【経営トップに聞く 第40回】玉川憲(ソラコム代表取締役社長)
IoTという言葉をよく耳にするようになって久しい。様々なモノにセンサーなどを取り付け、そこからリアルタイムで得た情報をもとに業務を行なえば、効率を高め、生産性を上げることができる。さらに、新たなビジネスを生み出すこともできる。
しかし、その仕組みを導入するためには高いコストがかかるというのが常識だった。その状況を変え、誰でもIoTを使えるようにしているのが、〔株〕ソラコムだ。創業社長の玉川憲氏に話を聞いた。
クラウド上にソフトウェアで交換機を作り低価格を実現
――御社はIoT向けの通信会社?
【玉川】ざっくり言うと、そうです。皆さんにとって身近なのはスマホやタブレットで使っているヒト向けの通信回線だと思いますが、当社はモノ向けの通信回線を、SORACOMというプラットフォームと共に提供しています。
SORACOMを使うと、AmazonやMicrosoft、Googleなどのクラウドサーバーや自社サーバーに、安全かつ簡単にデータを送れますし、通信を始めたり止めたり、通信速度を変えたりといった管理もできます。
例えば、電球に通信回線をつなげて、点いているか消えているかの情報をクラウドに送るようにしておき、それを高齢者の家のトイレに使うと、その高齢者のトイレの使用状況を間接的に把握できます。当社はこうした通信を月45円からという低廉な価格で提供しています。
皆さんがよくご存じのものでは、ソースネクスト〔株〕のAI通訳機「ポケトーク」も当社の通信回線を使っています。クラウドにあるAIエンジンに端末から音声を送って、翻訳した結果をリアルタイムに送り返すことで、精度の高い翻訳ができているのです。
その他、様々な業種で使っていただいているのですが、多いのは動態管理です。例えば日本橋エリアで巡回バスを運営する日の丸自動車興業〔株〕は、バスに載せたGPSの情報を当社の通信回線で送り、待っている人がスマホで、バスの現在位置を確認できるサービスを提供しています。
もう一つ、多いのが遠隔監視に使っていただくケース。京成電鉄〔株〕には京成スカイライナーが通る踏切の監視に、フジテック〔株〕にはエレベータの監視に使っていただいています。特に新型コロナウイルスの感染が拡大してからは、海外のエレベータを定期巡回できなくなったので、遠隔監視の重要性が高くなっています。
セキュリティが高い閉域回線も提供していて、決済端末に使っていただくケースも増えています。
農業に使っていただいたり、山でイノシシを捕える罠に使っていただいたりと、第1次産業でのユースケースも多いですね。
実は、2年ほど前から、ヒト向けの通信よりもモノ向けの通信のほうが回線の数が多くなっているのですが、当社は5年前の創業当初からモノ向けの通信に特化してきました。ようやく時代が追いついてきたなと思います。
――御社は2017年にKDDI〔株〕のグループ会社になっています。通信回線自体はKDDIのものを使っている?
【玉川】KDDIの回線も提供していますし、創業当初から提供しているのは〔株〕NTTドコモの回線です。携帯電話回線以外にも、Sigfoxなど、IoT用の特殊な無線も提供しています。Sigfoxは、スピードは出ないのですが、ハードウェアを小さく作れて、電池で10年くらい稼働させられるという特長があります。
例えば日本瓦斯〔株〕(ニチガス)は、LPガスの使用量を当社の通信回線につないだスマートメーターで計測することで、検針員が各家庭などを巡回したり、余分な在庫を抱えたりするコストを削減しているのですが、その通信にはSigfoxを使っています。ただ、一部、Sigfoxが届かない地域については、携帯電話回線を使っています。
――モノ向けの通信を提供している企業は、御社の他にもある?
【玉川】特化しているのは当社だけです。携帯キャリアなどもIoT向けのビジネスをしていますが、言わばサイドビジネスのような形です。携帯キャリアは、基地局や、1台数億円もする交換機を数多く置いたデータセンターを設置しなければならず、そのためにコストが高くなります。ですから携帯キャリアにとっては、ARPU(1ユーザー当たりの平均収益)が高い、ヒト向けの通信のほうが魅力的なのです。
モノ向けの通信は、安くなければ使っていただけません。ビジネスにIoTを導入しようとするとたくさんの回線が必要になるので、1回線当たりの料金が高いとビジネスが成立しないのです。ただ、1回線当たりの通信容量は小さくていい。これが、ヒト向けの通信とモノ向けの通信の大きな違いです。
――なぜ、御社は低価格の通信を実現できているのですか?
【玉川】携帯電話回線で言うと、当社は携帯キャリアから回線を買ってユーザーに提供するMVNOに当たります。
MVNOには、単純にSIMを売っている会社と、基地局だけ携帯キャリアに借りて、データセンターは自社で設置している会社とがあって、当社は後者です。ただ、高価な交換機を設置するとコストが高くなり、それを反映して通信料金も高くなってしまうので、クラウド上にソフトウェアで交換機を作りました。ここが当社のユニークなところです。
基地局も借りて、交換機もクラウドを借りてソフトウェアで設置しているので、当社は資産を持たないMVNOということになります。これによって、低価格で通信回線を提供できています。
通信料金が安いと、これまで通信回線を入れるとコストが合わなかったところへも導入できます。ポケトークも、通信料金が高ければ成立しなかった製品でしょう。
現在は200万回線以上にまで契約数が伸び、低価格でも十分にビジネスとして成立しています。
――クラウド上に交換機を作れたのは、玉川社長がAWS(Amazon Web Services)の日本市場での立ち上げに技術統括として携わった経験があったから?
【玉川】そうですね。私の他にも、創業メンバーにはAWSに関わっていたエンジニアや、テレコムベンダーやテレコム機器のメーカーの出身のエンジニアが10人ほどいたので、実現できました。
――海外展開も積極的にしていますね。
【玉川】米国と英国にチームを作って進めています。米国には創業メンバーのCTO(安川健太氏)が、英国には同じく創業メンバーのCOO(船渡大地氏)が行っています。
――海外にも御社のようなサービスはない?
【玉川】例えば米国も日本と同じで、携帯キャリアがIoT向けのビジネスを行なっているものの、ARPUが低いサービスは提供できていません。