この記事は2021年12月24日に日本実業出版社から発売された「たった1人からはじめるイノベーション入門」の一部を抜粋して編集、転載したものです。


日本実業出版220201オムロン
(画像=PIXTA)

目次

  1. 長期休暇で考え直す「この会社で何がしたいか」
    1. オムロンの「長期リフレッシュ休暇」
    2. 「自分がやりたいこと」の実現のために働く
  2. 「人間は息するために生きてるんか。違うやろ」
    1. 企業は利益を上げるために存在しているのか?
    2. 100年時代の「生きる喜び」とは?

入社前に思い描いていた働き方は、忙しい日々のなかで忘れてしまいがち。特に管理職など責任ある立場になるほど、会社の利益や効率のいい働き方など、実利を優先して考えてしまうものだ。「今の会社にいる意味」を見失わないためにはどうしたらいいのか? オムロンの新規事業開発に携わってきた竹林一氏の著書から一部抜粋、編集して紹介する。

竹林一
オムロン株式会社イノベーション推進本部インキュベーションセンタ長、京都大学経営管理大学院客員教授。「機械にできることは機械に任せ、人間はより創造的な分野で活動を楽しむべきである」との理念に感動して立石電機(現オムロン)に入社。以後、新規事業開発として鉄道カードシステム事業やモバイル事業、電子マネー事業等に携わった後、事業構造改革の推進、オムロンソフトウェア代表取締役社長、オムロン直方代表取締役社長、ドコモ・ヘルスケア代表取締役社長を経てオムロン株式会社イノベーション推進本部インキュベーションセンタ長を務めるとともに、京都大学経営管理大学院客員教授として「100年続くベンチャーが生まれ育つ都」に向けた研究・実践を推進する。

長期休暇で考え直す「この会社で何がしたいか」

オムロンの「長期リフレッシュ休暇」

オムロンは技術の会社だ。技術を起点に、たくさんの社会的課題を解決し、多くのイノベーションを生み出してきた。たとえば、電子式自動感応式信号機、クレジットカードによる自動販売システム、自動改札機、オンライン現金自動支払機、カラー表示液晶電卓などをはじめ、世界初や日本初の技術を数多く開発してきた。

そんな同社で、私が「最もすごい」と思っているイノベーションは人事制度だ。「長期リフレッシュ休暇」という制度があり、管理職に就いてから6年目に、3カ月の休暇をとることができるようになっている。もちろん有給だ。

会社に行かなくても給料は3カ月分もらえることになっている。当然ながら、何をするのも自由。私の先輩は「この機会にモンゴルの遊牧民の暮らしを見てくる」と言って同地に行った。

しかし、導入当初の管理職の年代は、会社を休みたがらない人が多かったらしい。管理職になって6年ほど仕事をしていれば、たいていの人は部門の責任者になっており「自分がこの部署を支えてきたんだ」という自負を強く持っている。

そのため「3カ月休んでいい」と言われても「いやいや、そんなに長く私が休んでしまったら、この部は回りません」という思いが先立つ。

しかし、この休暇は単に慰労の意味だけではない。なぜこんな制度をつくったのかというと「ところであなたは、どうしてオムロンに入社したんですか」ということを、もう一度、考えてもらうためだ。就職した直後は、誰しも「オムロンで実現させたいこと」を胸に抱いて、仕事をしていただろう。で、なければ、同社に来ていないはずだ。

しかし、日々の仕事に追われ、管理職になって、やれ「売上はどうなっている」とか「商品の品質は一定の基準をクリアしているか」とか「生産性は落ちていないか」などと、実利の話ばかりの日々が続くと、もともと自分がやりたかったことそっちのけで作業をこなしている可能性がある。

そこで、いったん、それらを置いて「これからの自分がオムロンで何をしたいのか?」をじっくり考えてほしいということでできたのが、この休暇制度だ。

「自分がやりたいこと」の実現のために働く

同社のすごいところは、3カ月会社を休んで「オムロンでこれからやりたいことを見つけてきてね」としているところだ。つまり「やりたいことがなかったら、何やってくれるの?」と暗に問われている。

給料のために会社にしがみついているのではなくて、自分がやりたいことの実現のために働いている。「働く人にはそうあってほしい」というメッセージともとれる。

休暇にはいる管理職としても「これからの自分がオムロンで働く意味」についてじっくり考えて、しっかり答えを出してくる。それで、もしやりたいことがほかに見つかったなら、帰ってくる必要はない。上記の先輩は、モンゴル暮らしが水に合ったようで、退職して同国で暮らしているようだ。

「人間は息するために生きてるんか。違うやろ」

企業は利益を上げるために存在しているのか?

