(本記事は、湯山智教氏の著書『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

ESG投資と受託者責任の関係をめぐる考え方

議論
(画像=Jacob Lund/Shutterstock.com)

●受託者責任とは何か

受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)は、英米法においてきわめて重要な概念であり、わが国においてもさまざまな議論がある。現在も進行中のものであるが、わが国では、投資判断を行うものが負う忠実義務や善管注意義務、公平誠実義務などの類する義務が存在し、まとめると同じ機能を果たす場合も多いとされる(小出2020)。

そして、ESG投資との文脈でよく言及されるのは、資産運用に際して資金の信託を受ける側、すなわち受託者(Fiduciary)が、受益者(Beneficiary)の意向を受けて忠実かつ賢明な方法で運用を行っているかという点であろう。

神作編(2019)によれば、「フィデューシャリー・デューティーとは、信託における受託者の義務を淵源とする」ものであり、「フィデューシャリーに課される法的義務であって、利益相反に係る規律を中核とし、義務違反に対しては多様かつ実効的な法的救済が認められる」としている。

この場合における、主なフィデューシャリー(受託者)には、信託業務を営む金融機関、金融商品の販売者、資産運用者などが想定される。たとえば、わが国のGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)は、年金受給者の将来の年金資産の運用の受託を受けているという意味で受託者であり、その意味で受託者(Fiduciary)責任を有すると考えられる。この場合、当然のことながら、年金加入者・受給者が受益者(Beneficiary)である。

また、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP-FI)ほか(2015)「21世紀の受託者責任(日本語版)」の定義によれば、受託者責任(または、それと同等の義務)とは、他人の資金を管理・運用する者が自らの利益ではなく受益者の利益のために行動することを保証するために存在するという。

そして、最も重要な責任は、忠実性と慎重性であり、前者の忠実性とは、受託者は受益者の利益のために誠実に行動し、受益者間の利益相反に対して公平なバランスをとり、利益相反を避け、自らのあるいは第三者の利得のために行動してはならないことをいい、後者の慎重性とは、受託者は、相当の注意、スキル、配慮をもって行動し、「通常の慎重な者」が投資するように投資しなければならない、とするものである。

他方で、わが国では、金融庁が2018年「顧客本位の業務運営に関する原則」をいわゆるソフトローとして策定した。

この議論に際しても、英米のフィデューシャリー・デューティーに関連して議論が行われたが、その策定過程で、主に、金融商品の回転売買や保険販売などの手数料問題を念頭に置いて議論が展開されたこともあり、「フィデューシャリー・デューティーの概念は、しばしば、信託契約等に基づく受託者が負うべき義務を指すものとして用いられてきたが、近時ではより広く、他者の信任に応えるべく一定の任務を遂行する者が負うべき幅広い様々な役割・責任の総称として用いる動きが広がっており、我が国においてもこうした動きを広く定着・浸透させていくことが必要である」(平成28事務年度「金融行政方針」)として、「顧客本位の業務運営」を「最終的な資金提供者・受益者の利益を第一に考えた業務運営」として、やや広い概念で用いられているといえる。

●ESG投資と受託者責任に関する整理

一般的なESG投資の文脈でいえば、投資家(受益者)の資金を信託財産として預かって運用する立場にある機関投資家が有する受託者としての責任を、受託者責任というのが一般的だろう。ここでは小出(2020)によるESG投資と受託者責任に関する論考が、法的意味でESG投資と受託者責任を構成する忠実義務と注意義務の観点から、手際よく整理されていることから紹介したい。

小出(2020)によれば、米国における受託者責任(フィデューシャリー・デューティー)の重要な要素として、(1)いわゆる忠実義務(duty of loyalty)と(2)いわゆる注意義務(duty of care)があり、これらの義務と、ESG投資は以下の点でコンフリクトを起こしうると指摘する。

まず、(1)社会的目的のみを考える投資や、受益者の利益も社会的目的も両方考えるESG投資は、伝統的な忠実義務に反しかねないと整理している。理由は、忠実義務には、(1)受益者の利益のみのために行動しなければならない(sole interest)、(2)受益者の最大利益を図るべき(best interest)、という大きく2つの考え方があるが、投資の場合には前者(sole interest)として考えることが多く、社会的な付随利益があるESG投資との関係で問題を生じうる。これは、後述する米国ERISA(従業員退職所得保障法)やSchanzenbach and Sitkoff(2020)などの見方を反映したものであると考えられる。

