(本記事は、湯山智教氏の著書『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

ESG投資と株式投資リターン

ESG投資
(画像=ITTIGallery / Shutterstock.com)

ESG投資と株式投資リターンの関係について検証したものを概観する。もっとも、企業価値(トービンQ、PBR)や企業収益(ROA、ROE等)のCFP(Corporate Financial Performance)もあわせて分析している研究が多いので、あわせて整理する。

●わが国を対象とした研究

わが国の金融市場を対象とした既存研究は、海外市場を対象とした研究で2,000以上あったのに比べると、実はそれほど多くないうえに、最近の研究事例は特に限られている。図表5-1に、わが国を対象とした既存研究の一覧を示す。

総じていえば、ポジティブな関係が存在するとの研究結果が多いように見受けられるが、有意な差はなし(無相関)もしくはマイナスとする研究(湯山・白須・森平2019、浅野・佐々木2011、Renneboog et al.2008a)もみられており、期間・分析手法・使用するESGスコア、対象の範囲などによりまちまちであり、いまだ評価は定まっておらず、さらなる研究の蓄積が望まれる。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)
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(画像=『投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

このうち、宮井・菊池・白須(2014)や日本証券アナリスト協会(2010)で、株式投資リターンと企業価値への影響で相反する結果が得られたとしている点はやや興味深い。この背景として、(1)企業のCSR活動が収益性(ROA)や労働生産性、企業価値の向上に結びついておらず、むしろコスト要因となって財務パフォーマンスを引き下げている可能性(宮井・菊池・白須2014)や、(2)真の企業価値には、すでに利益に現れているESGへの投資の効果と、将来利益(あるいは利益の変動性)に影響するESGへの投資の効果の双方が反映されているが、実際の企業価値には前者しか反映されないため、この両者のギャップ(ミスプライス)により、ESGへの投資は高い超過収益率が得られる可能性があり、すなわち、現時点の利益・株価などにESGへの投資効果が現れていないことは、むしろ今後のESGへの投資が有望な可能性を示唆している(日本証券アナリスト協会2010)、と指摘している。

また、最近の研究としては、湯山・白須・森平(2019)があげられ、BloombergのESG開示スコアを用いて、2017年12月末時点のTOPIX構成銘柄2,035社に対する月次株式投資リターンとの関係について分析している。その主な結果は、最近のわが国におけるESG情報開示に積極的な企業に対する投資パフォーマンスをみる限り、必ずしも有意にポジティブな関係ともいえないが、マイナスでもないとするものであり、やはり明確なことはいえていない。ただし、2017年は、複数の推計手法でみて、ESG開示スコアが高いほうが、月次株式超過収益率が有意にプラスであることが示唆されたことは興味深い。

この背景としては、今後のさらなる検証を要するものの、同年のGPIFによるESG指数の採用などのイベントを受けて、ESG銘柄に注目が集まったことが影響している可能性について指摘している。また、ESG開示スコア自体は時価総額など企業規模と正の相関があり、一方で、ESG開示スコアが低い傾向にある低時価総額銘柄は通常はボラティリティが大きいのでリスクも大きい。このため、株価上昇局面では、単純な月次株式超過収益率でみると、上位区分に属する銘柄の単純なパフォーマンスは劣後するが、ボラティリティによるリスク調整ずみの月次株式超過収益率でみると、その傾向は表れず、どの区分でみてもパフォーマンスに大きな差はみられないとも指摘している。

●海外を対象とした研究

海外市場を対象とした研究は膨大であるが、その多くはすでに説明したFriede et al.(2015)の2,200以上の論文サーベイの対象となっており、ポジティブな関係を示すものが比較的多いとの結果であった。すべてをレビューするのは到底困難であり、ここでは、しばしば参照されている最近の学術研究を紹介する。まず前半で、無相関もしくはマイナスの影響が生じているとした研究成果(Auer and Schuhmacher 2016、Leite and Cortez 2014、2015、Krüger 2015、Hong and Kacperczyk 2009)を示し、後半でポジティブな関係を示す研究成果(Eccles et al.2014、Khan et al.2016、Edmans 2011、Edmans et al.2014、Statman and Glushkov 2009、PRI 2018)をいくつか紹介する。

まず無相関もしくはマイナスの影響が生じているとした研究として、Auer and Schuhmacher(2016)は、地域別にみて米国やアジア太平洋地域の市場では、ESG要素と投資パフォーマンスはほとんど関係性がみられなかったとし、欧州においてはマイナスの影響さえもみられたと指摘している。

Leite and Cortez(2014)は、2000~2008年のデータを用いて欧州8カ国のSRIファンドと伝統的ファンドとのパフォーマンスの差についてCarhart(1997)の4ファクターモデルに1つのローカル要因を加えた5ファクターモデルの時変パラメーター推計により検証しており、パフォーマンスには統計的に有意な差は認められなかったとしている。

