この記事は2021年7月20日に「The Finance」で公開された「投資ファンドに関する最新の法改正動向」を一部編集し、転載したものです。
投資ファンドをめぐる法制は、投資ビークルとしての利便性の追求と、投資家保護を中心とした理由による規制の必要性との緊張関係から、頻繁に改正を繰り返してきている。今年になって、立て続けに法改正がなされ又はその方向性が定まり、実務に大きく影響する可能性があることから、いずれも未施行の段階ではあるものの紹介したい。
産業競争力強化法の改正による、当局の認定を条件とする、投資事業有限責任組合(LPS)による海外投資の自由化
日本において私募の証券投資ファンドとして使用されることの多いLPSは、その根拠法である投資事業有限責任組合契約に関する法律においてその主たる目的が我が国の事業者への円滑な資金供給とされている(同法1条)。
それゆえ、LPSによる外国法人の発行する株式、新株予約権若しくは指定有価証券(同法3条1項3号に定義され、社債等が含まれる)、若しくは外国法人の持分又はこれらに類似するもの取得及び保有は、その取得の価額の合計額が総組合員の出資の総額の50%に満たない範囲内においてのみ許容される(同法3条1項11号、同法施行令3条)。
これにより、LPSは海外投資向けのファンドには使いにくく、海外投資には、外国法上のLimited Partnershipを組成するか、民法上の組合を用いることが多かった。海外Limited Partnershipは組成及び維持にある程度のコストがかかること、民法上の組合では組合員の有限責任が法定されていないことから、LPSによる海外投資を自由化する法改正を待ち望む声が多かった。
産業競争力強化法の改正により、オープンイノベーション(法律上は「外部経営資源活用促進投資事業」とされる)に取り組むLPSにつき、経済産業大臣が事業計画(法律上は「外部経営資源活用促進事業計画」を認定した場合には、外国法人への投資につき上記の制限なくなし得る特例が設けられることとなる(改正産業競争力強化法17条の4)。
この特例を利用するには、事業計画につき経済産業大臣の認定を受けるほか(同法2条9項)、個別の投資の際も、事業計画に従って行われることについて経済産業大臣の確認を受ける必要がある(同法17条の4第1項)。
現在パブリックコメントの対象となっている改正産業競争力強化法施行規則案によれば、事業計画の提出から認定まで(及び事業計画の変更についてもその提出から認定まで)は原則として1カ月以内とされ(同施行規則案14条の3第1項、14条の4第6項)、事業計画の実施期間は10年以内とされる(1回に限り延長可能であり、延長した場合は計13年以内)(同施行規則案14条の4第4項、5項)。また、各事業年度毎に事業の実施状況について経済産業大臣に報告する必要がある(同施行規則案66条の2第1項、2項)。
事業計画の認定には、経済産業大臣が定める実施指針に照らし適切なものであり、かつ、対象たる投資事業が円滑かつ確実に実施されると見込まれることを要し(同法17条の2第3項)、具体的な判断基準については実施指針の公表を待つ必要がある。
ただ、同法施行規則案様式第9の2の認定申請書の様式によると、「本計画に基づく投資事業を行うことで、投資を受けた国外の事業者と我が国の事業者において、高い生産性の実現又は国内外における新たな需要の開拓が行われること等、新たな付加価値を創出することにつながり、ひいては我が国産業の競争力強化に寄与することが見込まれるものである」ことが要求されており、国内事業者との関係で付加価値の創出に関する何らかのリンクは要求される可能性が高いと思われる(同様式第9の2別紙2第1項)。
以上の改正の施行は、改正法の公布の日である2021年6月16日から3か月以内の日とされている(改正産業競争力強化法附則1条)。
海外投資家等特例業務制度の導入
私募の証券投資ファンドにおいては、従来、適格機関投資家等特例業務の形で、1名以上の適格機関投資家と、49名以内の非適格機関投資家を投資家として、届出によりファンドの持分の取得の勧誘及びファンドの運用が行われることが多く、これによることができない場合は一定の例外を除き金融商品取引業の登録を経てかかる持分の取得の勧誘や運用がなされてきた。
これに対し、例えば、外国法人等が適格機関投資家となるためには、一定の資産を保有し当局に届け出る必要があるところ、実際には適格機関投資家となりうる者から必ずしも届出がなされることは期待できないなど、日本の金融商品取引法上の枠組みが必ずしも当てはまらず、海外事業者がこうした投資家を主な顧客とする場合、特例業務制度を利用できない場合があるとの指摘がなされている(金融審議会市場制度ワーキング・グループ第一次報告、以下「金融審第一次報告」という)I.2)。
そこで、「新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律」により金融商品取引法が改正され、海外投資家等特例業務の制度が設けられることとなった。改正法は公布済みで、関連する政令及び内閣府令案の公表が待たれる。
海外投資家等特例業務は、海外投資家等から出資又は拠出を受けた金銭を運用するファンド(民法上の組合、投資事業有限責任組合、匿名組合、有限責任事業組合等、外国の法令に基づくこれらに類するもの等の組合型ファンド)において、出資又は拠出を受けた金銭が主として非居住者からのものである場合に、届出を行った者は、当該ファンドの運用及び募集又は私募を行うことができるとするものである(改正金融商品取引法63条の8第1項)。上記のとおり海外事業者の利用を念頭に置いた制度ではあるものの、国内のファンド運営者がこの制度を利用することも可能である。また、適格機関投資家等特例業務と異なり、私募のみならず募集(499名以上の者が持分を所有することとなる持分の取得の勧誘)も可能となっている。
