(本記事は、加藤俊徳氏の著書「脳が若返る最高の睡眠 寝不足は認知症の最大リスク」小学館の中から一部を抜粋・編集しています)

睡眠不足
(画像=Lia Koltyrina/Shutterstock.com)

睡眠時間が短いと衝動的に死にたくなる

4時間ほどの睡眠の午前中には、仕事を始めても目を開けているだけで精一杯。そして睡眠5時間の日には、ほぼ確実に昼間に睡魔に襲われるということは、ほとんどの人が実際に経験しているのではないでしょうか。

最新の研究成果は、私たちの睡眠が障害されることによって、脳に重大な問題を引き起こすことを明確に示しています。その問題のひとつに、「睡眠時間が短いと死にたくなる」ということがあります。寝不足が長引くと、脳は死にたいと考えるだけでなく、自殺への行動を起こしかねないのです。

スタンフォード大学のバーネットらは、睡眠の質の中でも、入眠するまでに時間がかかり寝付けない入眠困難と、朝起きても体が休まっておらず寝た気がしないという2つのことを感じる人が自殺しやすいと報告しています。たしかに寝てもリフレッシュできていない朝は、「失敗した!」と感じることが少なからずあるでしょう。

厚生労働省の「平成29年 国民健康・栄養調査結果の概要」によれば、「ここ1カ月間、あなたは睡眠で休養が充分とれていますか」という問いに、30歳代の27.6%、40歳代の30.9%、50歳代の28.4%が、「とれていない」と答えています。これらの働き盛りの年齢層で、約3割の人に自殺リスクがあることになります。

また、十分な睡眠の取れていない高齢者では、不眠症の割合が高く、加えて自殺の数週間前に医師を訪ねる傾向があるようです。ですから、高齢者が不眠を訴えて外来を訪れた時には、医師はよく注意して脳が死にたくなっているサインを見逃さないようにしなければならないと考えます。

適切な労働は睡眠を良質にする

日本の自殺者は2010年から毎年減少はしているものの、それでも毎年約2万人の自殺者が出ています。

「警察庁自殺統計原票データ」からの職業別自殺者の内訳は、興味深い示唆を与えてくれます。年間の自殺者2万840人の中で、無職者の自殺が60%を超え、労働者と比べ約1.6倍自殺が高いことが分かります。

無職であっても家事や手伝いをしている場合はともかく、ひきこもって何もせずにいれば自ずと脳は成長しないだけでなく、体も衰えていきます。私たちは、よく学びよく働くことで、脳を満遍なく使っています。このような無職者の場合、うつ病や不眠症を合併しているケースも多く、より自殺のリスクが高いと考えられます。

社会では成人すると、「自分の生活を自分で支えなければいけない」=「自立」というストレスを抱えます。この自立へのストレスは、非常に強く、時に厳しいものです。「就活」は若者がストレスを乗り越えて自立する過程で非常に重要なものです。

では、労働は、どんなストレスを与えるのでしょうか?

労働は、体や頭を使って、社会のために役に立つ行動をして、対価を得る行為です。そしてその対価により、食べて眠るという、人の生活が維持されます。つまり「食べて眠らなければいけない」という、全ての人が抱えているストレス=負荷を、労働で代償しています。

労働は、脳と体に負荷をかけます。しかしこの負荷が、夜の睡眠をつくります。労働により、脳と体を使うことで疲労が発生し、日中の疲労により、夜眠れるのです。これは、「ホメオスタシス(恒常性)」の働きです。ホメオスタシスは、人の体が生存するために、常に正常な状態に戻ろうとする働きです。徹夜の後に眠くなるのは、脳のホメオスタシスが働くためです。

