「変わり者」は放っておいてもらえる
ドラッカーの「生態的ニッチ戦略」とは、ひと言でいうと「競争のない市場で事業を展開すること」です。そんな市場はなかなか見つからないと思ってしまいますが、「藤屋式ニッチ戦略塾」の主宰者として中小企業経営を支援する藤屋伸二氏は、「非競争市場には4つの条件があり、うち2つの条件を満たすことができれば創り出せる」といいます。それらはどんな条件なのか、事例をもとに見ていきましょう。
※本稿は藤屋伸二『小さな会社は「ドラッカー戦略で戦わずに生き残る」』(日本実業出版社)の一部を抜粋・再編集して掲載したものです。
独占市場をつくるには4つの条件があります。「4つのマネ防止策(参入障壁)」と言い換えてもいいでしょう。これらのうち、2つ以上を組み合わせれば、ほぼ間違いなく非競争の市場をつくり出すことができます。
相対的に小さな市場をねらう
小さな市場であれば、大企業が参入してくることはありません。しかし、「小さな市場」の「小さな」は、あくまでも相対的なサイズです。
たとえば、富山県の光岡自動車株式会社は1日1台しかつくらない非量産型自動車メーカーとしてマニアックなお客様に支えられています。同社の自動車開発部門の売上は20億円ありますが、トヨタなどの大手が絶対に手を出さず代替商品もない「生態的ニッチ(占有できる)市場」を手にしているのです。
さらに、高級スポーツカーのフェラーリの売上高は4000億円を超えています。ただし、生産台数は9000台にも満たず、世界の自動車の年間生産台数が約9000万台という点からすれば、市場シェアは0.01%未満ですから、超がつくほどの「生態的ニッチ」を確保していることになります。そのため、あえて「売れるだけ売る」ことはせず、「生態的ニッチ」を確保し続けるために「売りたいだけ売る」スタンスを貫いています。
なお、フェラーリの1台あたりの営業利益は約1200万円で、2位のポルシェの200万円弱、ベンツの50数万円、トヨタの30万円弱を大きく引き離しています。それは「生態的ニッチ市場」で、ファンや信者のようなお客様をしっかりつかんでいるからです。
「業界では非常識」と思うようなお客様目線で考える
他社と違うこと、未知の領域のことに取り組むには勇気を必要とします。したがって、ほとんどの会社は勇気がないので、横並び意識で経営をしています。また、新しいことが常識や当たり前のこととして受け入れられるようになるまでには、かなりの時間を要します。
しかし、その新しいことや常識はずれのことが狭い範囲(生態的ニッチ)にとどまっていると、永遠に世間や業界の常識や当たり前にはなりません。したがって、追随者(新規参入者)は現れず、「変わり者」として放っておいてもらえます。ですから、競争がない環境で優雅に経営できるのです。
「業界の非常識」という点で、藤屋式ニッチ戦略塾・塾生の土田雅大さんが経営するトイプードル専門のブリーダー・京都ラッキーファミリー(滋賀県大津市/従業員4名)ほど、非常識な会社はありません。
京都ラッキーファミリーのペットホテルサービスでは、お客様が希望すれば一緒に寝たり、一緒に風呂に入ったりします。これによって、ペットは狭いケージに閉じ込めることもなく、普段と変わらない生活となり、飼い主も安心して預けて旅行に行くことができます。また、トリミングでは、順番待ちや飼い主が迎えに来るまで、ほかのワンちゃんたちとトリミングサロンのなかを遊びまわっています。
このような環境をつくったのには理由があります。土田さんがブリーダーをはじめた頃、ペットショップで委託販売もしていました。ある子犬を預けていたのですが、いつまで経っても売れません。そこで引き取ることにしたのですが、連れて帰るとまっすぐ歩けなくなっていたのです(委託先のペットショップでは、狭いケージに入れて十分な運動をさせていなかったのです)。
土田さんはそれを見て、二度とペットショップに卸したり、委託したりすることはせず、すべて自分で販売することを決意しました。
すべてのペットショップがそうだとはいいませんが、土田さんは自分のところでは、そのようなことは絶対にしないと言い切ります。そのため、たんなる「トイプードルのブリーダー」から、「家族として迎えるトイプードルとの素敵な暮らしをサポートする」に事業のコンセプトを変更しました。そして、次のようなサービスの提供をしています。
- 販売時に要望があれば、自宅まで行ってケージやトイレの場所のアドバイスをする
- 困ったことが起きたときの24時間365日の電話相談
- 販売した犬が病気になると、飼い主と一緒に動物病院に行く
- ドッグフードは、人間が食べてもいいホームセンターなどでは販売していないものに
- ペットは家族の一員だから、人間同様の健康管理に関する情報提供サービス
これらのアフターサービスは、飼い主との結びつきを強め、口コミや紹介も増えています。
