経営者の年収はさまざまです。日本のランキングでいえば、ソフトバンクグループの孫正義社長や、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの柳井正社長などの名前が上位に登場します。一方で、世界から見ると日本の経営者の報酬額は低いともいわれます。また、日産自動車のカルロス・ゴーン前会長のように、高額の年収を受け取っているが故に、皮肉にも厳しい結末を迎えてしまうリスクもゼロではありません。それぞれがさまざまな運命を背負う経営者。ここではその年収について考えていきます。
経営者の年収ランキング 日本の首位はユニクロの柳井社長
上場企業の役員は1億円以上の役員報酬を得ている場合、そのことを有価証券報告書で開示することが義務付けられています。報道によりますと、2018年度の役員報酬と配当報酬を合計したものを「報酬」として算出すると、ユニクロの柳井社長とソフトバンクグループの孫社長の受取額が100億円を超えて、ランキングで1位と2位に入ります。
柳井社長の場合、役員報酬の額は4億円でしたが、配当収入が100億円を超えました。2位の孫社長も役員報酬は2億2,900万円と総額に占める割合は小さく、配当収入が100億円を上回りました。
そのほかの有名企業の経営者年収は以下のようになっています。
5位:前沢友作(ZOZO)……約28億円
15位:豊田章男(トヨタ自動車)……約14億円
24位:三木谷浩史(楽天)……約9億円超
28位:南場智子(ディー・エヌ・エー)……約9億円弱
前沢氏の場合の内訳は役員報酬が2億円弱で、配当収入が26億円超でした。
役員報酬のトップはソフトバンクグループのフィッシャー副会長
配当収入は考慮に入れず、役員報酬だけで見た場合、役員報酬が最も多かったのは、ソフトバンクグループのロナルド・フィッシャー副会長で32億6,600万円でした。
フィッシャー副会長は年収ランキングでも孫社長の次の3位につけています。年収ランキングで4位になった、セブン&アイ・ホールディングスの取締役ジョセフ・マイケル・デピント氏の役員報酬は約29億円で、受け取った役員報酬の金額としては2番目に高額でした。
柳井社長と孫社長の報酬が100億円超と頭ひとつ抜け出ていますが、見てきた通り、これは配当収入が大きく影響しています。とはいえ、役員報酬だけでも数億円を得ており、従業員の平均給与の何百倍もの金額を手にしている計算となります。
米国の報酬ランキング 首位は米テスラCEOの約23億ドル
それでは次に、米国のランキングを見てみましょう。米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は給料やボーナス、株式などを考慮に入れて2018年に最も高額の報酬を受け取った最高経営責任者(CEO)についてランキングを発表しています。
最も高額の報酬を受け取ったのは米電気自動車(EV)メーカーのイーロン・マスクCEOで、その金額は実に22億8,400万ドルに達しました。ただ、マスク氏のこの金額は、テスラが特定の目標を達成した際に段階的にストックオプションを獲得できるという、やや特殊な報酬体系からきたものです。
マスク氏を筆頭に上位10人は以下のようになっています。
2位:デービッド・ザスラフ(メディア大手・ディスカバリー)……1億2,900万ドル
3位:のニケシュ・アローラ(インターネットセキュリティー・パロアルトネットワークス)……1億2,500万ドル
4位:マーク・ハード(IT企業・オラクル)……1億800万ドル
5位:サフラ・カッツ(IT企業・オラクル)……1億800万ドル
6位:ジョン・レジャー(携帯キャリア・TモバイルUS)……6,700万ドル
7位:ロブ・アイガー(メディア大手・ウォルトディズニー)……6,600万ドル
8位:ジム・ヘプルマン(産業ソリューション・PTC)……5,000万ドル
9位:ファブリチオ・フリーダ(化粧品・エスティローダー)……4,800万ドル
10位:ヴィヴェック・シャー(ITサービス・J2グローバル)……4,500万ドル
S&P500のCEO、報酬額は従業員の287倍
米労働総同盟・産別会議(AFL-CIO)の調査によれば、2018年にS&P500企業のCEOは平均で約1,450万ドルの報酬を受け取っています。「1ドル=100円」として計算すると、S&P500企業のCEOは平均で約14億円超の報酬を得ていることになります。CEOの報酬と従業員の賃金の中央値とを比較すると、その割合は287対1となり、AFL-CIOはこうした役員と従業員との賃金の不均衡は問題があると懸念を表明しています。
AFL-CIOの試算によれば、テスラの従業員の賃金の中央値は5万6,163ドル。これをマスク氏の報酬額と比較すると、マスク氏は従業員の実に4万668倍の報酬を得ている計算になるそうです。