また、受益者の利益のみを目的とするものの、その判断要素としてESG要素を取り込む投資として、たとえばわが国におけるスチュワードシップ・コードにおけるESG要素の考慮やESG統合投資(ESGインテグレーション)が該当する。これらは、受益者の利益のみが目的となっているので忠実義務には反しないが、受益者の「利益」に経済的利益以外も含めてよいかは検討の余地があると指摘する。

次に、注意義務の観点からは、ESG投資のなかでもネガティブ・スクリーニングなどの分散投資義務に反する可能性が高い投資などは問題を生じうるが、では、どのようなESG投資手法が注意義務との関係で許容されるかというと、そもそも現代ポートフォリオ理論の前提を考え直す必要性があり、たとえばESG要素は長期投資にとってmaterial(重要な)情報であり、それを判断に入れる投資という場合には反しない可能性があると指摘する。

●ESG投資における受託者責任をめぐる3つの視点

上記の議論を前提としたうえで、最近のESG投資における受託者責任をめぐる議論の傾向を見渡すと、大きく2つの考え方、細かくいえば3つの考え方があり、微妙に方向性が異なるように思われる。これらの視点は、いずれも忠実義務・注意義務の両方の視点からも成立するものであるように思われるが、究極的には長期的リターン、すなわち長期的なESG投資パフォーマンスとの関係に帰着するもののようにも思われる。

1つは、(1)ESG投資の結果として、環境や社会への取組みを組み込むことに伴い、経済的利益を犠牲にしてしまう可能性が考えられるが、この場合、仮に本来の投資目的とはやや異なるESG要素に着目した投資の結果として、通常投資で想定される以上の損失を出した場合には受託者責任に反してしまう可能性があるのではないか、という論点である。この考え方を、便宜的に「(1)市場平均リターン達成義務としての受託者責任」というものとする。

もちろん、市場平均リターンを達成しない場合には常に受託者責任に反するというわけではなく、その他の要件違反もあわせた結果であると思われるが、多少なりともこうした懸念が残されていること自体が、まさに、「ESG投資と受託者責任のジレンマ」である。特に年金基金等の運用者などのわが国の機関投資家にとって、ESG投資と受託者責任の関係は、外部のステークホルダーとの間や組織内部においても、最も議論の多い点であったといえる。また、特に米国では、伝統的にこの視点からの議論が多いように思われる。

他方で、2つ目としては、(2)そもそも長期的にサステナブルな社会実現のためには、機関投資家もESG要素を考慮する必要があるので、この場合、むしろESG要素を考慮しないで投資すること自体が、受託者責任に反するのではないか、という論点である。法的義務とまではいえないまでも、あくまで社会に対する責任が、受託者責任の義務違反の判断についての正当化要素として考慮されるべきではないかという考え方であるが、こうした考え方を、便宜的に「(2)ESG配慮義務としての受託者責任」というものとする。

究極的には、環境や社会に悪影響を与える投資により経済的リターンをあげたとしても、それは受託者責任に反する可能性があるのではないか、とする考え方であり、ESG要素の考慮を、法律義務ではないが、義務に近い規範的なものととらえ、どちらかというと欧州で主流のように思われる。

さらに、3つ目としては、上記2つに比べれば主流とはいえず、特にわが国においてみられる視点かもしれないが、個人投資家の視点からESG投資を眺めると金融商品の回転売買や系列金融機関商品販売などの手数料問題も背景に、(3)ESGやSDGsに関連する投資商品が時流に乗って多く開発されるが、その販売や開発にあたっては、しっかりと顧客である投資家、主に個人投資家の利益を考えたかたちで行われているか、という論点である。

なぜならば、わが国では既述のとおり「顧客本位の業務運営に関する原則」を定めており、個人に対するESGやSDGs関連の金融商品販売では、この「顧客本位の業務運営」の視点も重要な要素と考えられるからである。この考え方を、便宜的に「(3)顧客本位としての受託者責任」というものとする。