「海外投資家等」とは、(i)外国法人又は外国に居住する個人で知識、経験及び財産の状況を勘案して内閣府令で定める要件に該当する者、(ii)適格機関投資家及びこれに準ずる者として内閣府令で定める者並びに(iii)海外投資家等特例業務の届出者と密接な関連を有する者として政令で定める者とされる(同条2項)。これらの者からの出資又は拠出が主として(金融商品取引法の従前の解釈からは50%超と想定される)非居住者からのものである場合に限り許容される。
なお、ファンドからファンドに出資する形の一定の二層構造のファンドの場合の制限があることや、内閣府令で定める例外として海外投資家等特例業務によることができない場合が設けられることは、適格機関投資家等特例業務と類似する。
加えて、金融審第一次報告では、「形式的に、外国法人からの資金を受け入れれば制度の対象になるとする場合、例えば、日本人が外国法域に外国法人を設立し、そこを経由して間接的にファンドへの投資が行われるといった可能性も踏まえ、要件を検討すべきではないかとの意見があった」との記載があり、内閣府令等においてそのような潜脱の場合につき何らかの歯止めが設けられる可能性もある。
海外投資家等特例業務の欠格事由として、適格機関投資家等特例業務の欠格事由と同様のもののほか、「海外投資家等特例業務を適確に遂行するに足りる人的構成を有しない者として内閣府令で定める者」及び「海外投資家等特例業務を適確に遂行するための必要な体制が整備されていると認められない者として内閣府令で定める者」が含まれている(金融商品取引法63条の9第6項1号ハ)。
また、海外投資家等特例業務の届出者に対する行為規制においても、適格機関投資家等特例業務と同様のもののほか、業務管理体制の整備義務(金融商品取引法35条)が準用されている。さらに、届出者は国内における拠点の設置が必要となる(改正金融商品取引法63条の9第6項2号ロ、3号ロ)。これらは適格機関投資家等特例業務の場合は求められなかったものである。特に人的構成・体制整備についてはどの程度のものが求められるかにより制度の使い勝手が異なることから、内閣府令案の公表が待たれる。
海外投資家等特例業務の届出手続(改正金融商品取引法63条の9第1項、2項)、帳簿書類作成義務、事業報告書作成・提出義務及び説明書類の公表・縦覧(改正金融商品取引法63条の12)、監督上の処分(改正金融商品取引法63条の13)については適格機関投資家等特例業務と類似したものとなっている。
なお、海外投資家等特例業務とは別に、海外で当局による登録等を受け、一定の海外の顧客資金の運用実績があるファンド運用業者には、移行期間特例業務として、届出により、最大5年間ファンドの運用ができる制度も設けられる(改正金融商品取引法附則3条の3)。
以上の改正の施行は、改正法の公布の日である2021年5月26日から6か月以内の日とされている(新型コロナウイルス感染症等の影響による社会経済情勢の変化に対応して金融の機能の強化及び安定の確保を図るための銀行法等の一部を改正する法律附則1条)。
特定投資家制度の改正の方向
現行金融商品取引法上、特定投資家については金融商品取引業者等に係る一定の行為規制の適用が除外されるほか、特定投資家向けの取引枠組みが設けられている。個人投資家については、知識、経験及び財産の状況に照らして特定投資家に相当する者として一定の要件を満たす場合、金融商品取引業者等に対して申出を行い、金融商品取引業者等がこれを承諾することで、当該金融商品取引業者等との間でのみ特定投資家に移行することができる。
しかし、金融審議会市場制度ワーキング・グループ第二次報告、以下「金融審第二次報告」という。)において、特定投資家に移行する個人投資家は限定的であり、その背景として、(i)特定投資家に移行可能な個人の要件が画一的かつ厳格、(ii)特定投資家への移行手続が煩雑、(iii)特定投資家向けの枠組みが限定的等の課題が指摘されている。
これに対する施策として、投資ファンドに直接には関係しない可能性もあるものも含めて金融審第二次報告において以下の提言がなされており、これに沿って今後立法措置がなされることが想定される。
特定投資家に移行可能な個人の要件について、年収・職業経験・保有資格・取引頻度といった要素も新たに勘案できるようにする。
個人投資家の特定投資家への移行手続において、(i)取引経験の要件について他社での取引経験も勘案できるようにする、(ii)財産要件について他社での保有資産も含めて総合的に評価できることを明確化する、(iii)特定投資家としての更新手続を弾力化し、投資家の自己申告も金融商品取引業者等における合理的な判断に資することを明確化する。
特定投資家向け私募につき、プロ向け市場(TOKYO PRO Market等)以外での利用を可能とするため、日本証券業協会の規則において金融商品取引業者等による非上場株式の投資勧誘を認め、関連規定を整備する。
インターネット上の勧誘・広告について、適格機関投資家・特定投資家のみが閲覧可能な場合、適切な運用が確保されることを前提に、有価証券の募集に該当しない旨を企業内容等開示ガイドラインで明確化する。
以上については金融商品取引法の改正案及び関連する政省令・ガイドラインの改正案はまだ公表されていない。
終わりに
いずれもいまだ制度内容の細部については公表を待つ必要があり、将来のファンド組成にあたっては以上で触れた動きに留意されたい。法制面での動きは以上のとおりであるが、これらに加え税務に関してもファンド運営者に対するキャリード・インタレスト(carried interest 投資収益につきファンド運営者が報酬としてではなく持分に基づく分配として受領するもの)の扱いについて公表する等の動きがあるが、紙幅の都合上割愛する。
2002年弁護士登録、西村総合法律事務所(現・西村あさひ法律事務所)、渥美坂井法律事務所・外国法共同事業を経て、2021年5月より現職。投資ファンド、不動産流動化、ストラクチャードファイナンス等の金融取引法務を主に扱う。