(本記事は、加藤俊徳氏の著書「脳が若返る最高の睡眠 寝不足は認知症の最大リスク」小学館の中から一部を抜粋・編集しています)

睡眠不足
(画像=WAYHOME studio/Shutterstock.com)

寝不足が認知症の重大な要因

寝不足で、脳に一体何が起こるのか?これまで多くの研究者が、睡眠中の脳研究を行ってきました。最新の脳研究は、とても衝撃的な事実を報告しています。

認知症になると寝られない症状が出ると言われてきました。しかし、寝不足になるのは認知症の症状ではなく、むしろ寝不足が認知症を引き起こす重大な要因であることが、多くの研究結果から分かってきました。

認知症は、これまで睡眠以外の要因との関連が指摘されてきました。2018年に開催されたアルツハイマー国際会議(AAIC2018)の発表では、アルツハイマー型認知症の要因として、次の9つがあげられました。

  • 身体の要因……①高血圧 ②糖尿病 ③肥満 ④難聴
  • 脳の要因……⑤うつ病
  • 生活習慣の要因……⑥運動不足 ⑦喫煙
  • 社会的要因……⑧教育歴の短さ ⑨社会的孤立

さらに、この9つに加えて、「食事」「飲酒」「睡眠」などは、エビデンス(科学的な根拠)が必要なテーマとされました。

私はこのいくつかの要因の中で、「社会的孤立」「運動不足」「食事」「睡眠」に特に注目してきました。その理由は、日中の活動を低下させる要因が、社会的孤立、運動不足、貧困な食事であり、夜間の休息を減らす要因が寝不足だからです。人は、元来社会的な動物と言われ、人と人が協力し合って生活を営んでいます。孤独は、脳を衰えさせ、貧困な食事では脳を構成している成分が満たされません。また、孤独が原因となって発生するひきこもりにより運動不足となり、体も脳も使わなくなります。日中の活動が低下すれば、認知症にならなくとも脳が衰えるのは当たり前です。

中でも睡眠です。今でこそ、睡眠は大事と分かっていますが、私自身も若い頃は「寝不足は、気力と体力で何とかなる」、または「寝不足に勝てないのは弱いからだ」と考えてきました。

これは、大きな誤りでした。

睡眠には、脳の老廃物の掃除と記憶の定着という2つの主要な役割があり、認知症に直接影響する働きをしていることが明らかになってきています。ただ、睡眠は、その時間も質も認知症になる重要な原因に関わっていることは一部の研究者を除いて、あまり知られてきませんでした。

しかし、2019年のアルツハイマー国際会議(AAIC2019)では、1日に5つもの睡眠関連のセッションが設けられ、「認知症の学会なのにここは睡眠の学会?」というジョークが出るほど、睡眠と認知症の関連性がさらに重要視されてきています。脳の老化と睡眠の研究はこれまで以上に日進月歩して、より具体的な事実が明らかにされてきたからです。

寝不足で脳に老廃物が貯まる

アルツハイマー型認知症の発症仮説では、脳内にアミノ酸からなるペプチドの「アミロイドβ(ベータ)タンパク」(以下Aβと記載)や「タウタンパク」が脳内にたまり、神経細胞が死滅していくという経過をたどります。そのため、これらの老廃物を速やかに排泄(はいせつ)することが、認知症の予防につながると考えられています。

近年では、アルツハイマー型認知症の早期診断として、脳から髄液(ずいえき)中に排泄されたAβの数値を調べることが最も精度が高いと考えられています。

2013年に「JAMA Neurology」誌に発表された2つの論文は、Aβの量が、睡眠時間と睡眠の質に関与していることを実証しました。

下図1に示した米国ワシントン大学のジュらの研究では、睡眠効率(就床時間に対する睡眠時間の割合)がよくなるにしたがって、髄液中のAβ42の値が低いことが分かります。つまり、よく眠れるとAβ42が減少するのです。Aβには、アミノ酸の量により、Aβ40、Aβ42、Aβ43などの種類がありますが、その中でも頻繁に調べられているのがAβ42です。

脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク
(画像=脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク)
図1

また、米国ジョンズホプキンス大学のスピラらは、平均76歳の高齢の被験者が自己申告した睡眠時間と脳内のAβの沈着量の関連性を特殊な脳画像検査(PETスキャン)を使って調べました。その結果、睡眠時間6時間以下のグループがもっともAβの沈着量が多く、7時間より睡眠が長いグループがもっとも脳へのAβの沈着量が少ないことが分かりました。さらに、睡眠時間だけでなく睡眠の質が悪いほど脳にAβが沈着している結果でした。

こうしてAβの脳内の沈着を追跡してきた研究と睡眠研究が強く結びつき、睡眠と認知症の関与が大きくクローズアップされてきました。その後、中年の健康な男性を対象に行われたオランダ、ラドバウド大学のオームスらの研究では、寝不足でAβ42が増加することが明らかになりました。

