本記事は、楠本和矢氏の著書『トリガー 人を動かす行動経済学26の切り口』(イースト・プレス)の中から一部を抜粋・編集しています。
更新タイミング可視化
更新タイミングがわかりにくい商材で、「なくなった/使い終わった」 ということを視覚的・聴覚的に認識させ、再購入を促す方法
事例
▼替え刃型の安全カミソリ
更新するタイミングがわかりにくく、何となく交換せず使い続けてしまいがちな安全カミソリ。その刃の周りに、肌に潤いを与えるジェルを付けた。使い続けると、一定期間でジェル部分がなくなる。そのジェルがなくなったタイミング=刃を替えるタイミング、という認識が生まれ、定期的な買い換えを効果的に促進している。
▼電動シェーバーの洗浄液
電動シェーバーの使用後、洗浄する機材に使う専用の液体がある。洗浄液の状態は外からはわからず、ともすれば長く使い続けてしまいがち。取り替え時期がきたら、ランプが点灯して知らせてくれるところまでは普通だが、それが一定回数続くと本体自体が作動しなくなる。かなり強制的な方法だが、代替手段がないので取り替えざるを得ない。
解説
商品/サービスによっては、いつ再購入/更新すればよいのか、そのタイミングが明確でないものがあります。生活者は基本的に面倒くさがりなので、そのタイミングがわからないことを理由に、ついつい先送りしがちです。この状況を放置すると、LTV(顧客生涯価値)が上がっていきません。
この心理を超えていくために、提供側から「今このタイミングが更新すべき時だ」というシグナルを、何らかの方法を通じて発信し、購入を促すという方法です。
ベースにある理論
▼アンカリング効果
事前に与えられた情報や数値が「基準」となって、後の判断に影響をもたらしてしまう傾向のこと。
本アプローチでは、提供側からアンカーとして提示された「更新タイミング」という情報をきっかけに、何の疑いもなく継続/更新を行わせてしまうことを狙います。
適用条件
▼再購入/更新のタイミングを掴みにくい商品
内容物が物理的になくなったり、継続使用に耐えられず使えなくなったりするものであれば、わざわざこのアプローチを採用する必要はありません。むしろ、放っておくとずっと使い続けてしまうような商品にこそマッチします。
前述のシェーバーの例のように、センサーなどを設置できる電化製品であれば比較的簡単に適用できます。むしろ、非電化製品での適用こそ知恵の見せどころです。
活用イメージ
▼テーマ:「男性用下着」の長すぎる利用期間を何とかしたい
通販を主体とする、男性用下着のメーカー。高品質/優れたデザインで人気のブランド。しかし、リピート購入までの周期が非常に長いことが課題。
調査をすると、気に入っているがゆえ、徐々にボロボロになっても気付かず穿き続けてくださるという結果が……。メーカーとしては何とも言えない状況。適切な周期で買い換えてもらうために、どうすればよいでしょうか?
▼活用例
それなりにいい値段の下着であれば、素材も縫製も良いので、普通に使っていれば、繊維が擦れて穴が空いたりすることはほとんどなく、結構長持ちします。そして繰り返し穿くものなので、劣化が進んでいることにもあまり気付きません。ユーザーにとっては、更新のタイミングを掴むことが意外に難しいのです(私自身の経験でもあります……)。こんな時にこそ、本アプローチを使い、更新タイミングを可視化する方法を考えてみましょう。
例えば、腰回りのゴム部分の内側に細工を施し、ゴムの劣化が一定レベルを超えると、交換時期がわかるシグナルが露出する、などの方法はいかがでしょう。
今のままでは、明らかにボロボロになっても、高単価ということもあり、捨てるのは何となくもったいないという罪悪感が買い換えのブレーキになりそうですが、ある小さなシグナルが見えたタイミングが推奨交換時期ですよ、と背中を押してあげると、「いい言い訳の提供」にもなり、安心して買い換えることができるようになるかもしれません。