新型コロナウイルス感染症拡大に伴って、経済成長率や期待インフレ率に下押し圧力がかかっている。そこで、日本銀行は2020年4月に、日本国債利回り(10年)がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う決定をした。これまで日本銀行は長期国債のネットベースでの買入の方針について、2013年4月の異次元金融緩和の際に「年間50兆円相当」、2014年10月の追加緩和時に「年間80兆円相当」、2016年9月のイールドカーブコントロール(YCC)導入時に「年間80兆円めど」と目標を変更してきた経緯がある。
市場ではYCCの導入によって金融政策の枠組みが「量」から「金利」へシフトしたものと解釈されている。図表1は、異次元金融緩和導入後の国債の保有状況について、YCC前後で分けて示したものである。日本銀行はYCC導入まではネットベースで年間約80兆円のペースで買入れを行っていたが、YCC導入後はネットベースで年間約40兆円のペースに減少しており、2019年は20兆円に満たなかった。
「年間80兆円めど」から「上限撤廃」に変更した背景に、日本銀行は国債の買入れペースを増加させなければ「金利」水準を維持するのが難しくなるような金利上昇圧力が生じるシナリオを想定しているものと考えられる。それでは、買入れペースを増加しなければならなくなる状況とはどのような事態なのだろうか。また、そのような事態をメインシナリオとして捉えるべきか、リスクシナリオとして捉えるべきか、という点について考察してみたい。
政府には、新型コロナウイルス感染症拡大に伴う緊急経済対策として、第一次補正予算と第二次補正予算を賄うために過去最大の約46兆円(=23.4兆円+22.6兆円)の赤字国債と約12兆円(=2.3兆円+9.3兆円)の建設国債を発行する計画がある。当初予算の新規国債発行額と合わせると約90兆円(借換債を除く)になる。つまり、国債市場から90兆円規模の資金が吸収されることが今後予定されている。一般的に新規国債の発行増は流動性リスク要因で金利上昇圧力をもたらすと考えられる。そのため、日本銀行がYCCの下で金利水準を維持するべく、国債の発行増による金利上昇圧力に対応して買入れを増やすことはメインシナリオとして想定できる。また、リスクシナリオとして、新型コロナウイルス感染症の収束に予想以上の時間がかかるようなことになれば、今後も国債発行額が累積的に増えていく可能性がある。
流通市場では、新型コロナウイルス感染症の拡大の最中でも、日本国債利回り(10年)はゼロ%近辺を推移し続けている。そのため、国内投資家の投資行動に構造変化を想定しにくい。一方で、海外投資家の市場環境には構造変化が生じている。2020年3月にFRB(米連邦準備理事会)が1%の緊急利下げに踏み切り、大規模資金供給策を次々に導入した。それに伴って、為替リスクをヘッジした米ドル建て日本国債利回り(10年)が急低下し(1)、米国債利回り(10年)よりも低い水準を推移するようになった(図表2)。
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(1)本稿では為替リスクのヘッジ期間を3カ月間と想定しており、米ドル建て日本国債利回りと日本国債利回りの差が、米ドルを受け取るサイドが支払うヘッジコストに相当する。内外金利差等に起因して、ヘッジコストはプラス圏を推移している(2020年5月末時点)。そのため、米ドル建てで日本国債に投資すると、ヘッジコストを受け取ることができるため、円建てで投資するよりも利回りが向上することになる。
図表1で示したように、異次元金融緩和導入以降の低金利環境下であっても、海外投資家は国債の保有額を約42兆円(=21兆円+21兆円)増やしており、YCC導入前後で保有額の増加ペースも維持していたことが分かる。つまり、日本銀行を除くと、海外投資家は数少ない一貫した国債の買い手であった。しかし、先述した市場環境の変化によって、米ドル建て日本国債への投資妙味が相対的に薄れたために、海外投資家の購入のペース(ネットベースで年間6~7兆円)は今後弱まる可能性が考えられる。その結果、新規発行される国債の買い手としての役割が最終的に日本銀行に集中することになるかもしれない。
ただし、海外投資家が大規模な国債売却を行うようなリスクシナリオにまで発展するには、ヘッジコストのさらなる低下によって、米ドル建て日本国債利回りの相対的な水準がよりいっそう低下することが必要になるだろう。いずれにせよ、日本銀行による国債買入れの今後の規模は、政府予算だけはなく海外投資家の動向にも左右されるものと考えられる。
福本勇樹(ふくもと ゆうき)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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