(本記事は、湯山智教氏の著書『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

ESG投資パフォーマンス評価に係る課題

ESG投資
(画像=wladimir1804/stock.adobe.com)

●ESG投資パフォーマンスとは何を意味するのか

これまでにみてきた内容をふまえ、ESG投資のパフォーマンス評価における論点と課題について議論することとしたい。

ESGに対する取組みを示す指標としては、(1)ESGパフォーマンス、すなわち企業のESGに対する取組みや効果の度合い(たとえば、CO2削減、有害物質排出削減などの実績や取組み)、(2)ESGパフォーマンスの評価、すなわちESG評価機関による企業のESGに対する取組みや効果の度合いの評価(スコア化)、(3)企業によるESG情報開示・ディスクロージャーに対する取組みの評価(スコア化)、の少なくとも3つがあげられる。

このうち、既存研究をみる限り、たとえば(2)ESGパフォーマンス・スコアと、(3)ESGディスクロージャー・スコアを混同して、ESGへの取組みとみなし、ESGに対する取組みを明確にせずにESG投資のパフォーマンスの評価を行っている研究もみられる。

また、ESG投資のパフォーマンスの分析対象についても、純粋に株式投資リターンをみるものから、企業価値(資本コスト、トービンQ、PBR)や企業収益などのCFP(Corporate Financial Performance)、負債調達コスト(債券スプレッド、調達金利など)など多岐にわたり既存研究の対象も幅広い。

このため、ESG投資のパフォーマンス評価を行うにあたっては、上記の各要素を明確にしながら行う必要があるだろう。図表2-6は、ESG投資パフォーマンス評価をめぐる上記の各要素の関係を示したものであるが、すべての関係性をみると複雑な連立方程式を解くかのようになるため、焦点を絞って行うことが適切といえる。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

また、GPIFに代表されるように、最近のESG投資では個別株の超過リターン(α)に関心があるのではなく、マーケット全体のリターン向上を目指したものであることも多い。特に、「ベータの向上」として、エンゲージメント(対話、働きかけ)を通じて、αではなく市場全体のリターンを向上させていくことは、上場企業すべてが投資対象となるユニバーサル・オーナーにとっては有効な方法であり、社会的にも意義がある。

では、この場合に、市場全体のリターン向上のESG投資による効果はどのように計測すればよいのかという問題が生じる。たしかに、アベノミクス以降に日経平均株価は大幅に上昇したが、このうちESG要因(特にガバナンス要因)はどの程度なのかということを推計することはなかなか困難であろう。

さらに、これまでの既存研究は、株式投資リターンの分析が多くを占めており、債券や融資の際の借入金利への影響等を検証した研究は少ない。特にわが国のケースについてはほとんどみられない。周知のとおり、わが国では、企業の資金調達の多くを金融機関借入れでまかなっており、実はこうした負債調達コストへの影響をさらに検証することが学術的にも実務的にもニーズが高い分野であるように思われる。

ESG投資は、本来的には長期的な効果を目指したものであり、その投資パフォーマンスの検証に際しても、長期的に経済的価値と両立するESG投資となっているかを検証していくことが課題であろう。わが国においてESG投資がまさに大きな注目を集めたのは、最近数年のことであるが、Dimson et al.(2015)によれば、成功するエンゲージメントが、投資リターンの最大の効果を得るのに16カ月程度を要するとされる。この点で、今後、長期的な投資効果を検証していくことが求められる。

●そもそも優れたESGに対する取組みとは何か

ESGパフォーマンスの評価に際しては、そもそもESGの各要素について、どういった状態であれば優れているのかの定義もむずかしい。環境(E)については、たとえばCO2排出量や有害物質排出量の削減で示せれば比較的わかりやすいといえるかもしれない。

それでも、Eの評価をする際には、たとえば廃棄物に関しては、実際の排出量がどうなったか、という視点もあれば、廃棄物処理方針を定めているか否か、といった観点からの評価もありうる。後者の場合には、処理方針を定めていても、実際の廃棄物排出量が増加したらどう考えるべきかといった論点はあるだろう。

また、ガバナンス(G)や社会面(S)について、優れたガバナンスや社会面での取組みの定義はさらにむずかしいといわざるをえない。たとえば、どのようなガバナンスが優れているのかについては多くの議論があるところである。

具体的にいえば、コーポレートガバナンス・コードでは、「独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである」としているが、では実際に独立社外取締役が多いとよいガバナンスといえるのかというとおおいに議論のあるところである。ガバナンスの目的が、「守りのガバナンス」として会社の不祥事抑制にあるならば、その仕組みを評価するという方法もあるかもしれないが、仕組みが整っていても不祥事が発生した場合にはどのように評価すべきか、といった問題が生じうる。