また、Leite and Cortez(2015)は、フランスのSRIファンドを用いて、SRIファンドは伝統的ファンドに比して、経済が通常の状態にあるときは有意にアンダーパフォームしているが、これはネガティブ・スクリーニングによる影響であるとしている。他方、経済危機時にはその差はほとんどみられないとも指摘している。

Krüger(2015)は、KLDデータを用いた短期の株価反応をみるイベントスタディを実施することで、CSRイベントと投資家の反応について検証した。ポジティブなCSRイベントには投資家は弱くネガティブに反応し、ネガティブイベントには強くネガティブに反応することを示し、いずれもネガティブな反応であるとした。特に強いネガティブなCSRイベントは、経営者によるCSR的行動によって株主の価値が損なわれかねないようなエージェンシー問題につながるようなものであると指摘していることは興味深い。

Hong and Kacperczyk(2009)は、Journal of Financial Economicsという著名誌に掲載されたこともあり、非常に有名な研究であるが、逆の視点から、ESG銘柄ではない罪(Sin)銘柄、すなわちアルコール・たばこ・武器などの銘柄への投資は、むしろパフォーマンスが高く、リスクが高い分だけ高い期待リターンを有し、これらの銘柄への投資を回避(ダイベスト)している投資家は、財務的なコストを支払っていると指摘する。

さらに、これらのSin銘柄は、規範の制約がある年金基金よりも、普通のアービトラージャーであるヘッジファンドや投資信託によって保有されていると指摘している。ちなみに、Sin銘柄の1つとして、ギャンブルを行っているとしてトランプホテルも含まれているのも興味深い。

次に、ポジティブな関係を示すとされた研究であるが、まず、Eccles et al.(2014)は、共著者にハーバード大学のSerafeim教授が含まれていることでも有名で、「21世紀の受託者責任(最終版)」においてもESG要素がプラスのパフォーマンスを生むとする根拠論文の1つとして取り上げられるなど、しばしば参照される。

米国の180企業によるマッチング・サンプルをつくり、任意のサステナビリティ・ポリシーを有する企業群(90社)を高サステナビリティ企業とした場合、それらを有しない低サステナビリティ企業群(90社)に比べて、長期的な株式リターンと財務パフォーマンスの両方で有意に上回ったと報告している。

Khan et al.(2016)も、共著者にハーバード大学のSerafeim教授が含まれているが、重要な(Material)サステナビリティ項目で良好なESGスコアを得ている企業は、そうでない企業と比較して、株式リターンが優位に上回っていることを示した。そして、この結果は、投資判断における重要なサステナビリティ項目を考慮することの必要性を示していると指摘した。

なお、サステナビリティに関するデータとしてはMSCI KLDデータを用い、1991~2012年の2,307社(計13,397サンプル)のデータを用いて、サステナビリティ項目としての重要性についてはSASBガイダンスを用いている。株式リターンのモデルとしては、Fama-Frenchファクターモデルなどを使用している。

Edmans(2011)は、Journal of Financial Economicsという著名誌に掲載されていることもあり非常によく参照される論文である。従業員の満足度が高い会社としてFortuneの米国における“100 Best Company to Work For”の会社を選択し、これらの会社の1984~2009年の長期株式パフォーマンスを4ファクターモデルによって検証した。この結果、3.5%の超過リターンを獲得し、ベンチマークを上回り、これらの結果は会社の特徴などをコントロールした後の推計でも頑健性を有していたとする。

つまり、従業員満足度は株式リターンとポジティブな関係にあるとともに、一定のSRIスクリーニングは投資リターンを改善させると指摘した。同様に、Edmans et al.(2014)は世界の14カ国の“100 Best Company to Work For”で同様の推計を行い、米英では同様の結果を得たが、ドイツなどで異なる結果を得たとし、これは労働の柔軟性が影響している可能性があると指摘した。ちなみに、日本も有意な超過リターンを得ていると示している。

Statman and Glushkov(2009)は、KLDスコアを用いて1992~2007年の2,955社の株式リターンを分析し、KLDスコアの高い銘柄にウェイトを置いたポートフォリオは伝統的ポートフォリオよりも高いリターンであるが、他方で、たばこ・アルコール・ギャンブルなどの銘柄を取り除いた場合には伝統的ポートフォリオよりも劣ると推計した。

もっとも、前者の効果は、後者を上回っていた。社会的責任投資家は、セオリーどおりにベスト・イン・クラスアプローチをとりつつ、いかなる会社の投資撤退(ダイベストメント)も抑制する方向で行動することが望ましい戦略であると指摘した。

PRI(2018)は、MSCIスコアを用いて、米国市場におけるESGスコアのモメンタム戦略(ESGスコア改善がなされた銘柄を選択)と通常のESG Tilt戦略(スコアの高い銘柄を選択)の間でパフォーマンスを比較し、モメンタム戦略が有効で高いパフォーマンスをあげたことを示した。