なお、上記の(1)~(3)の呼称は、筆者が便宜的に与えたものであり、なんら一般的な呼び方ではないことには留意されたい。

米国におけるESG投資と受託者責任をめぐる議論

以上の3つの受託者責任の考え方のうち、主に機関投資家の視点から考えるべき議論が、(1)市場平均リターン達成義務としての受託者責任、(2)ESG配慮義務としての受託者責任、である。他方で、個人投資家の視点からみたものが、(3)顧客本位としての受託者責任、といえる。

以下では、まずは、機関投資家の視点から考えるESG投資と受託者責任に関する議論として、米国や、主に欧州でなされてきた議論をサーベイし、次に個人投資家視点からの議論を行う。

●ERISAの解釈をめぐる議論

米国におけるESG投資と受託者責任をめぐる議論でしばしば取り上げられるのが、ERISA(従業員退職所得保障法)の解釈通達をめぐる論点である。

伝統的に、米国労働省は、ERISA解釈において、「付随的な社会政策的な目標を促進するために投資リターンを犠牲にしたり、投資リスクを負担したりする投資手法をとることは許されない」との立場で1994年以来、基本的に一貫しており、すなわち、前節の(1)の考え方で、ESG投資で投資リターンを犠牲にすることは受託者責任に反するとの立場であったとされる。

実務においても2008年の同省解釈通知において、「経済的利益以外の要素に基づいて投資決定を行い、紛争が生じたときは、その経済分析によって他投資対象と同等の価値を有していたとの証書を提出しない限り、受託者責任の遵守を証明できないだろう」とのことであり、ESG投資を明示することには慎重な扱いであったとされる。

しかしながら、オバマ政権下の2015年10月に労働省がERISA解釈通達を改訂し、「ESG要素を含む専ら経済的考慮に基づいて思慮深く検討した結果なら、当該投資が促進しうる付随的な利益を考慮することなく当該投資が可能」と通知し、ESG投資を行うことのハードルを引き下げた。

さらに、2016年にも再度解釈通知を発出して、「社会政策的目標の促進のために、投資収益を犠牲にすることは許されない」との立場をあらためて示しつつも、ESG要素は年金運用上の経済的価値と直接に関係をもちうるとして、ERISAは運用の際にESG要素を考慮することを禁止してはいないということを明確化した。

すなわち、これらの解釈通知によって、ERISAのもとで、伝統的な意味での受託者責任を考慮しても、投資方針や議決権行使などに際してESG要素を考慮することが可能、すなわちESG投資は受託者責任には反しないと解された。それ以前は、受託者責任の観点から、ESG投資はERISAに反するという見方もあったため、この見方を明示的に否定したわけである。

もっとも、トランプ政権後の2018年になって、米国労働省は上記の見解を一部修正した。すなわち、上記2通達は、ESGを考慮する必要があるとまでは述べていないと注意喚起し、過度にESG要素を重視してはならず、経済的リターンを犠牲にすることには慎重であるとした。

●米国SECおよび年金機関投資家における見方

ちなみに、米国の金融当局である証券取引委員会(SEC)も、ESG要素を過度に重視することには慎重であるように思われる。たとえば、国際的な証券監督当局者の集まりである証券国際監督機構(IOSCO)が2019年1月に作成したESG要素のディスクロージャーに関する文書「IOSCO statement on disclosure of ESG matters by issuers」(2019年1月)では、米国SECは投票を棄権した。

また、わが国の経団連による「投資家との対話促進に向けた米国ミッション」での面会においても、「ESGや「ステークホルダー・ムーブメント」と呼ばれる動きがあるが、企業による最大の社会貢献活動は企業の価値を最大化することである。これは当然に行われていることであり、これ以上のことをする必要があるのか疑問」とのコメントをSEC担当者が述べている。

また、米国カリフォルニア州の職員退職年金基金(カルパース)では2018年10月の理事選挙において、ESG推進派であったメイヤー氏が敗れ、「カルパースの投資収益がESGによって抑えられ、退職者の年金生活を脅かしているとの指摘を繰り返してきた」ペレス氏が選任された。特にペレス氏は、ダイベストメントを問題視していたとし、メイヤー氏のときには実際のパフォーマンスも振るわなかった模様であり、年金加入者はESG目的の達成よりも投資パフォーマンスを選択したともいえる。