適度な労働は、日中に脳の活動量を向上させて、夜にしっかり眠らせているのです。労働をしていない人は、このような効果が得られず、眠りにくくなります。

自営業者のストレス耐性は強い

ここで新たな問題が発生します。それは、過剰な労働により、ストレスが発生することです。脳を仕事でしっかり使って働いているのに、日本では年間約8000人もの労働者が自殺しています。内訳を見ると、事務職や医療・保健従事者の比率がほかの職種より少し高くなっています。事務職の場合、人間関係のストレスが高いことに加えて、同じような作業が延々と継続したり、椅子に座ってずっとパソコンを使ってのスクリーン作業が多いことも脳をマンネリ化させます。また、医療・保健従事者は、人の健康・生命の問題に日々直面しており、不規則勤務の影響もあり、高ストレス職と考えてよいでしょう。

これは、無職者への対策とは別に考えて対策を練らなければなりません。現在、厚生労働省は、働き方改革だけでなく、並行してストレスチェック制度を施行して、高ストレスの労働者を早期発見して医師による面接指導を行うよう通達を出しています。

無職者にも労働者にも共通していることは、自分の脳を変えることで自殺から自分を遠ざけることができるということです。その脳を変えるためにできる確実な方法は、正しく十分な睡眠時間をとることです。正しい睡眠により、脳を変えることができます。

また、基本的に定年制度のない自営業の人は、自殺者の構成比でみると低いことが厚生労働省と警察庁からの統計発表で明らかになっています。同じ労働者でも、自営業者が約7.12%に対して被雇用者は30.94%で自殺率が約4倍になっています。

そして、この自営業者の中には、農業従事者や漁業従事者が含まれています。彼らは、昼間に外でよく活動します。人は、数千年にわたって農業を続けてきました。また漁業は、数万年の歴史です。人の脳の健康は、土や海という自然との触れ合いの中で生活することに、適しており、活動力が上がるとも言えます。

また、労働には、お金でない対価が必要です。私の知人の父は、107歳2カ月まで、自宅の隣の畑で野菜作りをしていました。野菜作りにより、体を動かし、自分で作った新鮮な野菜を食べられます。そして、土に触ることでストレスが緩和したり、日光もよく浴びる毎日でした。さらに、日々の天候に気を遣うため、季節の変化に敏感になります。また、その方の場合は、周囲の人に野菜を配ることが好きで、社会性もありました。背筋も伸び、自分の足で歩き、冗談も好きなおじいさんだったそうです。

こういったことからも農業が脳に与えるよい影響が分かります。

しっかり睡眠を取り、健康寿命を延ばすコツは、この辺の体を動かして得られる対価の中身にもありそうです。

運動習慣は海馬を鍛える

ナイキ
(画像=Getty Images)

運動習慣は、脳内に多大な利益をもたらします。

「海馬」は、記憶や学習機能に関係し、感情のコントロールにも関係するエリアですが、この海馬は有酸素運動により活性化されます。また、快楽ホルモンといわれるドーパミンや睡眠に重要な役割を果たすセロトニンなどの脳内物質も運動すると分泌されます。人と動物の両方の研究において、ランニングマシンを利用した中強度の有酸素運動は、脳の大脳基底核(だいのうきていかく)や、海馬、線条体(せんじょうたい)、前頭前野(ぜんとうぜんや)などでのドーパミンの合成や受容体発現、神経伝達を増加させると報告されています。

また、老化やアルツハイマー型認知症の改善に関しても、好影響の報告があります。これはマウスでの研究ですが、運動が、脳のグリンパティックシステムを活性化して、Aβの脳組織への沈着量を減少させることが明らかになっています。また、自発運動が、アルツハイマー型認知症のマウスの脳萎縮を遅らせ、空間記憶の課題のパフォーマンスを向上させることもわかってきました。

そして、有酸素運動が、神経栄養因子(BDNF=神経細胞に細胞の外から働く、水に溶けるタンパク質物質の総称)の増加や、海馬での神経細胞の増加を促すことが分かってきました。

加齢やアルツハイマー型認知症では、海馬は、痩せ細って萎縮いく一方で、運動をすると、栄養がいきわたり脳内物質の分泌も増加し、海馬の体積が増えることも報告されています。

また、運動による体の疲労は、ホメオスタシスの面からも、睡眠に効果をもたらします。ホメオスタシスは、前にも触れましたが、日中の脳の活動量に対して、夜間人の脳を眠らせる重要な要素です。寝不足や疲労があると、それを回復するためにホメオスタシスが働きます。体の疲労度が高いほど、よく眠れます。

