(本記事は、湯山智教氏の著書『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』きんざいの中から一部を抜粋・編集しています)

ESG投資とは何か

投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
(画像=Webサイトより※クリックするとAmazonに飛びます)

わが国の資産運用の分野では、近年、ESG投資というキーワードが潮流となりつつある。ESGとは、環境(Environment)・社会(Society)・ガバナンス(Governance)の3つの頭文字をとったものであり、ESG要素を考慮した投資を「ESG投資」という。

ESGはそれぞれ具体的にどのようなものかというと、たとえば、Eは地球温暖化対策、Sは働きやすさ、女性従業員の活躍、Gは取締役構成などを示すものとされる。ESG投資は、これらを重視する企業への投資や、投資の際のこれらのESG要素を考慮するかたちでの投資をいう。

ESG投資は、2006年に国際連合の責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)のなかで提唱された後、特に注目を集めてきた投資手法である(図表1-1)。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

2015年パリ協定採択や、最近の気候変動・サステナビリティに対する取組みなどを受けて、近年、責任投資原則(PRI)への署名機関数や運用資産残高も急増している(図表1-2)。2019年9月には責任銀行原則(PRB:Principles for Responsible Banking)も策定され、わが国の3メガバンクを含む140近い金融機関が署名している。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

ESG投資の投資手法

では、具体的にどのような方法でESG要素を考慮した投資を実施しているのかを概観する。ESG投資の手法として、一般的には図表1-3に示す7つの方法があげられている。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

グローバルベースでみるとネガティブ・スクリーニングによる方法が多く、日本ではエンゲージメント・議決権行使による手法が多い。最近の傾向としては、グローバルでも日本でも2位につけているESGインテグレーションによる投資が大きくなってきている。また、わが国では、ネガティブ・スクリーニングは、海外と異なりあまり多くなかったが、2019年になって大幅に増加(前年の7倍)したことが注目に値する。

ネガティブ・スクリーニングは、いわゆるダイベストメント(投資撤退)を含むものであり、宗教系財団から始まった最も古い投資手法である。具体的には、道徳的・倫理的に望ましくないような対象、たとえば、軍需・たばこ・ギャンブル・人種差別など特定の業界や企業を投資対象から除く方法である。ネガティブ・スクリーニングでは、投資スタート段階の投資ユニバースの決定段階ですでに除外されるため、その銘柄はESGスコアなどによるスクリーニングの対象にもならない。

ポジティブ・スクリーニングは、ESG評価の高い企業は中長期的にも業績が高いはずだという発想のもとで、ESG評価の高い企業を投資対象に選ぶことによる投資手法である。規範に基づくスクリーニングも同様であり、ESG分野での基準に照らして、その基準をクリアしていない企業を投資先から除外する方法であり、ポジティブ・スクリーニングよりは投資対象が広いとされる。

しかしながら、これらのスクリーニング手法の場合には、投資対象が狭くなることが欠点として指摘されることが多い。

ESGインテグレーションは、最近最も普及しつつあり、財務分析などの従来の投資分析方法に加えて、ESGなどの非財務情報を含めて分析することで、年金基金などの長期投資家が将来のリスクを考慮して積極的に非財務情報を活用していく投資手法である。また、エンゲージメント・議決権行使による投資もおおむね似ているが、株主として積極的にESGへの考慮を投資先に働きかける投資手法であり、ESGに関するアクティビスト型の投資家もこれに含まれる。

投資残高は少ないが、サステナビリティ・テーマ型投資は、太陽光発電・再生エネルギーやグリーン・ボンドなどのサステナビリティを前面に掲げたファンドへの投資である。また、インパクト・コミュニティ型投資は社会・環境に貢献する技術・サービスを提供する企業に対する投資であり、小さな非上場企業を対象とすることが多く、ベンチャーキャピタルなどが担っているとされる。

社会的弱者などのコミュニティを対象とするものもコミュニティ投資に含まれる。このうち、社会的インパクト投資と呼ばれる分野は、最近、特に注目を集めてきており、「財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的および環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資」をいうが、ESG投資のなかでも特に、明示的に社会的・環境的インパクトの実現を投資目標にしていることが特徴であるといえる。

ESG投資の対象

投資対象としては、従来から株式投資が最も一般的であったが、最近、債券や不動産なども投資対象として増加しつつある。図表1-4は日本の例について示したものであり、やはり株式が圧倒的に多いが、債券投資も増加し2019年には前年比5倍近く増加した。

これは、ESG債やグリーン・ボンドなどのサステナブル・ファイナンスの増加を反映しているものと思われる。ESG債券投資の場合、株式購入とは異なり、プロジェクトなどを通じて使途が明確に示されることをメリットに感じる投資家も多いという。また、割合は小さいが不動産投資も増加している。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

ESG投資への関心が高まった背景

近年、ESG投資への関心が急速に高まった背景としては、気候変動やSDGsなどを背景としたE(環境)関連の動きが大きな推進力となったことは間違いないが、G(ガバナンス)要素が入っていることがESG投資を従来のSRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)と区別する大きな要因となっていることもあり、ガバナンス関連の取組みの進展も大きな推進要因と思われる。以下で、これらの背景について概観する。

