本記事は、楠本和矢氏の著書『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)の中から一部を抜粋・編集しています。
新習慣の創出
ターゲットが、日常の中で頻繁に行う行動や、頻繁に直面する状況に新たな「習慣」を紐付ける方法
事例
▼あるトクホのお茶
多くの生活者が経験する「脂っこい食事」。そのような食事を摂る際に、一緒に飲むべきもの(脂肪の吸収を抑えてくれるもの)として訴求。その結果、「脂っこい食事→○○茶」という連想を形成し、その状況に直面した際に、容易にその商品について思い出し、利用したいという気持ちにさせた。
▼ハーブの健康ドリンク
詳しい機能訴求は特に行わず、「(お酒を)飲む前に飲む」というキャッチフレーズを徹底的に訴求し、飲酒というよくある状況においての「新しい行動」を埋め込んだ。その結果、「アルコールを飲み始める前に飲むドリンク」という、特定の行動に紐付いた独自のポジションを獲得することに成功し、広く浸透した。
解説
ターゲットの、ある「日常行動」が発生した時、それを記憶のトリガーとして、ある商品/サービスのことを思い出してもらうことで、その度ごとに習慣的に使ってもらうことを目論むアプローチです。
日々の当たり前の行動とセットになっているので、「全く新しい行動を提案する」ことよりも自分ごと化しやすく、ニーズを喚起する非常にいいきっかけになります。
なぜ、その行動の際に使わなければいけないのか、という理屈の説明も重要ですが、「ヒューリスティクス」(短絡的に判断する傾向)を加味すると、前述の事例のように、あまり複雑な情報処理をさせず、感覚的に想起させる方法も考えるべきでしょう。
ベースにある理論
▼プライミング効果
先に与えられた情報や印象が、無意識に後の行動や判断に対して影響をもたらしてしまう傾向のこと。
本アプローチでは、ある特定状況での行動を想起させる「印象的な言葉や映像」をプライマーとして位置付け、自然に意識に刷り込み、行動させることを狙います。
適用条件
▼何らかの方法で、「よくある日常行動や状況」に紐付けられること
今まで、そのような訴求をしていなかったとしても、対象となる商品/サービスを、何らかの日常行動や状況に紐付け、メリットが生まれそうであれば、検討してみる価値はあります。
メリットとは、その日常行動に伴う「不安や不満」を解消できたり、より「利便性」が高まったり、何か「+αの便益」があったりするなど、ネガポジ両方の視点で検討してみましょう。
対象となる日常行動と、その商品を紐付ける連想構造をつくるために、生活者がその場で想起しやすい「シンプルなフレーズ」をつくることも必要となります。
活用イメージ
▼テーマ:「男性用フェイシャルクリーム」を広めたい
ある化粧品メーカーが、男性ビジネスパーソンをターゲットにした、肌のハリやツヤを良くすることができるフェイシャルクリームを開発しました。
男性は女性と比べて、毎日の肌のケアに興味を持つ人はまだそれほど多くはありません。ですので、女性向けと同じような訴求の仕方をしても、上手く浸透はしないでしょう。ここで知恵を絞って、男性にゼロからニーズを創り出す方法を考えてみましょう。
▼活用例
ターゲットである男性ビジネスパーソンの日常生活の中にある、「見た目」を気にする場面にはどのようなものがあるでしょうか。例えば「大切な商談の前」や、アフター5の「デートの前」などは、少しでもパフォーマンスを高めようとスイッチが切り替わります。
そこで、これらの状況に紐付けてみます。例えば、「大切な時間の前には、印象を良くするために、肌を引き締めよう」と訴求してみるのはいかがでしょうか。
「10年後の肌」という訴求ももちろんありですが、ずっと美しくいたい、という気持ちを持っている男性はまだそれほど多くない気がしますし、行動経済学的に言えば、将来得られるメリットに対しては過小評価しがちです。ゆえに、思い切って「その瞬間を成功させたい」という顕在化している短期的な便益にフォーカスしてみるというチャレンジです。
このように、フェイシャルクリームを使うべき状況を明確に提示し、重要な約束の前にはそれを必ず塗って出かける、という習慣を作るのです。