「はるか外」の知識をメモして着想につなげる
――ただし、本は読むだけでは不十分だと菊地氏は指摘する。
「『面白かった』で終わりにしては意味がありません。得た情報を、アイデアに結びつけてこその学びです。といって、無理やり結びつけようと考えても、かえって発想は湧かないもの。ふとした折にインスピレーションが湧くような仕組みを作っておくことが欠かせません」
――そこで読書時に使用しているのが、コンパクトサイズの手帳とラインマーカーだ。
「興味深い論点があれば、そこにラインを引き、手帳にメモを残します。メモはキーワードとページ数だけのシンプルなものですが、時々読み返せば記憶が蘇ります。手帳に記したページを開けば、マーカー部分を見て、再び知的刺激を味わうことができるのです」
――この方法を通して、事業へのヒントを得ることも多い。
「例えば、A・パーカーの著書『眼の誕生』。地球上の生物が爆発的な多様化を遂げたカンブリア紀の大進化は、生物が眼という器官を得たことで起こったのだとか。
空間認知力を得た生物たちは餌を追うため、あるいは餌となるのを回避するために多種多様な能力を獲得した、という話なのですが……さて、この話を我々にどう結びつけるか。
この本に出会うきっかけを作ってくれた東京大学の松尾豊教授によると、現代のテクノロジーの進化はカンブリア大爆発に匹敵するのだそうです。
では、我々が新たに得た眼とは何か。世界中の地理がほぼすべて把握できる『スマホの位置情報』は、明らかに優秀な眼ですね。
これを活用すれば、お客様からの視認性が高いけれど、店舗の維持費が膨大にかかる一等地にこだわらずとも、二等地、三等地で廉価に店を構え、デリバリーでサービス提供するという業態が成り立ちます。
生物の進化の話が、ビジネスモデルに当てはめられるのです」
――このように、属する分野の「はるか外」から着想を得るのが菊地氏流。
「自然科学や歴史など、経営とは程遠いジャンルのほうが、示唆的な情報を得られると感じます。かけ離れたものを対置すれば視野が大きくとれて、新しい発想が出てくるのです」
なぜ、「決算書の読み方」を社長自らが教えるのか?
――蓄えた知識を日々実践に生かす菊地氏は、優れた教え手でもある。現在、社員を対象に「ポストコロナのホスピタリティ」をZoomでほぼ毎日講義中。トップ自らレクチャーを行なう習慣は、10年前の社長就任時からだ。
「当時、社内には取り払うべき『三つの壁』がありました。経営と現場の壁、事業間の壁、営業と管理の壁。うち一つ目の壁は、経営者である私自身が破らなくてはなりません。とはいえここでよくある決めゼリフ、『社長室のドアはオープンだから、いつでも来なさい』と言っても、本当に来るはずはない(笑)。
だから地道にお店を回り、現場とコミュニケーションをとりました。次いで行なったのが、従業員向けの決算説明会。投資家には説明を行なうのに、同じくステークホルダーである従業員に説明しないのはおかしいと考えたからです」
――その説明会は、次なる発見をもたらした。
「『ROEとはなんですか?』といった基本的な質問が多く来るのです。現場では経営の用語に触れる機会がないのだと改めて認識しました。そこで始めたのが、全6回で完結する『経営塾』。この講義は現在も行なっていて、これまで900名近くの従業員が受講しています」
――現場が経営の知識を持つことは、今後いよいよ意味を増すだろうと語る。
「店長として売上げと営業利益のみを見る。そこで良い数字を出せたら地区長となり、部長、役員になり……これが昔ながらの出世コースです。
しかしこれからの経営は、店の延長線上では対応できません。自店の売上げと営業利益がバランスシートやキャッシュフローにどう影響するか、会社の戦略は株主の要望に見合っているのか。現場にいるうちから、俯瞰的な視点を鍛えることが必要なのです」
――会社としての戦略を理解できれば、経営と現場の一体感も高まっていく。
「壁ができるのは、従業員が経営戦略に納得感を覚えられないからです。意図がつかめず不満を抱いたり、意味がわからず無関心になったり。それを防ぐために、透明性高く全体像を伝えたい。苦境にある今こそ、その重要性を感じます」