(本記事は、湯山智教氏の著書『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

予想されなかったコロナ禍の発生とESG投資

従業員,資産形成,サポート
(画像=Jirsak/Shutterstock.com)

2020年2月以降、コロナウイルスによる感染症対策により世界主要都市での都市ロックダウン、わが国においても緊急事態宣言発出(2020年4月7日)に伴う休業要請、移動制限などのために、経済活動が大きな制約を受けることとなった。こうした悪影響を見通して、同年3月には日経平均株価が急激に下落し、金融市場も大きな影響を受けた(一時期は年初比3割強下落)。リーマンショック後の金融危機や東日本大震災後を超える規模の経済停滞をもたらしかねないとの指摘も一部では聞かれたことは記憶に新しい。

このことはおそらく年初には世界のだれも予想していなかったリスクだろう。ちなみに、毎年、その年の世界市場にとっての10大リスクを発表して話題になっているユーラシア・グループによれば、2020年の10大リスクは、7位に気候変動があげられているが、世界的な感染症拡大のようなリスクはなかった。また、毎年1月に開催されるダボス会議では、ESG的な世界である「ステークホルダーがつくる持続可能で結束した世界」がテーマとなり、最大のトピックは気候変動やサステナビリティに関するものであった。つまり、想定外の巨大リスクが発生したわけである。

では、コロナ禍のなかでESG要素は徐々に注目を失っていくのかというと実はそうでもない。なぜならば、ESGのうちのSは社会に着目した項目であり、従業員の健康や労働環境、社会との適切な関係性の構築などは実はおおいに注目される対象だからである。これまでのESG投資はどちらかというとEやGの面が注目を集めていたが、コロナ禍やコロナ後の世界では社会や従業員との関係にどのようにかかわっていくか、すなわちESGのうちのSへの取組みが重要なESG評価項目になっていくと予想される。

従業員の感染リスク・健康にどれだけ配慮しているのか、解雇・給与減少への対応、職場のIT化推進による生産性向上など、ESG投資に際しても、その企業のSに注目した取組みの評価のウェイトが高まっていく可能性がある。国連PRI(責任投資原則)は2020年3月にコロナ禍をふまえ、責任のある投資家の行動を提言しており、従業員の抱える問題や危機に関連する問題に対するエンゲージメントなどが含まれる。

また、予想がされなかった巨大リスクであるという点では、まさに危機に直面したということであるから、ESG要素のもつリスク低減効果に着目することもできる。なぜESGに積極的な企業がリスク耐性を有するとされるのだろうか。比較的有名なものとしては、Freeman(2010)に代表的にみられるようなステークホルダーとの関係を重視したアプローチがある。

企業にとって、株主、負債提供者(銀行等)、従業員、地域社会、顧客などのステークホルダーの満足度がCSR活動等を通じて向上し、より効果的な契約関係の成立などを通じて、企業のさらなる成長やリスク低減効果に資し、これにより企業価値向上につながるとする見方である。ESG投資はサステナブルな社会を見据えた長期志向を有するものなので、短期的な株価下落(リスク)には反応せず(つまり売らない)、危機時における株価下落幅が相対的に小さいという可能性も考えられよう。

そして、株式市場においては、ESG(またはCSR)に優れた企業が、危機時においてリスク耐性があることがいくつかの論文で指摘されている(Lins et al.2017、呂・中嶋2016)。つまり、ESGに優れた企業は、コロナ禍に伴う金融市場の混乱に際しても、それなりのリスク耐性を有していた可能性があるわけである。

特に、Lins et al.(2017)はThe Journal of Financeという著名学術誌に掲載されたことからも非常に有名である。危機時以外の期間においてはESGファクターに株式リターンとの有意な関係性はみられないが、リーマンショック後の金融危機時においては、CSRで計測される高い社会資本(Social Capital)を有する企業(ここではMSCIのESGスコアで計測したもの)が、コントロール要因を考慮した後であっても、低いCSRの企業よりも相対的に高いリターンをあげた、すなわち相対的に下落程度が小さかったと指摘している。そして、この理由としては、CSRの高い企業は、高い生産性、従業員当り売上高、成長性を有しているためであると指摘している。

さらに、わが国における既存研究としても、呂・中嶋(2016)は、MSCI ESG Ratingsの産業調整後スコアを用いて、わが国企業に関するESGと株価急落リスクの関係を検証している。この結果、ESGスコアの低い企業については株価急落リスクが高い傾向がみられる、逆にいえば、このような急落リスクを有するのはESGスコアが低い企業であると指摘する。

今回のコロナ禍においても同じような傾向がみられたのだろうかという疑問が、最大のリサーチ・クエスチョンである。

ESG指数のパフォーマンス

まずGPIFが採用しているESG指数について、2019年末以降のパフォーマンスを確認してみたところ、図表8-1に示すとおり、明白に有意な差が生じているとまではいえない。それほど大きな差が生じているわけではないものの、TOPIXと同水準程度か若干上回る程度で推移しているともいえる。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