●コーポレートガバナンスの重視

第1に、2012年12月に発足した安倍政権におけるアベノミクスのもと、コーポレートガバナンスを重視した政策が実施され、これが海外投資家の評価を得たこともあり、コーポレートガバナンスをめぐる気運が大きく高まったことがあげられる。いうまでもなく、ESGのうちのGはガバナンスを意味し、従来のSRIとは異なり、わが国でガバナンスも含まれるESG投資が注目されるきっかけともなったと考えられる。

2015年には、金融庁・東京証券取引所が、上場企業を対象として「コーポレートガバナンス・コード」を策定し、持続的な企業価値向上に向けた企業自身の体制整備を求めた。また、これとほぼ同時期に、経済産業省や環境省でもESGに関する検討会が開催され、関連する報告書等がまとめられており、政府全体としてESGを盛り上げていく一助となったといえる。

●スチュワードシップ・コードへの明記

コーポレートガバナンスに関連するものとして、2017年には「責任ある機関投資家の諸原則(日本版スチュワードシップ・コード)」の改訂版において、ESG要素の考慮が明記された。スチュワードシップ・コードは、英国の動きなどを背景として2014年にわが国でも策定されたものであり、持続的な企業価値向上に向けた機関投資家と企業の対話を求める指針である。

ESG要素の考慮に関して、具体的には、「ESG(環境・社会・ガバナンス)要素のうち、投資先企業の状況をふまえ重要と考えられるものは、事業におけるリスク・収益機会の両面で、中長期的な企業価値に影響を及ぼすのではないか」との指摘を受けて7、ESG要素を含む非財務情報を把握すべきとして、ESGという用語が明記された。

さらに、英国のスチュワードシップ・コード改訂や国際的なサステナビリティ考慮の動きなどを背景に、2020年3月の同コードの3年ごと見直しのための再改訂においても、ESG要素が強調されることとなった。具体的には、冒頭および原則1の指針内で「運用戦略に応じたサステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮」が強調され、「運用戦略に応じて、サステナビリティに関する課題をどのように考慮するかについて、検討を行ったうえで当該方針において明確に示すべきである」と指摘されている。

●GPIFによるESG指数の採用

わが国でESG投資への関心が高まった最大の要因として考えられるのが、世界最大の年金基金であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の動きである。2015年にGPIFがPRIに署名し、あわせて多くの機関投資家・運用会社もPRIに署名した。

さらにGPIFが、その運用に際して「ESG指数」(以下、ESGインデックスともいう)を採用するとともに10、2017年10月に投資運用原則を改正し、すべての資産でESGの要素を考慮した投資を進めることを表明したことは大きな注目を集めた。ESG指数とは、ESG要素に優れた企業の株式などをポートフォリオにして投資対象群とすることであり、そのウェイトや選別された企業は指数ごとにさまざまである。多くの企業がこの指数に含まれることを念頭に、ESG投資に取り組んだ可能性がうかがわれる(図表1-5)。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

●SDGsに対する意識の高まり

国際社会におけるSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)の動きも重要な要因としてあげられる。2015年9月に国連加盟193カ国すべてがSDGsに合意・採択し、貧困撲滅、格差是正、気候変動対策など17の目標を掲げ、わが国でも、安倍政権のもとで、2019年のG20開催を念頭にSDGsへの積極的な取組みが行われ、「SDGsアクションプラン2018」を策定した(2017年12月)。

GPIFは、SDGsとESGの関係については、企業がSDGsに取り組み、ESG投資によって企業に投資することで、それぞれ表裏一体にあるものと指摘している(図表1-6)。すなわち、企業がSDGsに取り組み、こうした企業に対する投資がESG投資であり、これにGPIFが取り組むとしている。

また、同じような趣旨ではあるが、SDGsは文字どおりゴール(目的)であり、それを達成するための「手段」がESGへの取組みであるとの指摘もあり(渋澤2020)、この枠組みで考えれば、やはりSDGsという「目標」を掲げて、ESGという「手段」で取り組む企業への投資が「ESG投資」となると考えられる。

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(画像=『ESG投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか』より)

●気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言等

2015年パリ協定締結や最近の気候変動への関心などを背景に、2017年6月に気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言がなされたこともESG投資の潮流に関連すると思われる。TCFDは金融安定化理事会(FSB)によって設置された民間主体で構成されたタスクフォースであり、マイケル・ブルームバーグ氏が議長を務めた。

同提言は、企業に対し、2℃目標等のシナリオ分析を行い、自社の気候関連のリスク・機会を評価し、その財務的インパクトを把握し、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの項目での開示を推奨している。

わが国でも、TCFD研究会発足(経済産業省、2018年8月)、TCFDガイダンス公表(経済産業省、2018年12月)などがなされ、TCFDコンソーシアム設立(2019年5月、経済産業省・金融庁などと企業の官民連携)などを機に企業の間での賛同が急増し、2019年6月末現在で日本が178組織で世界全体の2割と最大になった。

投資とパフォーマンス―SDGs・持続可能な社会に向けた投資はどうあるべきか
湯山智教(ゆやま・とものり)
東京大学公共政策大学院特任教授(2017~2020年7月)。博士(商学)、早稲田大学。慶應義塾大学大学院修了(政策メディア研究科修士)。1997年株式会社三菱総合研究所、2001年金融庁入庁後、監督局、証券取引等監視委員会事務局、日本銀行金融市場局、財務省理財局、米国通貨監督局(OCC)等を経て、2017年東京大学、2020年7月に金融庁に帰任。日本証券アナリスト協会認定アナリスト。

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