いい仕事をする人は毎日、適度な運動をする

運動によって脳の活動量を増やして、生活の質を上げる効果については、多くの実例があります。

iPS細胞の開発でノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学の山中伸弥(やまなかしんや)教授は、その1人です。山中教授は、現在もiPS細胞による複数の治療研究に邁まい進しんしていますが、同時に、2019年3月に開かれた東京マラソンに出場し、3時間30分を切る記録で完走しました。世界的な研究生活とランニング生活を両立させています。

そしてもう1人、ランニングを、その創造的な制作活動に生かしている日本人がいます。村上春樹氏です。

村上春樹氏は、『ノルウェイの森』などの文学作品で現在の日本を代表する作家です。

村上氏は、毎日ランニングか水泳を、1〜2時間して、夜10時に寝て、朝5時に起きる生活をしているそうです。

彼は、朝の時間を執筆にあてています。夜明け前の早朝に起き、軽い朝食をはさんで、昼近くまで執筆に没頭し、午後にはランニングか水泳を、時には両方をしています。この早寝早起きとランニングの生活を25年以上続けているようです。

彼は小説を執筆するうえで、「体力が芸術的感性と同じくらい必要です」と語っていますが、「早寝早起き」と「7時間以上の睡眠時間」の効果も大きいと思われます。

日本の最良の知性とも言える2人が、ランナーであることに、あらためて驚きます。

運動系脳番地は、頭のてっぺんにあります。この運動系脳番地は脳全体の発達・成長に大きな影響を与えることが分かっています。

ランニングや運動を日常生活に取り入れている人は、この運動系脳番地の活性化により、脳全体の活性化を実現しているのです。

さらに、ランニングやウォーキングは、リズム運動なので、脳内のセロトニンを増やしている可能性があります。セロトニンは、落ち着いた覚醒をもたらす重要な物質です。そして、日が沈むとセロトニンから、抑制物質であるメラトニンがつくられるのです。

適切な睡眠が失われると昼間に眠気が起こり、口数が減り、判断力が低下し、持続的な注意力の維持が困難になります。しかも、24時間も起きていれば、アルコールを飲んだ時のように脳の活動は低下します。仕事ができる人たちの多くは早寝早起きを実践し、具体的には、夜9〜10時に寝て、朝5時〜7時に起きる生活をしています。多忙にもかかわらず7時間の睡眠は確保しています。

ビジネスの世界で成功者となるためには継続的に仕事のクオリティーを高く保つ必要があります。このために適切な睡眠時間を確保し続けることは必須の条件です。

一般的に夜の10時から午前2時までが睡眠のゴールデンタイムといわれ、この時間帯に深い眠りを得られれば翌朝快調な状態で目覚めるとされています。また、もっとも死亡率が低い睡眠時間は7時間で、短くなるほど死亡率は高くなっていきます。逆に9時間を超えるような長時間睡眠も健康的とはいえないデータが出ています。

人は、地球という星に生まれ、24時間で1回の自転をするという環境で、生活をしてきました。季節変動はありますが、約12時間ごとに昼と夜が同時間で繰り返されるという環境です。そして、人の性能をもっともよく発揮する方法として、昼の活動と夜の休息というリズム=「概日リズム」がつくられました。この概日リズムを守ると、睡眠の利益をしっかり受け取ることができるのです。

腸のことだけ考える』
加藤 俊徳
1961年、新潟県出身。医学博士。脳内科医。加藤プラチナクリニック院長。昭和大学客員教授。株式会社「脳の学校」代表。発達脳科学・MRI脳画像診断・認知症などの専門家。1991年に開発した脳活動計測「fNIRS法」は世界700カ国以上で脳研究に使用されている。1995年から2001年まで米ミネソタ大学放射線科でアルツハイマー病やMRI脳画像法の研究に従事。帰国後は、独自開発した加藤式MRI脳画像診断法を用いて、1万人以上の診断、治療を行う。

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