通信モジュールやアプリケーションの提供も
――創業の経緯について教えてください。
【玉川】私がAWSの日本市場での立ち上げをしていた2010年頃は、まだアンテナの高い人たちだけがクラウドを使い始めた時期だったのですが、2012年頃になると、「今後は、データはクラウドに集まるようになるだろう」と言われるようになりました。自社サーバーにデータを集めても、それをスマホやタブレットで見られるようにするにはコストがかかるからです。それなら、初めからクラウドにデータを集めて、どこからでもアクセスできるようにしたほうがいい。
実際にクラウドにデータを集める動きは、ゲームとECから始まりました。ゲームは、急に人気が出てサーバーを増やさなくてはならないことがありますが、実際にサーバーを増設するのは時間もコストもかかりますから、クラウドを使うメリットが大きいのです。繁閑期があるECも同様です。また、ゲームもECも、データを分析することが、ビジネス上、非常に重要です。
しかし、クルマや家電など、リアルなモノについては、まだデータが取れていませんでした。AWSを扱っている立場として、お客様から「リアルなモノの情報をクラウドに集めるには、どうすればいいんですか?」と聞かれても、方法がなかったんです。IoTやDXを進めるためには、その方法を誰にでも使える形で提供することが必要だと気がついたことが、起業した理由です。
クラウド上にソフトウェアで交換機を作るというアイデアのもとになったのは、Amazonの本社があるシアトルへの出張中に書いた仮想のプレスリリースです。Amazonには、何かサービスを作る前に、仮想のプレスリリースを書くという文化があるんです。
シアトルで、当時、一緒にAWSの仕事をしていた安川と飲みながら、「クラウドは壊れやすいと思われていて、金融や通信の会社にはなかなか使ってもらえない」という話をしたあと、ホテルに戻って、「通信の仕組みもクラウド上に作れる」という仮想のプレスリリースを書きました。
当社がビジネスを始める前は、法人が通信回線の契約をするには、手間もかかりました。私も実際に携帯キャリアのショップに行ったことがあるのですが、法人契約のためには営業の方と対面でデータ使用量などの条件を交渉する必要がありましたし、印鑑なども必要でした。
当社ではこうした手間も省いて、ウェブで1枚からSIMを買えるようにし、料金は使った分だけあとからいただくという形にしています。セルフサービスで使っていただけるように、説明もウェブ上に詳しく記載しています。
――もともと起業したいと思っていた?
【玉川】大学院卒業後、IBM東京基礎研究所に勤めたのですが、そのときは「特許を取って、会社を作って、ひと儲け」みたいなことを思っていたものの、真剣には考えていなかったですね。リアルなモノのデータをクラウドに集めることは、自分がやらないと進まないだろうと思ってから、真剣に考えるようになって、周りの人を誘って起業しました。もともとサラリーマンで、会社の立ち上げ方はわからなかったのですが、やってみたら何とかなりました(笑)。
――創業直後は大変だった?
【玉川】自分たちで買った苦労なので、あまり言っていないのですが、そうですね。それまでなかったビジネスなので、IoT通信というカテゴリー自体を切り拓かなくてはなりませんでしたから。
一気に打ち出して広めようと、2015年9月末に日経BP社主催のイベントに大きなブースを出して「SORACOM Air」と「SORACOM Beam」というサービスを発表し、Amazonで数万枚すぐに売れるように準備をしたのですが、初日に売れたのは223枚だけ。そのままだと在庫料がかかるので、引き上げました。
その後、翌年1月までに新たに4つのサービスをリリースするなどして、徐々にお客様を増やしていきました。
――契約数が大きく伸びたきっかけはあったのでしょうか?
【玉川】当社のお客様にはSIMを1枚から数十枚だけ使っているお客様も多くいて、そうした方々が当社を支えてくれています。その積み重ねですね。
ただ、その中には大企業に在籍するエンジニアもいて、小規模な実証実験をしたあと、大きな案件に採用していただくケースが増えてきています。その最初の例が、2017年のダイドードリンコ〔株〕の自販機への採用でした。今では約10万台の自販機の販売や在庫の管理に使っていただいています。その後、ポケトークにも採用していただき、昨年、ニチガスにも採用していただきました。
今のトップ顧客の中には、サービス開始当初から小規模に使い始めていただいていたお客様が多くいます。
――今後の展開は?
【玉川】IoTは、過大な期待をされる時期を抜けて、今はキャズム、つまり、幻滅期にあると思います。これを超えてから普及期に入るでしょう。IoTやDXの市場は拡大するでしょうし、実際、モノ向けの通信の市場は毎年2桁成長しています。しかも、ヒト向けの通信の市場は人口によって上限がありますが、モノ向けの通信の市場はポテンシャルが非常に大きい。
無線通信の技術も5G、6Gと進化を続けていますし、クラウドの技術も、機械学習を取り入れてデータ処理を高速化したり、ブロックチェーンを使ったデータベースの仕組みを構築したり、さらには量子コンピュータになったりと進化していきますから、無線通信とクラウドの組み合わせの可能性はまだまだ広がっていきます。
当社のビジョンである「世界中のヒトとモノをつなげ共鳴する社会へ」やミッションである「テクノロジーの民主化」、つまり、誰もが使えるものにすることを実現するためには、通信モジュールも重要です。現状では、ほとんど、お客様が自社開発されているのですが、それが難しい方もいます。そこで、既に当社でも提供を始めています。
その一つが、「GPSマルチユニット」。GPSと温度、湿度、加速度のセンサー、それにバッテリーを搭載し、低消費電力に特化した4Gの携帯電話回線であるLTE-Mで通信をするモジュールです。4つのセンサーそれぞれで集めたデータを送る頻度や、クラウドに送るか自社サーバーに送るかなどは、SORACOMで設定できます。
例えば、これをビニールハウスの中に置いていただくだけで、温度と湿度のデータを取って、「朝方は冷えるからヒーターを入れないと」といった判断ができますし、物流のトラックに載せていただけば、GPSで位置情報が把握できます。
GPSマルチユニットを試しに使ってみて、その後、数百個買われるお客様もいますし、やりたいことが実証できたら自社でデバイスを開発するお客様もいます。盗難対策でバイクに取り付けている個人の方もいますね。
ボタンを1回押す、2回押す、長押しする、という3種類の信号を、LTE-Mでどこからでも送れる、電池で動くボタンデバイスも提供したところ、こちらも好評をいただきました。それぞれの信号にどんな意味を持たせるかは、お客様がSORACOMで自由に設定できるものです。
そこで、さらにセンサーもつなげられるようにしたデバイスも提供しています。ドアの開閉を検知するセンサーや明るさのセンサー、タンクの中の液体の深さを検知するセンサーなど、どんなセンサーでも接続できます。このデバイスを使って、タンクの中の油が減った顧客のところへトラックで油を販売しに行くビジネスを始めた方もいます。当社の通信を使って新たなビジネスを始めていただくのは嬉しいですね。
さらに、動態管理をするためのテンプレートなど、アプリケーションの要望も増えているので、その提供もしていきたいと考えています。
《写真撮影:まるやゆういち》
玉川憲(ソラコム代表取締役社長)
(『THE21オンライン』2020年12月07日 公開)
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