いずれにせよ、米国においては、受託者責任の観点からは、やはり経済的リターンを確保するのが前提としたうえでのESG投資が許容されるとするものであり、どちらがより優先事項かといえば、経済的リターンのほうであると思われる。つまり、伝統的な意味での、「(1)市場平均リターン達成義務としての受託者責任」とする考え方のほうが有力のように思われる。

●目的は「付随的利益」か「リスク・リターン」か:Sitkoff教授らの議論

ESG投資と受託者責任に関する法律的な観点からの議論としては、Schanzenbachノースウェスタン大学教授とSitkoffハーバード大学教授が興味深い議論を展開しており、関係者の注目をおおいに集めた(Schanzenbach and Sitkoff 2020)。その概要は次のとおりである。

「近年、年金などの受託者はESG要素を投資決定に組み込むべきとのプレッシャーに直面しているが、trust fiduciary law(信託法)の「sole interest rule(唯一の利益規則)」のもとでは、受託者は委託者の利益のみを考えなければならない。

したがって、ESG要素の利用が、受託者の倫理的理由または第三者の「付随的利益(collateral benefits)」目的ならば、それは受託者責任に反するが、他方で、ESG投資は優れたリスク調整後リターンをもたらすこともありうるので、「リスク調整後リターン」目的のESG投資ならば、賢明な受託者責任(fiduciary duty of prudence)として要求されるとの議論もある。このため、法と経済学の観点から、ESG投資を「付随的利益」のものと、「リスク・リターン」のものに分けて分析すると、ESG投資は、(1)リスク調整後リターンを改善させるもの、(2)ESG投資の目的が、この直接的利益獲得にあること、の2条件でのみ、つまり、「リスク調整後リターン」目的のESG投資のみが許容される。

他方、「付随的利益」目的のものは受託者責任に反するとして認められず、「sole interest rule」適用が規範的に健全であるとするものである」。

同論文の主旨は、ESG投資を「リスク調整後リターン」目的と「付随的利益」目的に分けて考えて、ESG要素の利用が、「付随的利益」目的が含まれるのならば受託者責任に反し、リスク調整後リターンを改善する目的、すなわち「リスク調整後リターン」目的ならば許容されるとするものである。

この考え方は、効率的市場仮説をその考え方の基礎とするプルーデント・インベスター・ルール(思慮ある投資家の準則)に基づくものであり、伝統的な米国労働省ERISAの見解とも一致するものと考えられる。受託者責任とは、あくまでも「(1)市場平均リターン達成義務としての受託者責任」、として考えられるべきであり、「(2)ESG配慮義務としての受託者責任」として考えるべきではないとする見解と思われる。

●ESG投資はプルーデント・インベスター・ルールに合致するか

ESG投資をアクティブ投資の一類型であるととらえるならば、ESG投資と受託者責任の議論においても、現代ポートフォリオ理論の効率的市場仮説にその基本的な考え方を立脚しているプルーデント・インベスター・ルールとアクティブ運用をめぐる議論も参考になる。なぜならば、米国においてはプルーデント・インベスター・ルールに基づいた運用は、受託者責任に基づくものと考えられているからである。

プルーデント・インベスター・ルールは、信託法第3次リステイトメントの策定過程で公表(1992年)され、具体的には、受託者は、(1)投資を分散する義務、(2)信託目的、分配の要件等に配慮してリスクとリターンを決定する義務、(3)報酬・費用が合理的なものとなるようにする義務、(4)公平性の観点から、収益と元本保持の2つを均衡させる義務、(5)プルーデント・インベスターであれば委任すべき時には委任する義務、を負うとするものである。

特に分散投資義務に関しては、セミストロング・フォームの効率的市場仮説を前提としたポートフォリオに着目し、結果責任を負うのではなく行為規範とするものである。要するにプルーデント・インベスター・ルールのもとでは、受託者責任を果たすためには受託者責任における忠実義務というよりは、むしろ注意義務の問題としてとらえられ、現代ポートフォリオ理論に基づいた分散投資を行うことが求められるわけである。

