シンカー:米国は財政拡大に積極的で、日本は消極的であり、日米の市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの方向感の違いがあるため、ここまでの株価のパフォーマンスに違いが出るのは明らかだ。米国はリフレ・サイクルの強化でインフレ期待が上昇する一方、日本はデフレ感がまだ残っている。インフレ格差は円高懸念となり、株価の重しとなる。新型コロナウィルス問題の打撃を受けた企業は、借入などで日々のコストを賄うことが限界にきて、リストラやデレバレッジなどの事業の大きな縮小が起こり、企業貯蓄率が上昇するリスクがある。財政政策が消極的であり続ければ、ネットの資金需要が消滅し、日本のリフレ・サイクルが腰折れてしまう。日米のリフレ・サイクルの方向感の違いは、急激な円高のリスクとなるだろう。リフレ・サイクルの方向感の違いを放置しておくことは危険であるので、日本は財政を更に拡大する必要がある。日本でもリフレ・サイクルを活性化できれば、米国との方向感の違いが解消し、円高のリスクを減じることができるだろう。そうなれば、日本でも設備投資サイクルがけん引する景気回復の強さが確認できるようになるだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

グローバル・デフレからインフレへの転換の背景には財政拡大がある。物価上昇につながるマネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。日米ともに財政拡大でネットの資金需要が拡大し、リフレ・サイクルが上向いたことで、株価が実体経済を引き離して上昇していき、物価にも上昇圧力がかかった。新型コロナウィルス感染拡大前の2019年10-12月からの2020年1−3月期までで、ネットの資金需要は日本で+0.2%から−6.2%へ消滅した状態から復活し、米国で−8.0%から−17.5%へ倍増している。

米国は、バイデン政権の始動で、追加の財政拡大が計画され、米国のネットの資金需要は更に拡大し、リフレ・サイクルが更に強くなる期待が高まってきた。日本は、政府が予算の予備費をすべて取り崩し、新たな補正予算を編成して、財政支出の拡大で家計・企業を支援することにまだ及び腰だ。日本はリフレ・サイクルが弱体化するリスクがある。米国は財政拡大に積極的で、日本は消極的であり、日米のリフレ・サイクルの方向感の違いがあるため、ここまでの株価のパフォーマンスに違いが出るのは明らかだ。そして、新型コロナウィル感染拡大前からのネットの資金需要の拡大幅は、米国が日本を圧倒しており、インフレ格差にもつながっている。日本は財政拡大が不十分で、物価上昇の動きが遅れている。

米国はリフレ・サイクルの強化でインフレ期待が上昇する一方、日本はデフレ感がまだ残っている。インフレ格差は円高懸念となり、株価の重しとなる。日銀がイールドカーブ・コントロールで長期金利を抑制し、日米金利差が拡大しているから、何とか円高圧力の発現を抑えている。しかし、新型コロナウィルス問題の打撃を受けた企業は、借入などで日々のコストを賄うことが限界にきて、リストラやデレバレッジなどの事業の大きな縮小が起こり、企業貯蓄率が上昇するリスクがある。財政政策が消極的であり続ければ、ネットの資金需要が消滅し、リフレ・サイクルが腰折れてしまう。国際経常収支の黒字の内需低迷による悪い形の拡大が起こる。日米のリフレ・サイクルの方向感の違いは、急激な円高のリスクとなるだろう。

FEDは2023年の利上げを予想しているが、たとえ2022年に利上げが前倒しされたとしても、リフレ・サイクルの方向感の違いからくる円高圧力を消すことは困難だろう。日本のリフレ・サイクルが腰折れていて、米国のものが強ければ、マネーの拡大の差の影響の方が圧倒的に強いとみられるからだ。新型コロナウィルス問題が終息に向かうとみられる2022年には、これまでの新たなデジタル・テクノロジーなどの発展のモーメンタムなどを背景に、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進し、第四次産業革命や脱炭素などの投資テーマで投資活動が活性化することで設備投資サイクルが上振れ、米国の景気回復は強くなるだろう。内需拡大により、米国の国際経常収支の赤字は拡大するだろう。25bp程度の利上げでは、FEDが景気・物価・マーケット動向に対して「ビハインド・ザ・カーブ」である状況に変化はなく、金融政策は緩和的な状況が続くだろう。

リフレ・サイクルの方向感の違いを放置しておくことは危険であるので、日本は財政を更に拡大する必要がある。秋とみられる衆議院選挙の前後に、臨時国会で、新型コロナウィルス感染抑制後の経済再生の力を強くしようとする経済対策の補正予算を通すなどして、財政スタンスが緩和的であることをまず示す必要があるだろう。そして、来年初には夏の参議院選挙に向けた景気回復を促進するために、通常国会で更なる経済対策の補正予算を通し、強いネットの資金需要が維持されることを示すことも必要だ。日本でもリフレ・サイクルを活性化できれば、米国との方向感の違いが解消し、円高のリスクを減じることができるだろう。そうなれば、日本でも設備投資サイクルがけん引する景気回復の強さが確認できるようになるだろう。

日本では、2022年度から2023年度にかけては、バブル崩壊後になかなか打ち破ることのできなかった実質設備投資のGDP比の17%弱の天井を打ち破る動きが起こるだろう。その低く固い天井は、日本企業の長期的な成長期待と収益期待が低いままであったことを表していた。設備投資がけん引役となり、企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が、景気を緩慢なU字型から強いV字型に進展させるだろう。設備投資サイクルが天井の突破に向けて動き出すことで、企業の長期的な成長期待と収益期待がついに上昇したことが意識される。30年来の転換点だ。デフレ構造不況からの脱却の機運で、景気拡大と株価上昇は加速していく可能性がある。そのためにも、まずは財政拡大が必要だ。

図1:日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

日本のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=日銀、内閣府、岡三証券 作成:岡三証券)

図2:米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

米国のネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=BEA、 FRB、岡三証券 作成:岡三証券)

図3:設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比

設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:バイデン大統領の財政拡大策

米上院は10日、1兆ドル規模のインフラ投資法案を賛成69、反対30の賛成多数で可決した。上院は3.5兆ドル規模の財政支出法案についても審議入りを承認した。米下院は9月20日まで休会予定のため、インフラ投資法案が成立するのは9月以降になる見通しだ。また、民主党のペロシ下院議長は、両法案がそろうまで下院での審議は行わないと明言している。両法案が成立すれば、財政拡大に支えられて、米国のネットの資金需要はマイナスのまま(強いまま)で、リフレ・サイクルも強い状態が継続する可能性が高いだろう。秋にも補正予算が組み込まれる日本も同じような政策を実施すれば、リフレ・サイクルを強くすることができ、経済のダウンサイドリスクを抑制することができるだろう。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来