MSCIというESGスコア提供会社が行っている分析である点は割り引く必要があると思われるものの、この結果も「21世紀の受託者責任(最終版)」においてもESG要素がプラスのパフォーマンスを生むとする根拠論文の1つとして取り上げられた。

●株価急落リスク、リスク耐性との関係

株式投資リターンのうち、特に危機時における株価急落リスクやリスク耐性に注目した研究もみられる。ESGに積極的に取り組む企業は、ガバナンスや環境などの面でのリスクにも強いのではないかという観点から、金融危機時におけるリスク耐性に注目したものであり、その分析結果は、おおむね高ESG企業はリスク耐性が高いというものであった。

Lins et al.(2017)は、この分野で最有力の学術誌The Journal of Financeに最近掲載されたことから非常に注目を集めたものであり、金融危機時においてCSRで計測される高い社会資本(Social Capital)を有する企業が、低いCSRの企業よりも高いリターンをあげていることを示した。また、CSRの高い企業は、高い生産性、従業員当り売上高、成長性を有していたとも指摘している。

わが国における既存研究としても、呂・中嶋(2016)は、MSCI ESG Ratingsの産業調整後スコアを用いて、わが国企業に関するESGと株価急落リスクの関係を検証し、ESGスコアの低い企業については株価急落リスクが高い傾向がみられることが確認されたとしている。

使用したESGスコアは、Bloomberg、FTSE、ISS、RobecoSAM、Sustainalyticsの5つとした。結果は、株価下落リスクを抑制する方向でリスク耐性を有することを示すESGスコアもあれば、まったく関係のないものまであり、やはり結果はESGスコアによってまちまちであった。

ESG投資と資本コスト、企業価値

ESG投資が資本コストに影響を与えるという観点から、企業価値への影響を検証した研究も多くみられる。資本コストと企業価値の関係の考え方については、第2章で説明したとおり、資本コストの低下は、将来の収益(キャッシュフロー)を現在価値に割り引く際の割引率の低下をもたらすので、企業価値向上につながるという考え方に基づく。

既存研究をみる限りでは、ESG投資と資本コストの関係は、おおむね資本コスト低下につながり、ひいては企業価値にはプラスに働くとした研究が多い。ただ、企業側の資本コストが低いということは、逆に投資家側からみた場合には、期待リターンが小さい、すなわち投資しターンが小さくなる可能性があることを意味することには留意が必要である。資本コストは、投資家が要求する期待リターンも意味するからである。

資本コストに関する包括的なサーベイについては、すでにCantino et al.(2017)で25実証論文の包括的サーベイ結果を紹介したとおりである。

このほかに、El Ghoul et al.(2011)は、Journal of Banking & Financeという著名誌に掲載されたこともあり、資本コストへの影響を検証した論文として非常によく引用されるものであり、KLDのESGスコア(現MSCIスコア)を用いて、米国企業を対象としてCSRスコアと事後的な資本コストの関係性について検証を行った。

この結果、CSRが高い企業のほうが、資本コストが相対的に低く、CSRが高い企業のほうが企業価値も高いと指摘している。

加藤編(2018)は、2つの研究例を紹介している。1つは、日本証券取引所の公表するディスクロージャー評価と資本コストの関係について検証したものであり、同評価の高い企業のベータ(資本コスト)は有意に低いとしている。

もう1つは、FTSEのESGスコアを用いた例でも、日本では、ESGのうち、Gのスコアについては有意に資本コスト引下げに織り込まれているとし、JPX400やコーポレートガバナンス・コード等に対する取組みの成果と指摘している。もっとも、英米では、Gのみならず、EやSについての有意に引き下げていると指摘している。

Cheng et al.(2014)は、「21世紀の受託者責任(最終版)」で取り上げ、これもハーバード大学のSerafeim教授が共著者として含まれている論文である。その内容は、Asset4データベースを用いて49カ国における2002~2009年の計1万78社のデータを用いて、優れたCSRを行っている企業は、資金制約(Capital Constraints)が小さいことを示した。

この理由としては、優れたCSRを行っている企業は、透明性向上の伴う情報の非対称性低下、ステークホルダーに対するエンゲージメント(対話)を通じたエージェンシー・コスト低下が、資金制約の低下(資金アクセスの改善)につながっているとしている。なお、資金制約の指標としては、KZインデックスという同種論文でしばしば使用されている資金制約指標を用いている。

投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
湯山智教(ゆやま・とものり)
東京大学公共政策大学院特任教授(2017~2020年7月)。博士(商学)、早稲田大学。慶應義塾大学大学院修了(政策メディア研究科修士)。1997年株式会社三菱総合研究所、2001年金融庁入庁後、監督局、証券取引等監視委員会事務局、日本銀行金融市場局、財務省理財局、米国通貨監督局(OCC)等を経て、2017年東京大学、2020年7月に金融庁に帰任。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。

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