ESG投資によりポジティブな投資効果が得られるということは、現代ポートフォリオ理論における基本的な考え方である、市場が十分に効率的である場合には、マーケット(市場平均)に対して超過収益を継続的に得ることはできない、つまり継続的にα(超過収益)を得ることはできないという考え方には反するわけである。

では、アクティブ投資は、プルーデント・インベスター・ルールのもとでは許容されないのかというと、必ずしもそうではない。Schanzenbach and Sitkoff(2020)によれば、プルーデント・インベスター・ルールの重要な目的は、保守的な運用(債券投資など)のみを重視し、特定の投資手法・技術を投機的であるものとして好まないような投資スタイル(かつて、プルーデントマン・ルールと呼ばれていた)による制約を外し、むしろ特定の投資手法・技術がプルーデント(賢明)であるか否かが重要なのではなく、特定の投資手法・技術を含めた投資戦略によって分散化されることによりポートフォリオ全体がリスク・リターン目的に合致しているような場合には許容される。つまり、アクティブ投資であっても、ポートフォリオ全体として「リスク調整後リターン」目的を追求するものもあるならば、許容されるのであり、これは市場の効率性が必ずしも成立しないことがあることにもよる。

受託者責任の議論からは、ESG投資が、現代ポートフォリオ理論や効率的市場仮説を背景としたプルーデント・インベスター・ルールに合致するかという論点が生じることになる。ESG投資はアクティブ投資的な側面もあり、分散投資義務に基づく市場ポートフォリオを大幅に外れるような投資ポートフォリオを組んだ場合には、それが受託者責任の観点から許容されるかどうかは議論のあるところだろう。少なくとも、リスク分散効果とは関係ない理由で、たばこや石炭関連などを投資対象から除外する、いわゆる「ダイベストメント」は受託者責任に反するとみられる可能性も考えられる。

他方で、ESG投資は、アクティブ投資の一種であることから、あくまでもこの流れのなかで、つまり分散化されたポートフォリオの1つとしてのリスク調整後リターンを追求するものであれば、プルーデント・インベスター・ルールのもとでも許容されると考えられる(Schanzenbach and Sitkoff 2020)。つまり、リスク分散効果が生じるという前提があるならば、ESG投資も分散投資義務に合致しており、受託者責任には反しないとも考えられる。

このほかに、受託者責任との関係で年金基金などからESG投資が問題視されるとしたら、ESGを重視したアクティブ投資はコストがかかる点だろう。環境・社会的な投資はコストがかかるので、これらに熱心な企業への投資は、長期的なリターンはあがるかもしれないが、その効果は不確実性も高く、特に足元のリスクが高いので除外したほうがいいのではという議論にもなりかねない。

一方で、これもリスク分散投資の観点から考えると、むしろリスク分散効果が働くのならば、ユニバースを拡大するほうがよいという見方も成立しうる。より具体的には、その投資商品の、他商品との相関次第であり、統計的には相関がマイナス(=共分散がマイナス)ならば、共変動性がマイナスに働きリスク分散効果が働く可能性が考えられる。つまり、他商品が低下したときに、上昇する、もしくは危機時に価格下落リスクに強い商品などを組み込むことによりリスク・リターン改善に資することがある。

実際、ESG投資は、金融危機時の耐久性に優れるとの研究(Lins et al.2017等)もあることから、この点で許容される可能性もある。このほかにも、米国ではベンチャーキャピタルやオルタナティブ投資なども、分散投資の観点から年金基金の投資対象になっていて、単にリスクが高いからといって受託者責任が否定されるわけでもない。

なお、この議論もESG投資に係る受託者責任を、「(1)市場平均リターン達成義務としての受託者責任」としてとらえたものである。

ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
湯山智教(ゆやま・とものり)
東京大学公共政策大学院特任教授(2017~2020年7月)。博士(商学)、早稲田大学。慶應義塾大学大学院修了(政策メディア研究科修士)。1997年株式会社三菱総合研究所、2001年金融庁入庁後、監督局、証券取引等監視委員会事務局、日本銀行金融市場局、財務省理財局、米国通貨監督局(OCC)等を経て、2017年東京大学、2020年7月に金融庁に帰任。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。

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