3月短観予測:新型コロナの影響で景況感は大幅に悪化、設備投資計画も慎重化
●新型コロナの影響が顕在化
4月1日に公表される日銀短観3月調査では、新型コロナウィルス感染拡大の影響により、注目度の高い大企業製造業の業況判断D.I.が▲10と前回12月調査から10ポイント低下し、景況感の大幅な悪化が示されると予想する。この結果、景況感の悪化は5四半期連続ということになる。また、大企業非製造業の業況判断D.I.も12と前回から8ポイント低下し、3四半期連続で景況感が悪化すると見込んでいる。
前回12月調査では、米中貿易摩擦等に伴う海外経済の減速が続くなか、消費増税に伴う駆け込み需要の反動減と大型台風の影響もあり、大企業製造業(業況判断DIが5ポイント低下)をはじめ景況感に幅広い悪化がみられた(図表2)。
その後、米中の「第1段階の合意」署名や英国の合意なきEU離脱回避など一部明るい動きもあったが、1月下旬からは新型コロナウィルスの感染拡大によって、内外経済が急速に悪化している。
当初は主に中国での感染拡大とそれに伴う人の移動や物流の制限、生産停止が問題であったが、2月以降はわが国も含む世界各地で感染が拡大したことで、各国でイベント・外出自粛や国際的な移動制限措置が取られ、問題がますます深刻化している。
日本経済への影響としては、(1)新型コロナ対策に伴う海外経済減速による輸出の減少、(2)主に中国を起点とする供給網の寸断、(3)渡航制限による訪日客の急減、(4)政府の要請に伴う各種イベントの休止や外出の自粛、(5)株安と円高の進行、(6)企業の資金繰り悪化といった様々なルートで複合的に経済活動への悪影響が広がっている状況だ。
現在出揃っているのは1月分までの経済指標であり、新型コロナの影響は殆ど反映されていないが、この段階でも海外経済の減速や消費増税の長引く影響などで既に景気の低迷が目立っていた(図表3)。その後、2月の経済指標として最も早く公表された景気ウォッチャー調査(いわゆる街角景気)では、新型コロナによる悪影響が反映され始めたことで急激な景況感の悪化が確認された(図表4)。同調査におけるDIは短観のように景気の水準を示すものではなく方向性を示すものだが、2月分は2008年のリーマンショック後や2011年の東日本大震災後にほぼ匹敵する落ち込みを見せている。
ちなみに、リーマンショック後や東日本大震災後の日銀短観を振り返ると、それぞれ発生3か月後の短観において、大企業製造業の業況判断DIが21ポイント低下、15ポイント低下と大幅に落ち込んだ。
今回、大企業製造業では新型コロナウィルスの世界的拡大に伴う輸出の減少、中国を起点とする部品供給網の寸断、円高の進行などを受けて景況感が大幅に悪化すると見込まれる(図表1)。輸出型業種のみならず、国際商品価格下落と需要減に直面する素材系業種でも景況感の悪化が避けられないだろう。
非製造業も、増税に伴う消費の低迷が長引く中で、渡航制限による訪日客の急減、各種イベント休止や外出自粛の影響が加わったことで景況感が明確に悪化すると予想される。特に訪日客急減や外出自粛の影響を強く受ける小売や宿泊・飲食サービス、運輸・郵便での悪化が鮮明になりそうだ。
なお、今回の低下幅が過去の急落局面(図表6)よりも限定的に留まる理由は、短観には調査基準日(今回は3月11日)直前の状況を織り込みにくい傾向があるためである(1)。今回も、3月に入ってからの新型コロナ情勢の悪化はあまり織り込まれないと予想され、その分今回短観での低下幅は限定的になると考えられる。
中小企業の業況判断DIは、製造業が前回から6ポイント低下の▲15、非製造業が9ポイント低下の▲2と予想(図表1)。大企業同様、製造業・非製造業ともに景況感が明確に悪化するが、中小企業製造業は大企業ほど輸出依存度が高くないため、低下幅は大企業よりもやや小幅に留まると見ている。
なお、先行きの景況感も幅広く悪化が示されるだろう。新型コロナウィルスは未知の部分が多く、未だ終息の兆しが見えないため、企業の間で経済への悪影響が長期化する事態への警戒が高まっているとみられる。ただし、中国では感染拡大が一服し、工場の再稼働など経済活動の正常化に向けた動きが徐々に進んでいることから、中国経済と繋がりの強い大企業製造業では先行きの景況感悪化幅が相対的に小幅に留まると見込まれる。
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(1)例えば、2011年の東日本大震災は3月11日に発生したが、直後に公表された3月短観では、大企業製造業・非製造業の業況判断DIがともに改善した(回答基準日は震災当日の3月11日で約7割が基準日までに回答済みであった)。
●設備投資計画は慎重化
2019年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比1.5%増(前回調査時点では同3.3%増)へと下方修正されると予想している(図表8・9)。例年3月調査(実績見込み)では、中小企業で計画が具体化してくることによって上方修正される反面、大企業で下方修正が入ることで、全体としてはわずかな修正に留まる傾向があるが、今回は明確な下方修正となるだろう。
また、今回から新たに調査・公表される2020年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2019年度見込み比で6.4%減になると予想している。例年3月調査の段階では翌年度計画がまだ固まっていないことから前年割れでスタートする傾向があるが、今回の伸び率の水準は例年の3月調査を明確に下回ると見込んでいる。
構造的な人手不足に伴う省力化投資や都市の再開発関連投資などが引き続き下支え要因にはなるものの、新型コロナウィルスの感染拡大を受けて多くの企業の事業環境が急速に悪化しており、先行きの不透明感も強まっているため、企業の設備投資スタンスは慎重化していると考えられる。
●注目ポイント:新型コロナの影響度合い
今回の短観は、新型コロナウィルス拡大に伴う経済活動の停滞が企業にどの程度の悪影響を与えているかを計る大きな材料と位置付けられる。従って、業況判断DIの足元の低下幅、先行きにかけての方向感、設備投資計画の下方修正状況、新年度計画(収益・設備投資計画)の下振れ度合いなど注目すべき点は多い。
全体としては悪化が目立つ結果になると予想されるが、仮に悪化の度合いが限定的に留まったとしても、既述のとおり短観は直前の状況を織り込みにくい傾向があるため、「織り込みが遅れているだけ」と見なされる可能性が高い。いずれにせよ、企業マインドや設備投資計画に底入れ感は確認できず、「先行きにかけても警戒を要する」との受け止めが優勢になりそうだ。
●日銀金融政策への影響はとりあえず限定的
今回の短観では、企業の景況感が幅広く大幅に悪化し、設備投資計画も慎重化すると見込まれるが、当面の日銀金融政策に与える影響は限定的になりそうだ。
日銀にとっても、今回の短観で景況感などが悪化すること自体は想定の範囲内でサプライズではないとみられる。また、日銀は既に今週16日に前倒しで金融政策決定会合を開催し、CP・社債の買入れ増額やETFの積極的な買入れ方針、企業金融支援特別オペの導入などを内容とする追加緩和を決定済みという事情もある。急激に円高が進めば話が変わってくるが、既に緩和余地が殆ど枯渇してしまったとみられるだけに、当面は追加緩和の効果ならびに新型コロナの動向と影響を見極めるために様子見姿勢を維持すると見込まれる。
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上野剛志(うえのつよし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 シニアエコノミスト
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