この理由としてはいろいろ考えられるが、TOPIXのパフォーマンスを上回った指数の一例として、MSCIジャパン・ESGセレクト・リーダーズ指数(以下、MSCIESG指数という)を取り上げる。まず、その構成銘柄、東証33業種でみた時価総額ウェイト、業種別のTOPIX(東証株価指数)対比の超過リターン(以下、超過リターンという)平均値(2019年12月末~2020年3月末)を集計したものが図表8-2である。

さらに、TOPIX構成銘柄とMSCIESG指数構成銘柄を業種別に比較して、時価総額ウェイトと超過リターンがともに上回るほう、すなわち超過リターンが高い業種のウェイトを高くしているほうの、時価総額ウェイトを合計したものを一番下の欄に示した。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

これをみると、MSCI ESG指数のほうは、超過リターンが高い業種のウェイトを高くしているケースが42%の時価総額ウェイトを占めている(TOPIX構成銘柄では9%)。つまり、業種別ウェイトを高くしつつ、かつ超過リターンもベンチマークを上回るようなかたちでの銘柄選択に成功した業種が相対的に多かったことを意味する。具体的には、MSCIESG指数のほうが陸運業、化学、機械、電気機器などのウェイトが高いが、これらの業種ではいずれも業種平均の超過リターンがTOPIX構成銘柄平均よりも高かった(または下落幅が低かった)。

MSCI ESG指数は、MSCIジャパンIMIトップ700指数のうち各業種内で相対的にMSCIにおけるESG評価の高い企業をその業種の時価総額50%をカバーするよう構築される指数である。つまり、業種を考慮して高ESGスコアの銘柄を選抜することで特定業種への偏りが少なくなるよう配慮している。

MSCI ESG指数が、この期間においてTOPIXを若干であれ上回るパフォーマンスをあげた背景としては、一定程度はMSCIのESGスコアの評価が貢献した可能性も示唆される。ただし、問題はこのESGスコアが、真のESG貢献度合いに基づくものなのか、あるいは株価パフォーマンスや業績が上がりそうな銘柄が選択された結果なのか、という点は判断のしようがない。

なお、MSCI指数については、海外のいくつかのMSCI ESG指数でもコロナ禍の期間でアウトパフォームしたと、MSCI自身のリサーチによって報告されている(MSCI 2020)。

ESGスコアの3分位(高・中・低評価)区分別の超過リターン

次に、まさにコロナ禍による大幅株価下落時を含む2020年第1四半期(2019年12月末~2020年3月末)において、銘柄や業種による補正を行わないかたちで、ESGスコアを高・中・低評価の3分位に分けた区分別に、投資パフォーマンス(超過リターン)を確認した。使用したESGスコアは、Bloomberg端末およびFTSEから入手して使用可能であった図表8-3に示したスコアである(Bloomberg開示スコア、Sustainalytics、RobecoSAM、ISSスコア(ガバナンススコアのみ)、FTSEスコアの5スコア)。

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(画像=『投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

図表8-4は、各ESGスコアについてスコアの高いものから順に3分割し、第3分位(高ESGスコア区分)、第2分位(中ESGスコア区分)、第1分位(低ESGスコア区分)、全体平均の4つに分けて、その超過リターンの単純平均値を示したものである。仮にESG要素にリスク耐性があるのならば、高ESGスコア区分に属する銘柄群の平均超過リターンは、相対的にみて株価下落度合いが小さいはずである。結果をみると、比較的わかりやすいかたちで高ESGスコア区分の下落率が低いのが、RobecoSAMとISSスコア(ガバナンススコア)による区分である。

特に、ISSスコアについては、高ESGスコア区分ではプラスのリターンをあげており、かなり明確である。他方で、その他ESGスコアでは、それほど明確な区別がつかないか、なかには高ESGスコア区分が相対的な下落率が高いケースもみられた。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

次に、リスク調整済超過リターンの平均値(超過リターンを標準偏差で除したものの平均値)をみたものが図表8-5である。これをみると、やはり比較的わかりやすいかたちで高ESGスコア区分(第3分位)の下落率が低いのが、RobecoSAMとISSスコアによる区分である。

やはりISSスコアについては、高ESGスコア区分ではプラスのリターンをあげており、かなり明確である。他方で、BloombergやFTSEなどのESG情報開示を重視したスコアはほとんどESGスコア区分による差はないか、むしろ高ESGスコア区分の相対的な下落率が高いケースもみられた。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)
投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
湯山智教(ゆやま・とものり)
東京大学公共政策大学院特任教授(2017~2020年7月)。博士(商学)、早稲田大学。慶應義塾大学大学院修了(政策メディア研究科修士)。1997年株式会社三菱総合研究所、2001年金融庁入庁後、監督局、証券取引等監視委員会事務局、日本銀行金融市場局、財務省理財局、米国通貨監督局(OCC)等を経て、2017年東京大学、2020年7月に金融庁に帰任。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。

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