ちなみに、NYTの調査によれば、米自動車メーカー、ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラ氏の報酬額は2,200万ドル、フォード・モーターのジム・ハケット氏は1,800万ドルでした。
カルロス・ゴーン氏が陥った経営者の年収のワナ
巨額な役員報酬を隠したなどとされるゴーン前会長ですが、冒頭に紹介した日本の年収ランキングでは報酬額約16億円で12位に入っています。ゴーン前会長が今回の疑惑が出る前に公表していた役員報酬は長年にわたって10億円前後としていました。しかし、日産はその後、2014年3月期から2018年3月期までの報酬額について訂正しており、10億円前後の水準から2倍以上に増えました。
訂正後の報酬額は約22億円から約37億円の水準ですが、NYTのランキングや、GMのバーラ氏の2,200万ドルやフォードのハケット氏の1,800万ドルといった報酬額と比較すると、飛びぬけて高額というわけでもないようです。世界をマーケットに優秀な人材を集めようとすれば、それなりの報酬を提示することも必要となるでしょう。
例えば、一時期、ソフトバンクグループの孫社長の後継者とみられていたニケシュ・アローラ氏は2017年3月期に受け取った報酬は103億円でした。役員に対する年間の報酬額が100億円を上回ったのは国内企業では初めてだったとされます。
こうしたことを考慮すれば、日産自動車の立て直しのために海外から呼ばれたゴーン前会長にとって、重責に担うだけの報酬として、20億円や30億円という金額はある程度「当然のもの」という受け止め方をしていたのかもしれません。
コンプライアンスの観点からみた経営者の年収
コンプライアンスの観点からみて、経営者の年収はどのようなものであるべきなのでしょうか。「コンプライアンス」というと「法令順守」といった日本語があてられることが多いと思います。しかし、コンプライアンスといった場合、ただ単に法律や規則を守るということ以上の観点が必要です。
経営者の年収が従業員の何倍が適正なのかと具体的な数字を出すのは難しいところですが、会社が利益を上げているとしても、利益に対して役員報酬が高すぎれば従業員から不満の声も出るでしょう。
例えば、米国では、上場企業の役員の報酬について株主が賛否を問える「セイ・オン・ペイ」と呼ばれる制度が導入されています。2008年のリーマン・ショックの反省から、高額の報酬を得るための短期的な利益追求にくぎを刺す目的で導入されました。投票結果に拘束力はありませんが、高額な報酬を得る役員に対するプレッシャーになるとみられています。コンプライアンスの観点からいくと、社外からの説明を求める声に対しても納得してもらえる報酬額というものもあるのではないでしょうか。
また、適正な水準が明確でないという意味では、「好きな金額」を設定するということも可能といえます。経営者の報酬はある意味、経営者自身の哲学が反映される場でもあります。一般的な中小企業の経営者には現実的ではありませんが、例えば「報酬を受け取らない」ということも各人の行動規範や倫理観をもとにすればあり得るでしょう。
冒頭に紹介した孫社長は、2011年度から引退するまでのソフトバンクグループ代表としての報酬を全額寄付することを明らかにしています。寄付金は東日本大震災による遺児をはじめ、多くの遺児の支援に使われるそうです。
あるいは、海外のCEOをみると「1ドル・サラリー・クラブ」というような存在が知られています。文字通りCEOとして受け取る給与を1ドルの水準にとどめるというものです。
こうした取り組みで知られているのは、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ氏やツイッターのジャック・ドーシー氏、オラクル創業者のラリー・エリソン氏などです。すでに十分な資産があったり、自分が保有する株の価値を高めることが経営者の責任を果たすことだという考えだったりと取り組む理由はさまざまです。ボーナスやストックオプションを通じて収入を得ていたりするため、本当に1ドルで働いているわけではありませんが、仕事や給与に関する姿勢を示すという意味では面白い取り組みといえるでしょう。
あるいは、逆に、会社が傾かない限り、ほしいだけ報酬を受け取るという考え方もありそうです。中小企業の経営者のなかには、付き合いなどで会合に出てもその時の出費を経費として計上するのは心苦しいと思ったり、社内イベントなどでの経費をポケットマネーから出してあげたいと考えたりする人もいるでしょう。そうしたちょっとした出費に備えるためにも会社の利益を圧迫しない限りにおいて、ほしい額を受け取るというのも、それなりに筋の通った考え方といえるのではないでしょうか。
経営者は年収をどのように決めるべき?
