経営とは何か?〜ドラッカーと渋沢栄一から経営の神髄を探る~
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風間 啓哉
風間 啓哉(かざま・けいや)
監査法人にて監査業務を経験後、上場会社オーナー及び富裕層向けのサービスを得意とする会計事務所にて、各種税務会計コンサル業務及びM&Aアドバイザリー業務等に従事。その後、事業会社㈱デジタルハーツ(現 ㈱デジタルハーツホールディングス:東証一部)へ参画。主に管理部門のマネジメント及び子会社マネジメントを中心に、ホールディングス化、M&Aなど幅広くグループ規模拡大に関与。同社取締役CFOを経て、会計事務所の本格的立ち上げに至る。公認会計士協会東京会中小企業支援対応委員、東京税理士会世田谷支部幹事、㈱デジタルハーツホールディングス監査役(非常勤)。

「会社をどのように経営して行けばよいのか」と日々頭を悩ませている経営者も多いことだろう。そもそも、「経営」とはどのようなものなのか。今回は、経営者にとって永遠のテーマでもある「経営」について改めて考え、少しでもその核心に迫ってみたい。

目次

  1. 経営の意味を改めて考えてみよう
    1. 経営という言葉の共通の定義づけは難しい
  2. 現代経営の父ドラッカーに学ぶ“経営”とは?
  3. 日本近代化の父、渋沢栄一に学ぶ“経営”とは?
    1. 経営について語られる渋沢栄一の著書
  4. 最後に

経営の意味を改めて考えてみよう

『デジタル大辞泉(小学館)』によると、「経営」とは「事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定をおこなって実行に移し、事業を管理遂行すること。また、そのための組織体」とある。

また、『広辞苑(第7版 岩波書店)』によれば、「経営」とは「継続的・計画的に事業を遂行すること。会社・照合など経済的活動を運営すること。またそのための組織」とあり、デジタル大辞泉と同様の説明となっている。

一方、広辞苑の「経営」の一番目の説明としては「力を尽くして物事を営むこと」であると記載もされている。

経営という言葉の共通の定義づけは難しい

「経営」の定義ひとつとっても、大変意味深いものであることがわかる。しかし、重要なことは表面的な解釈ではなく、その言葉の意味そのものをもう少し掘り下げて考えることだろう。

単に「経営」と言った場合、会社組織を動かす行為を指すこともあれば、事業の成長を目的としてドライブさせることを指すこともあるだろう。「経営」が、シンプルな言葉で説明が完結するほど単純明快なものならば、世にある多くの企業経営者の悩みのほとんどが解消されてしまうかもしれない。

組織のトップが日々悩んでいることの大半が「経営」に関わることであろうし、その「経営」を定義づけることの難しさを、歴代の名経営者が語っているように思われる。とりわけそのことは、「経営」に「哲学」を加えて、その経営者の思想や生き方そのものを語ることにも表れているように思える。

「経営」について深掘りするにあたり、経営者一人一人にフォーカスを当てたいとも思うが、会社の数と同様に、経営者の「経営」哲学も千差万別である。したがって、今回は、現代経営の父といわれた経営学者であるピーター・F・ドラッカーと、日本近代化の父といわれる渋沢栄一の二人にフォーカスを当てて、「経営」についてさらに掘り下げてみたい。

現代経営の父ドラッカーに学ぶ“経営”とは?

ピーター・F・ドラッカーは経営学者であるが、彼が実際に教鞭をふるった学問は、政治、経済、哲学さらには東洋美術にまで及ぶため、正しく表現することが難しい。ドラッカーは1909年にオーストリアのウィーンに誕生し、2005年に没するまでに数々の名著を世に送り出している。ドラッカーの名著の中でも『マネジメント』はとりわけ有名であろう。

「経営」は英語に訳すと「マネジメント(management)」となるが、ドラッカーが、“マネジメント”、すなわち「経営」に関して残した思想は、今もなお多く語り継がれている。

「ドラッカー」の名を冠した経営マネジメントの書籍を、書店で目にすることが多いのではないだろうか?また、通称「もしドラ」でお馴染みの『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら(岩崎夏海著 ダイヤモンド社)』は、日本でベストセラーにもなっており、映画化やアニメ化もされている。

ドラッカーは、マネジメントを「発明」したとされることがある。むろん、これまでもさまざまな経営者によって「経営」が行われており、さまざまな学者が「経営」の学問的追及を行ってきたはずだが、それまで体系化されていなかった“マネジメント”を、体系づけて可視化したことがそのように言われる理由である。

ドラッカーは、“マネジメント”を「組織に成果を上げさせるための道具、機能、機関」と定義したうえで、“マネジメント”を実際に遂行する人を“マネージャー”と呼び、「組織の成果に責任を持つ人」と位置付けている。

「事業の目的は喜ぶ人を増やすこと」という言葉を残したドラッカーであるが、“マネジメント”の役割を次のように定義づけている。

(1)マネジメントの3つの役割

①事業を通じて特有の社会的機能を全うすること

その組織にしかできない社会的な使命を帯びた機能を発揮することで、社会貢献を行うこと

②組織メンバーの生産的な働きによる自己実現を達成すること

組織内で働くメンバーが生き生きと生産的な仕事を行うことを通じて、そのメンバーの自己実現が図られるようにすること

③社会的問題解決に貢献すること

利益追求など組織自身の固有の利益に固執することで悪い影響を及ぼすのではなく、世の中をプラスに導くことへ貢献すること 実際に日常的に行っている我々の“マネジメント”と比較して考える意義は大きいだろう。

