動画ストリーミングサービス市場で熾烈な新規顧客争奪戦が繰り広げられた2021年第3四半期(7~9月)、Netflixが過去最高の売上高を記録した。さらに、有料会員数は440万人増と前年同期の2倍の速度で増加し、合計2億1,356人に達した。
その好調ぶりを支えたのは、韓国オリジナルドラマ「イカゲーム(Squid Game)」の世界的大ヒットである。リリース後、瞬く間に予算の約42倍に相当する推定8億9,110万ドル(約103億2,659万万円)相当の価値を創出するという快挙を成し遂げた。しかし、一部では「今一つハマれない」という声もあるなど、賛否両論のようだ。
売上記録更新「イカゲーム」の世界的人気が貢献
同社が10月19日に発表した第3四半期の売上高は、前年同期比16%増の74億8,300万ドル(約8,483億7,116万円)と記録を更新した。営業利益は33%増の17億5,500万ドル(約1,989億6,985万円)、最終利益は83%増の14億4,900万ドル(約1,642億6,130万円)といずれも好調な伸びをみせた。
会員数の伸び率は小幅だったものの、増加ペースは速く、Amazon PrimeやDisney+、Apple TVといった強敵を相手に健闘した。
同社は追い風となった要因を2つ挙げている。コロナ禍で延期されていたコンテンツが続々と公開されたこと、そして「イカゲーム」が世界94カ国で予想外の驚異的な成功をおさめたことだ。同ドラマは9月17日のリリース後、最初の4週間で1億4,200万の会員世帯が視聴するというNetflix史上最大の大ヒット作の一つとなった。
イカゲームにしかない?3つの魅力
筆者が驚いたのは、普段は過激なストーリーのドラマや映画とは無縁の友人までもが、「イカゲーム観た?面白い?」などと強い関心を示した点だ。「残虐なシーンが多いよ」という警告をものともせず、全話観た者もいる。つまり、単に過激さをウリにするコンテンツにはない魅力が、イカゲームにあるということだ。一体、なにが幅広い層の視聴者を魅了したのか。その理由を3つ、挙げてみよう。
1.単純明快なストーリー+サバイバル要素
ストーリーはいたってシンプルだ。舞台は韓国である。「プレーヤー」に選ばれた人々が、自らの借金を返済するために巨額の賞金を賭けたゲームに挑戦し、勝ち抜けば賞金、負ければ処刑される。プレーヤーが挑戦するゲームも、だれもが子どもの頃に遊んだことがある「だるまさんが転んだ」や「ビー玉遊び」「綱引き」など、ルールの説明が不要なものばかりだ。
ヒューマンドラマとともに過酷な生き残り戦が繰り広げられるという展開は、目新しいものではない。海外ものならば『ハンガーゲーム』、日本では『カイジ』『バトルロワイアル』『GANTZ』『今際の国のアリス』『ライアーゲーム』などのコンセプトと共通する。
いずれも大ヒット作となっているのは、分かりやすい単純明快なストーリー+スリリングなサバイバル要素という王道の組み合わせが成功したためだ。
2.脳裏に焼き付くビジュアル
筆者自身も宣伝の時点から感じていたことだが、まず強烈な色彩が脳裏に焼き付く。
プレーヤー全員が着用しているグリーンのジャージ、警備員が着用しているショッキングピンクの防護服、黒いマントとポリゴンのような仮面など、毒々しい色合いのコスチュームは見る者をギョッとさせる。プレイグラウンドを含む背景や小道具に至るまで、ありとあらゆるシーンが不自然にカラフルで安っぽい。しかし、この悪趣味な色彩感覚こそが、見る側に強烈なインパクトを与える。宣伝効果は抜群だ。
また、通常のコンテンツであれば、まずは各キャラクターを分別するところから入っていかなければならないが、イカゲームにそのような情報の下処理は一切不要である。
たとえば、プレーヤーは背中のゼッケンの番号、運営スタッフはマスクの〇△□の記号で区別されているため、グリーンのジャージの456番=主人公、ピンクと黒=全部悪者と頭が一瞬で情報を処理してくれる。ストーリー同様、ビジュアル的にもシンプルで分かりやすい。
3.「格差」など社会問題がテーマ
非現実的なストーリー展開とは裏腹に、イカゲームのテーマは社会格差という現実社会で起きている問題を取り上げている。ゲームの主催者と観客は、お金にものをいわせて「刺激」を求める超富裕層で、プレーヤーはお金のために命を賭けてゲームに挑戦するという構図だ。「社会の敗北者」として描かれているプレーヤーが奮闘する姿は、格差の激しい韓国社会で苦戦する若い層の共感を呼んでいるという。
思い起こせば、2020年にアカデミー賞を受賞した『パラサイト 半地下の家族』も、社会格差をテーマとしていた。
「共感できない」という声も続出
しかし、一方では「1話目で脱落した」「まったくハマらなかった」という人も多い。繰り返しになるが、全9話を通して過激な描写がふんだんにある。「どうしても受け付けられない」という人は最初からまったく観ないか、あるいは1話目の大量虐殺シーンで脱落するだろう。
その他、「日本作品の焼き直しだから途中で飽きた」「韓国社会で深刻化している社会格差が、自分が暮らしている世界とあまりにかけ離れ過ぎていてピンとこない」「お金が欲しいというだけで殺し合うというコンセプトが時代遅れ」など、ハマれなかった理由はさまざまだ。中には「誇大広告」「意図的にランキングが操作されているのでは」といった、懐疑的な声もある。
筆者自身もノンフィクションの韓国ドラマとして楽しんだが、ハマるというほどのめり込むことはなかった。その理由について自分なりに考えてみたのだが、どのキャラクターにも一切感情移入できなかったことが原因かと思われる。
共感する上でキャラクターへの感情移入は必須の要素だが、主要キャラクター+絡み役のキャラクターの人数が多く、いろいろ詰め込みすぎて背景が薄っぺらい印象だ。各キャラクターの描写が大雑把で、感情移入する間もなく死亡する(「勝者」除いて)。全9話ではなく15話ぐらいの長さであれば、1人ひとりのキャラクターの持ち味をもっと深くだせたのではないだろうか。
「世界に受け入れられたアジアのエンターテイメント作品」
このようにイカゲームは賛否両論分かれる。実は筆者自身、最もドキドキするはずの最終話で居眠りしそうになった。「大ヒットしたので続編に持ち込むために、強引にオリジナルのエンディングを変更したのではないか」などと勘ぐってしまう。
これから観る人のためにこれ以上のネタバレは控えておくが、イカゲームが予想をはるかに上回る広範囲な層にアピールしたことは確かである。「世界に受け入れられたアジアのエンターテイメント作品」として、ハリウッド辺りで映画化されれば、また違った面白さが生まれるかもしれない。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)