たとえば、トリミングサービスのおかげで、飼い主と定期的に会うことができるようになりました。そのときに、ワンちゃんの様子がわかります。近頃、食欲がないと聞くと、さまざまなドッグフードを試食させます。そのなかに喜んで食べるドッグフードがあると、飼い主は継続的に買ってくれるようになります。あるいは、1週間程度預かって、食欲を回復させることもあります。
また、定期的に利用してもらうと飼い主との人間関係も構築できるので、ペットホテル、デンタルケア(ワンちゃんの歯みがき)、腸内ケアの各種サービスを定期的に受けてもらったり、ケア用品を買ってもらったりしています。これらストック型ビジネス(継続的に売上が発生する仕組み)の中心になっているのがトリミングなのです。
このように事業のコンセプトを、ブリーダー業界の非常識となる「家族として迎えるトイプードルとの素敵な暮らしをサポートする」に変更してから、京都ラッキーファミリーの売上高は3倍以上になりました。
外部から「儲かる仕組み」がわからないようにする
これまでと同じやり方では儲かりそうにないことでも、やり方しだいで儲かる仕組みに変わります。たとえば、Googleは有料だったインターネットのポータルサイトを無料にしました。ただし、これだけでは収益性がないので他社は手を出しませんでした。
同社はたくさん集まってくる閲覧者を対象に、「ウェブ広告会社」という新しい業態をつくり上げました。しかし、他社には儲かる仕組みがわからなかったため、追随する会社はありませんでした。そして、他社が追随してくるまでの間に、圧倒的に優位な地位を確立しました。なお、Googleがこの仕組みをつくったのは、起業してすぐの頃ですから、文字通り小さな会社のときでした。
また、ほかの事例として、東京にスター・マイカ株式会社という不動産仲介業者があります。同社は山手線の沿線のマンションを対象に、「オーナーチェンジ」に特化したビジネスモデルで急成長しました。
マンションに入居者がいる状態で、所有者(賃貸人)が変わることを「オーナーチェンジ」といいます。しかし、入居者がいると売買がしにくいので、大手の不動産会社は取り扱いをしたがりません。そこに目をつけた同社は「オーナーチェンジ専門の不動産売買」という「生態的ニッチ市場」を開拓して、オンリーワン(少なくともニッチトップ)の市場を手に入れました。
同社は、マンション1棟のうち数物件しか買わないという分散投資を原則として成長しました。しかし、上場を果たして以降、マンションの1棟買いなど、生態的ニッチから少しずつずれ出したようです。したがって、強力な競争相手が現れる可能性が出ています。
なお、同社は今でこそ上場企業ですが、このビジネスモデルを考え、実践したのは起業時だったことから、小さな会社でできることの可能性の大きさを示しています。
他社に「めんどうくさそうだ」と思わせる
楽して儲かる。これは誰もが望むビジネスモデルですが、たんなる幻想です。
楽して儲かる分野には、誰もが殺到するので、すぐに儲からなくなります。新しい市場が発生して先行者利益を確認すると、新規参入者が殺到し、やがてレッドオーシャン(過当競争の市場)になり、赤字事業の清算のために撤退する。これが繰り返されています。
しかし、めんどうくさいとわかっている事業・商品・サービスに追随する会社はほとんどありません。儲かるとわかっていても放っておいてもらえます。ですから、お客様のニーズはあるが、競合がいない状況がつくれ、継続的に儲かる仕組みになるのです。
書籍情報
タイトル:小さな会社は「ドラッカー戦略」で戦わずに生き残る
著者:藤屋伸二
判型:四六判/並製
ISBN:978-4-534-05839-3
定価:1,760円(税込)
著者プロフィール
藤屋伸二 (ふじや しんじ)
藤屋ニッチ戦略研究所株式会社代表取締役。1956年生まれ。1996年経営コンサルタントとして創業。1998年に大学院に入り、「マネジメントの父」といわれているドラッカーの研究をはじめる。現在は、ドラッカーの「生態的ニッチ戦略」に基づき、中小企業を対象にしたコンサルティング、経営塾にて300社以上の業績伸長やV字回復を支援。著書・監修書には『図解で学ぶドラッカー入門』(日本能率協会マネジメントセンター)、『ドラッカーに学ぶ「ニッチ戦略」の教科書』(ダイレクト出版)、『まんがと図解でわかるドラッカー』『まんがでわかるドラッカーのリーダーシップ論』(以上、宝島社)など30冊以上あり、累計発行部数(電子版・海外版を含む)は244万部を超える。
(提供:日本実業出版社)
【オススメ記事 日本実業出版社より】
・戦わずして生き残る!「ドラッカー戦略」は小さな会社にこそ効く
・逆境を乗り切るために「いま」経営者がすべきこと
・「吉田カバン」の仕事に見るものづくりの原点
・「小が大に勝つ」真田の兵法に何を学ぶか
・「大企業とベンチャーどちらを選ぶべきか」で見落しがちな視点