「やりたいことをやるために、私たちはどう生きるか」はいつの時代も変わらない問いだ。特に最近は「人生100年時代」と言われ、下手をすれば「会社の寿命」より「自分の寿命」のほうが長いかもしれない時代になってきた。

そして、その会社を20年、30年と支えてきた価値観や制度、ビジネスモデルの賞味期限も切れはじめている。そんな社会のなかで、どう生きていくか。そういったことを考えたときに、思い出したいのはオムロン創業者である立石一真さんの言葉だ。

“「企業は利益を追求するもんや。それは人間が息するのと同じや。そやけど、人間は息するために生きてるんか。違うやろ」”
引用:「オムロン創業者 立石一真 「できません」と云うな」湯谷昇羊著/ダイヤモンド社

利益がなければ企業は存続できない。だからこそ、新商品を開発したり、販売に力を入れたり、業務の効率化を図るわけだ。それは人間にとって空気と一緒で、利益は企業が存続するためになくてはならないものだ。

しかし、ここで考えたいのは「企業は利益を上げるために存在しているのか」ということ。「企業はお金を儲けるためだけに存続しているのではない」と、立石一真さんは考えた。では、なんのために存続しているのだろうか。

平たく言うと、世のため人のため、社会に貢献するために企業は存続しており「儲けとはそのために必要な原資」と考えたのだ。つまり、企業というのは本質的に公器性を持っているということ。そうした立石一真さんの考え方は、次のような社憲として、いまなおオムロンの一番大事な指針になっている。

われわれの働きで
われわれの生活を向上し
よりよい社会をつくりましょう

私たちは、それぞれの仕事で、世の中を楽しく変えることができる。そして、よりよい社会を創ることができる。私はそう信じていますし、イノベーションとは、そのためにあるものだと思います。

100年時代の「生きる喜び」とは?

技術の進化で便利なものはどんどんできているが、ワクワクするものがないように思う。私は、講演やセミナーで「便利曲線は上がっているけれど、感動曲線が下がっている」と、よく話す。

京都大学の川上浩司教授が、不便であることの益「不便益」という考え方を提唱している。いくら便利といっても、富士山に登るのに、もし頂上までエレベーターがついていたとしたら山登りの楽しさは失われてしまう。

便利なことが悪いわけではない。不便なことをどんどん解消していくと、効率は上がり、楽になり、コストを抑えて商品をつくることができる。生活や仕事のなかの不便に気がついて、新しい仕組みを考えるというのもイノベーションのひとつだ。

現在では、効率や生産性を求める「工業社会的価値観」から、しだいに精神的な豊かさ「1人の人間として生きる喜び」を求める価値観へと転換している。そういった社会を、オムロンでは経営の未来を予測した「SINIC理論」(※)に基づき、「自律社会」と呼んでいる。ビジネス的に言いかえると「1人ずつの価値観に合った商品やサービスが生まれる時代」だ。

「自律社会」を見据えるなら、便利軸だけではなく感動軸からもイノベーションを考える必要がある。「自分の幸せは自分でつくる」というのが、「自律社会」の常識となるからだ。世の中を変える力は、私たち1人ひとりにある。どうせ変えるなら、自分自身がワクワクする世の中を、イノベーションを起こしてつくろう。

SINIC理論
1970年、大阪万博の年に国際未来学会で立石電機(現オムロン)が発表した未来予測。「Seed-Innovation to Need-Impetus Cyclic Evolution」の略称。科学、技術、社会は相互に作用しながら発展していくという基本的な考え方のもと、現在もオムロンの経営の羅針盤になっている。

たった1人からはじめるイノベーション入門
たった1人からはじめるイノベーション入門
なぜ、イノベーションはいつもかけ声で終わるのか? オムロンで鉄道事業、モバイル事業、赤字会社の立て直しなど多くのイノベーションに携わってきた著者による実践的理論は、「新しい軸」「起承転結」「忍者と武士」……すべて日本語に落とし込み腹落ちする

著者:竹林一
価格:¥1,650(税込)