この研究では、認知障害のない40〜60歳の男性を対象に、13人は夜間全く眠らせず、ほかの13人は無制限に長く眠ることを条件にしました。両群とも、夕方と朝に採取した髄液中のAβ42濃度を測定した結果、睡眠をとった人は、朝のAβ42レベルが夕方と比較して6%の減少が観察されました。しかし、寝不足の人では、朝のAβ42レベルは睡眠をとった人のように下がらず、高いままでした。このように、寝不足により髄液中のAβ42の値が高い数字を表すことは、アルツハイマー型認知症の発症リスクが、寝不足で引き起こされることを示しています。

寝不足からアルツハイマー型認知症に向かう

質問
(画像=9dream studio/Shutterstock.com)

2018年、北京大学のシーは、メタ分析による寝不足と認知症の関連研究を発表しました。メタ分析とは、これまでの寝不足と認知症のデータを多くの研究の中から選び出し、その関連を調べるというもので、被験者24万6786人を約9年間にわたって追跡調査したデータが集められ、その中の2万5847人が認知症になっていたと報告しました。

認知症には、アルツハイマー型認知症のほかに、脳の血管が切れたり詰まったりすることで発症する血管性認知症があります。この研究では、寝不足の中でも「不眠症」と診断された慢性化した寝不足が認知症全体の発症リスクを高めることが報告されています。驚くことに、「不眠症だけが、アルツハイマー型認知症の発症因子になる」と指摘しています。このメタ分析による研究は、寝不足と認知症を結びつける決定的な証拠と言えます。

アルツハイマー型認知症の主な症状は、経験した出来事を忘れる「記憶障害」です。この記憶障害も寝不足によって増強されることが分かってきました。

米国ハーバード大学医学大学院のトワロガーらは、70歳以上の女性のグループを2年間追跡し、1日5時間超の睡眠グループより5時間以下のグループのほうが、認知機能が低下していたと報告しています。

カナダ・シャーブルック大学のポツビンらが行った認知障害がない65歳以上を対象にした1年間の追跡研究では、5時間以下の寝不足の男性と9時間以上の寝過ぎの女性は、記憶力だけでなく認知機能の低下を示し初めている可能性が高いことが報告されています。高齢者では、睡眠が短すぎても長すぎても認知機能が低下しやすくなるために、7時間の睡眠を目処にした、正しい睡眠によって「海馬(かいば)」を元気にして、認知症を予防することが大切です。

認知症の約65%を占めるアルツハイマー型認知症では、症状が進行すると、海馬とその周囲の萎縮(いしゅく)が進むことが分かっています。海馬は、「記憶」を支える脳の中枢です。海馬は、大脳の側頭葉の内側にあり、「短期記憶」に関係しています。「短期記憶」は、この海馬で選別されると考えられています。また、昨日どこに行った、誰と会ったなどの「出来事記憶」も海馬と深く関係しています。

寝不足で記憶力が低下する

寝不足で海馬が衰えると経験したことをその場から忘れていくようになります。すなわち、出来事を忘れる、出来事記憶の低下が進みます。また、睡眠自体が、出来事記憶を頭の中で統合し、忘却しないことに役立っています。

米国カリフォルニア大学バークレー校のヘルムらは、次のような実験を行いました。2つの単語リストを連続して覚えた後2時間の昼寝をしたグループとしなかったグループでは、覚えてから6時間後の記憶力テストで、覚えた単語の数に差はありませんでした。しかし、単語に関係する理解、たとえば、日本語なら四文字熟語の漢字は覚えていて書けても、その熟語の意味は忘れていたというように、意味の理解までよく記憶していたのは昼寝をした方だったということです。寝ることで言葉を深く理解していたので、理解の記憶である「文脈記憶」には有意な差を認めたことを報告しています。さらに、睡眠の深さと文脈記憶量が関係しているとしています。

私の学生時代の体験では、試験の前日、夜の12時までに眠るつもりが、気が付くと午前2時を回っていました。「寝たらすっかり忘れて、もう一度、朝勉強をし直さないとダメだ」そう思いつつ布団に入り、試験の結果が悪いと、「もっと早く寝るべきか、もっと勉強すべきか」悩みました。

ヘルムらの研究は、寝不足がむしろ試験問題を読み解くことに影響することを示唆しています。短い睡眠の翌日には、持続的な注意力が低下すること、長期記憶が低下すること、さらに、実行機能の低下が複数の研究論文から明らかになっています。平たく言えば、何事をやるにも動きが鈍くなり、ミスが多くなり、記憶にも残らないということです。この傾向は、寝不足が継続するほど強くなるのです。

寝不足で思考も感情も鈍感になる

さらにヘルムらは、下図2で示したように別の研究で、長い寝不足後すなわち断眠によって感情を感じとる能力が低下すると報告しています。被検者らは2日間7〜9時間の睡眠を与えた後に、平均30.9時間の断眠をした群と断眠しなかった群に、幸福感や悲しみを感じる強度の異なる写真を複数枚見せる実験を行いました。

脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク
(画像=脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク)
図2

その結果、幸福感を感じる写真刺激では、断眠しなかった群に比べて断眠した群は幸福感の強度が強くても弱くても有為に反応が低下していました。同様に怒りを表す写真でも感じ取る能力が低下したと報告しています。

一方、悲しみを感じる写真刺激では、その悲しみの強度1から9の段階まで強くなっても両群には全く有為な差がなかったとしています。

そして、このように断眠によって幸福感を感じなくなる傾向は男性よりも女性に顕著だとしています。女性は寝不足になると、感情を読み取りにくくなるようです。アルツハイマー型認知症では、脳の感情に関係する扁桃体周囲の嗅内皮質から病巣が始まると報告されていますので、寝不足が、認知症を悪化させるメカニズムは容易に理解できます。

寝不足と不眠症の違いは何か?

特徴と違い
(画像=Getty Images)

寝不足は、多くの人が経験しているものだと思います。寝不足の原因にはいくつかの種類があります。眠れるのに故意に眠らなかったり、全く眠れないだけでなく、睡眠には時間と質などのいくつかの問題があります。


 ○「睡眠の質が悪い」……眠りが浅い、寝た気がしない
 ○「入眠困難」……なかなか寝付けない
 ○「中途覚醒」……夜中に何回も目が覚めてしまう
 ○「早朝覚醒」……朝早く目が覚めてしまう
 ○「概日(がいじつ)障害」……眠る時間がずれている
 ○「日中の眠気」……昼間に眠くて仕方ない

これらの症状は寝不足によって起こり、総称して睡眠障害と呼んでいます。

この睡眠障害が一夜であれば、問題はありませんが、数日続くと、事態は少しずつ重いものになります。しかし、それも数日で終了すればまだ大きな問題にはなりません。一番怖いのは睡眠障害の習慣化・慢性化です。この慢性化した状態が不眠症です。ですから、眠れるのに故意に寝不足を自らつくることは避けなければならないのです。

本書では、眠らない場合と眠れない場合の両方を寝不足として、どのように改善していくかを考えていきます。あえて睡眠時間を削った生活を続けていると脳内のホルモンなどのリズムも狂ってきて、本物の不眠症になってしまったり、うつ病を引き起こしかねないからです。

病的な睡眠障害、あるいは、不眠症であれば、専門医への相談等が必要になります。ですので、その判断基準について説明します。

この違いを明確に分ける基準が、米国の精神医学会から発表されています。

みなさんも、簡単に自己診断してみてください。

次の4つの質問に対する答えが全て当てはまれば、「あなたは不眠症である」ということになります。

  • 睡眠の質や長さに対する不満がある
  • 睡眠を開始、・維持する時に、困難を感じる
  • 夜に眠れないことや日中の眠気で、社会的または職業的に、著しい苦痛または重大な障害を引き起こしている
  • 睡眠障害が1週間に3夜以上の状態が、3カ月以上続いている

この基準は、「DSM‐5」と呼ばれるもので、2013年に改訂されました。不眠状態が3カ月以上続くかどうかが重要な判定基準になっています。

寝不足からどのように不眠症になるのか?

下図3の寝不足から認知症になる予測経路にしたがって説明します。「寝不足」から「不眠症」を経て、「認知症」に至る経路をまとめたものです。

脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク
(画像=脳が若返る最高の睡眠: 寝不足は認知症の最大リスク)
図3

3カ月以上にわたり眠れない状態が続く理由は、大まかに分けて2つあります。

1つは、不眠の原因があるのに、その原因が除去されない場合です。たとえば、睡眠時無呼吸障害などで、夜間に脳が慢性的な低酸素状態にさらされ、それに気付かず、寝不足の症状が続く場合などです。これは、原因が除去されずに脳が懸命に努力しているという、不健康な状態です。結果として、本人の自覚がないまま脳が非常に強い負荷にさらされる、という状態が続くことになります。

2つ目は、外的要因、生活習慣が、改善されない場合です。具体的には、仕事上のストレスなどで、寝不足になってしまい、その状態が長く続いてしまうような場合と、不健康な食事、運動不足などです。不規則な労働環境や、過度の残業などもここに含まれます。この強い「脳への負荷」により、脳の活動が低下し、寝不足が常態化してしまうのです。

では、この「脳への負荷」から「寝不足」「不眠症」「認知症」へとつながる道を途中で断ち切るためには、どのような方法があるのでしょうか?

腸のことだけ考える』
加藤 俊徳
1961年、新潟県出身。医学博士。脳内科医。加藤プラチナクリニック院長。昭和大学客員教授。株式会社「脳の学校」代表。発達脳科学・MRI脳画像診断・認知症などの専門家。1991年に開発した脳活動計測「fNIRS法」は世界700カ国以上で脳研究に使用されている。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像法の研究に従事。帰国後は、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法を用いて、1万人以上の診断、治療を行う。

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