(2)経営を考える上で重要な「5つの質問」

ドラッカーが残した言葉のひとつに、「成功を収めている企業は、『我々の事業は何か』を問い、その問いに対する答えを考え、明確にすることによって成功がもたらされている。」という言葉がある。「経営」を考える上で重要な要素がここにあり、以下の5つの質問について徹底的に考え続け、それに基づき行動することの先に目指すべき「経営」があるように思う。

①我々のミッションは何か?
②我々の顧客は誰か?
③顧客にとっての価値は何か?
④我々にとっての成果は何か?
⑤我々の計画は何か?

ドラッカーの名言に、『未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ。』がある。過去の数値にとらわれる事が多い会計・税務業界においても、経営者と同じように「未来への目線をもちながらサポートをしていきたい」という思いを持っていた時にこの言葉に触れて、私は強くドラッカーに共感したことを覚えている。

他にも数々のマネジメントに関わる名言を残してきたドラッカーだが、明治維新後の日本に特に興味を持っていたとされている。今回、「経営」についてもう一人フォーカスをあてる渋沢栄一の思想は、ドラッカーに直接あるいは間接的に影響を及ぼしたかもしれない。

(参考文献:「ドラッカー入門新版 上田惇生・井坂康志 著(ダイヤモンド社)」)

日本近代化の父、渋沢栄一に学ぶ“経営”とは?

渋沢栄一は、2021年のNHK大河ドラマでも取り上げられている、言わずとも知れた日本の実業家である。

渋沢栄一は、現在の埼玉県深谷市の豪農の家に生まれ、幼少から家業を手伝い、商売に触れながら尊王攘夷論に傾倒していく。渋沢の当時の思想と相反するように、後の15代将軍となる徳川慶喜に仕え、パリへの留学を契機として近代的資本主義の神髄に触れ、明治維新後の近代日本国家建設のベースとなる多くの企業の設立に関わることになった。

例を挙げると、以下の企業を含めてその数は500社にも及ぶとされている。

・日本銀行
・三井住友銀行
・みずほ銀行
・JR東日本
・帝国ホテル
・東京海上日動
・東急電鉄・東急不動産
・東京ガス
・東京証券取引所
・東洋紡
・王子製紙・日本製紙
・日本郵船
・アサヒビール
・サッポロビール

また、田園調布という街を造ったのも渋沢である。

経営について語られる渋沢栄一の著書

会社を立ち上げた経験がある方は、渋沢が関わった会社の数の多さと、現在にまで存続している事業そのものにさぞ驚くだろう。もちろん、明治維新後という時代背景もあるだろうが、そこまでの事業に関われたヒントは、晩年の渋沢が残した『論語と算盤』にあるのではないだろうか。

『論語と算盤』は単なるビジネス本ではなく、書籍のタイトルにもあるように、道徳的側面と経済的側面の両立を念頭におきながら、それらを融合させた上で、渋沢本人の言葉として「経営」について伝えられている。

・正しい道理ならばお金儲けは悪ではない

「儒教」の教えを背景として、お金儲けが悪のように扱われた江戸時代以降の思考があるが、渋沢は真っ向からこの点を否定している。

渋沢によれば、孔子が『論語』を通じて本当に伝えたかったことは、道理にしたがって金銭が得られないのであれば貧困の方がよいが、正しい道理にしたがって得た金銭については差し支えないということである。

・自己利益だけを追求せず他者を思いやる

他方で、自己の利益を追求しすぎた場合には、他者の利益を害して恨みを買うことにもつながる。そのため、他者を思いやるという配慮の気持ちも忘れてはならない点も伝えている。そのバランスが重要であるということだろう。

また、渋沢は『論語と算盤』の中で、次のようにも述べている。

「事柄に対し如何にせば道理にかなうかをまず考え、しかして、その道理にかなったやり方をすれば国家社会の利益となるかを考え、さらにかくすれば自己の為にもなるかと考える。

そう考えてみた時、もしそれが自己のためにはならぬが、道理にもかない、国家社会をも利益するということなら、余は断然自己を捨てて、道理のある所に従うつもりである。」

近年、持続可能な開発目標として世界的にSDGsが叫ばれている。自社の利益を追求し過ぎるが故に、環境破壊や人権侵害、格差などが進んできた時代を受けて、多様性と包摂性のある社会への取り組みが、さまざまな企業に浸透しつつある。

渋沢の経営に対する思考をたどっていくと、このSDGsが念頭によぎってくる。渋沢が目指していた社会や経済活動は、まさに、このようなことではなかったか。

(参考文献:「論語と算盤(渋沢栄一)」「渋沢栄一 鹿島茂(文芸春秋)」、「渋沢栄一のメッセージ 島田昌和(岩波現代全書)」

最後に

今回取り上げた「経営」というテーマは、経営者の生きざまがそのまま詰まった原石ともいえるだろうし、人生哲学でもあるだろう。経営者にとっての永遠のテーマである「経営」について、少しでも考えるヒントになれば幸いである。

文・風間啓哉(公認会計士・税理士)

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