にない場合がある。パスポートの発行や更新の料金については、個人負担の場合もあるし、会社が負担してくれることもあるだろう。会計と税務で扱いが異なる。

経理処理としては、会社が従業員のために負担すると決めたのであれば経費として差し支えない。福利厚生費なり租税公課なり、会社の方針に合わせて処理すべきである。このとき、従業員間で不公平な扱いにならないよう、条件を定めて規則等に記載しておくことが望ましい。

税務上の取り扱いは、給与として扱うことが妥当である。たとえ福利厚生費としての社員旅行に参加するためとはいっても、パスポート代が「業務遂行上の必要から支給される」ものとは考えにくい。また、社員旅行という「行事の費用」を負担するものかという観点においても、パスポートは5年以上の長期にわたって個人に帰属するものであり、社員旅行の費用と切り分けて考えることができると言える。

なお、業務命令による海外出張のために必要となるパスポートについては、業務遂行上の必要から支給するものであり、経理処理上はもちろん、税務上も給与課税する必要はないと考えられる。

家族同伴の社員旅行

社員旅行に従業員の家族が同伴した場合の扱いは明示がないが、福利厚生費は従業員のために支出するものであることから、非課税の福利厚生費ではなく、給与課税されると考えられる。これは、国税不服審判所の平成10年6月30日裁決が参考になる。

「従事員の家族が参加し、その旅行費用まで請求人(会社)がほとんど全額を負担していることを考慮すると、本件各旅行が社会通念上一般的に行われていると認められる範囲内の福利厚生行事と同程度のものとは認められない。」

「本件旅行参加者の家族に係る経済的な利益は、(中略)本件旅行参加者に帰属すると認められる。」

http://www.kfs.go.jp/service/JP/55/11/index.html

つまり、家族の参加費用を会社が負担することは社会通念上一般的ではないことと、同伴した家族ではなく従業員の給与として所得税が課されることが分かる。

ただし、業務上の必要で出張へ行く場合で、家族がどうしても同伴しなければならない事情がある場合、たとえば「自己が常時補佐を必要とする身体障害者であるため、補佐人を同伴する場合」などはその必要性が認められることもあり、これが社員旅行に適用できるかどうかは判断が待たれる。

半分が業務、半分が観光の出張

国税庁のタックスアンサーによると、私的な旅行は給与として課税されることになる。よって、業務と観光が半分ずつの出張について、全額会社負担となっているのであれば、観光の部分は給与課税となる。

ルールを正しく理解して適切な運用を

社員旅行はうまく実施すれば従業員がリフレッシュでき、業務に活かせる経験が得られ、社員同士の親睦が深まることが期待できる。一方で、実施方法を誤ると従業員の税金負担が増え、会社も事務手続きや加算税等の負担が増えることになる。社員旅行の費用対効果を最大にするためにも、ルールを正しく理解して運用することをおすすめしたい。(提供:THE OWNER

文・新井良平(スタートアップ企業経理・内部監査責任者)