他方で、ガバナンスの目的が、「攻めのガバナンス」として収益向上に資するような仕組みづくりも意図する場合には、実際に収益向上につながっているかという視点もあるかもしれない。投資家目線でみれば、経営者との間のエージェンシー・コストの低下、株価急落リスクの低減、株価・配当などの上昇を通じた投資パフォーマンス向上にも資するかといった視点も重要だろう。しかし、ガバナンスの仕組みをつくって、成果につながらなかった場合にはどう評価すればよいのかといった問題が残ることは明らかだろう。

また、S(社会的)の意味でのよい企業とは何かという問いについては、そもそも定義からして単純ではないだろう。Sの意味について、ESG評価機関の項目から考えてみると、たとえばダイバーシティーの観点から、女性取締役や外国人役員比率があげられたりすることがある。しかしながら、女性・外国人役員が多くダイバーシティーが進んでいれば単純によい企業か、業績向上につながるのか、というと議論もあるところだろう。

また、労働環境という観点からいえば、たとえば残業の少ない会社がよい会社かというと、必ずしもこれだけで評価できないのは明らかであろう。Sの意味で、どのような評価を行えばよいかが非常にむずかしい点であるといえる。このことからみても、ESG評価会社がガバナンス等のよしあしをどのような観点から評価しており、また、その評価結果が適切なものであるかについての検証もまた実はむずかしいといえる。

●ESG評価を行う項目やデータはあるか

仮に、優れたESGに対する取組みが何かを定めたとしても、次に課題となるのは、それをどのように評価するかという点であろう。当然のことながら、評価のためにはデータやインタビューが必要となることも多い。わが国の上場企業においても統合報告書などが整備されつつあるが、それでも多くの場合において評価データが一定程度あるのは大企業にとどまる場合が多く、このため、ESGスコア自体も大企業中心とならざるをえない。

図表2-7は、一例として、Bloomberg ESG開示スコアにおける評価項目を示している。各ESG評価機関においても、おおむね同じような観点からの項目をチェックして評価し、ESGスコアを作成しているものと思われる。当然のことながら、実際にはこれらの項目について、すべての企業でデータがあるわけでもなく、多くのデータは開示されていないし、そもそも集計されてもおらず、存在しないことすらもある。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)
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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

図表2-8は、やや古いものとなるが、各データ項目について、東証1部上場企業において、Bloombergでデータが示されている企業数を示したものである。金融商品取引法や会社法で開示が法定されている項目が多いガバナンス関連のデータは比較的多くの企業で開示されているが、環境や社会関連のデータはそもそも評価するためのデータ開示が少ないといえる。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

●パフォーマンスの要因追求、因果関係の特定のむずかしさ

既存研究のサーベイの結果によれば、投資効果がポジティブとする研究においても、その理由は理論的にも実証的にも謎(パズル)であり、さらなる研究の余地が多いとの指摘(Renneboog et al.2008b)があるとおり、パフォーマンスの要因追求もまた非常にむずかしい。これに加えて、投資効果の要因のうち、ESG要因に関する因果関係を特定する統計分析技術的な問題もある。これは、ESG投資パフォーマンスの計測に限る問題ではなく、コーポレートガバナンスの効果検証など、広く社会科学における分析一般に当てはまることではある。

たとえば、株式投資リターンに影響を与える要素としての、ESG要因の抽出は実はきわめてむずかしい。株式投資リターンには、企業収益も影響を与えるし、その他のマーケット全体要因も影響を与える。回帰モデル等によって因果関係を求めようとしても、これらの説明変数間に内生性の問題や同時性バイアスが生じている場合には、推計されたパラメーターが統計的な意味で一致性を有せず、仮に有意であったとしても、みせかけの因果関係が生じている可能性もある。

すなわち、ESGへの取組みが優れているから株式パフォーマンスがよいのか、業績が好調で株式パフォーマンスがよいからESGへの取組みが優れているのか、の識別がむずかしい。また、ESGスコアは、時価総額が大きい銘柄が高い傾向にあるが、このため、仮に株式投資リターンが高い場合にはそれはESGスコアが高いからではなく、時価総額が大きい銘柄が多く買われたためである可能性もある。

実際、実証分析ではESG要因と株式リターンにはポジティブな関係を指摘する研究が多かったが、それも本当にESG要因を抽出できていたか、みせかけの相関ではないのか、と疑問が残るものも散見される。統計手法的には、二段階最小二乗法、操作変数法やGMM等の手法を用いて因果関係を計測することで対処することが多いが(なかには、これすらも実施していない研究もみられる)、必ずしも明確に識別できるとは限らない。この問題は、常に付きまとう問題であるため、実証分析を検証する際には注意してみていく必要があるだろう。

投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
湯山智教(ゆやま・とものり)
東京大学公共政策大学院特任教授(2017~2020年7月)。博士(商学)、早稲田大学。慶應義塾大学大学院修了(政策メディア研究科修士)。1997年株式会社三菱総合研究所、2001年金融庁入庁後、監督局、証券取引等監視委員会事務局、日本銀行金融市場局、財務省理財局、米国通貨監督局(OCC)等を経て、2017年東京大学、2020年7月に金融庁に帰任。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。

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