では実際、中小企業の経営者は、どのくらいの役員報酬を手にしているのでしょうか。まずは民間の事業所における年間の給与の実態をみてみましょう。
国税庁の調査によれば、給与所得者の年間の平均給与は以下のようになっています。
全体平均:441万円
男性:545万円
女性:293万円
この調査では役員の報酬についても調査を行っています。
・資本金2,000万円未満の場合
男性:約694万円
女性:約393万円
・資本金2,000万円以上の場合
男性:約954万円
女性:約481万円
・資本金5,000万円以上の場合
男性:約1,215万円
女性:約518万円
・資本金1億円以上の場合
男性:約1,466万円
女性:約724万円
この調査の場合、「役員」として算出されるのは「法人の取締役、監査役、理事、監事等」で、純粋に「社長」だけではなかったりするなど純粋に経営者の年収を算出したとは言い難いところもありますが、こうした数字をみると、なんとなく「適正な」金額がみえてくるのではないでしょうか。
それでは、どのような点を考慮して報酬を決めればいいのか、もう少し具体的に考えてみましょう。
経営者の年収はリスクに備えた金額設定を
まず、当然のことながら、経営者といえども人間ですので、家族を含めて十分に生活していけるだけの金額は必要でしょう。日々の生活費に悩んでいては会社経営もままなりません。また、利益が出たら社員に分配するという考え方も悪くはありませんが、中小企業の経営者の場合、資金繰りの悪化など万が一の場合に備えた貯金も手元に残しておきたいものです。そうした場合の貯蓄も念頭において、ある程度の金額を報酬として受け取っておき、リスクに備えるという考え方も必要でしょう。
このようにある程度高額な報酬を受け取っていれば、経営状況が悪化して経費削減に取り組む場合、まず経営陣の報酬をカットしても、いきなり生活苦に陥るといったことにならずに済むでしょう。
役員報酬は法人税や所得税などとのバランスも考慮
次は財務上の観点です。役員報酬は基本的には損金として算入できるので、役員報酬を上げれば、それだけ会社の利益が少なくなり、逆に、役員報酬を下げれば利益が多くなります。経常利益が多いとそれだけ法人税が高くなるので、節税の観点から、会社の利益を役員報酬に回すという考え方もありかもしれません。
ただ、不当に高額な部分については損金に算入できない場合があり、不当に高額かどうかについての明確な基準もないため、ケースバイケースで考える必要が出てきます。また役員報酬が増えれば、所得税や住民税もあがります。こうした部分は専門知識が必要なので、全体的なバランスを念頭に、税理士などに相談するのがいいでしょう。
最後は経営者自身の決断で
経営者の年収については、百人いれば百通りの考え方が出てくるでしょう。控え目にしてより多くの金額を企業に残すのか、相応の額を受け取って社員に夢を与えるという考え方もあるでしょう。必ずしも「適正価格」があるわけではありません。ならば、事業や収益、経営戦略、そして経営者の考え方を反映させた自分なりの「正解」を導きだすのも経営者としての力量といえるかもしれません。(提供:THE OWNER)